第27話 また昔と同じ

「大丈夫ですよ。心配しすぎです。それに、こうなったのはわたしの責任でもあります。子槻さんの言うとおりまっすぐ戻っていればよかったんです」

「違う! 悪いのは襲った輩に決まっているだろう!」

 子槻が顔を上げる。痛みをいっぱいに広げた表情で、こらえられなくなったように目を伏せる。

「それに、君を守れなかったわたしが悪いのだ。あんなにそばにいたのに。今はちゃんと、君のそばにいられるのに」

 子槻が沈んでいた原因が春子のけがだけではなかったことに、ようやく気付いた。もっと早く気付くべきだったのだ。春子は慌てて身を乗り出す。

「それは、違います。子槻さんは助けに来てくれました」

「けれど君はとても恐ろしい思いをしただろう。襲った輩もそうだが、わたしも君の前で暴力を振るってしまった。あんな輩など放っておいて、真っ先に春子の心配をするべきだったのだ」

「それは……た、たしかに恐ろしくなかったといえばうそですが、わたしのためにやってくれたことでしょう? それに」

 春子は言葉の続きをためらって、一度声を飲みこんだ。子槻が不安そうに目線を上げる。

「やはり、けがをしたのは自業自得です……死んでもいいと、思ってしまったんです。そう思っていなければ、きっともう少しちゃんと逃げたり、助けを呼べたはずです」

 子槻の目を見るのが怖くて、けれども視線を合わせると、子槻は信じられないものを見たような顔をしていた。

「春子。君はまだ死んでもいいと思っているのか? また昔と同じことを言うのか?」

 子槻の言っている意味が分からなくて、春子は答えられない。

「そんなことを言ってはいけない。わたしがいるのだから、そのためにそばにいるのだから、二度とそんな悲しいことを口にしないでおくれ」

 子槻の言葉はとても強くて、訴えかけるように切なかった。言葉が、春子の頭の奥で焼きついた焦げのように引っかかって、消えた。

「は、い……ごめんなさい」

「ああ、でも肝心なときにいないのなら、約束を破っているのはわたしのほうか」

 うつむいた春子の視界に、子槻のうつむいた頭も入ってくる。春子は顔を上げて、苦しそうに顔を伏せている子槻を見つめた。

「あの、おあいこにしませんか。けんか両成敗ではないですけど、わたしも子槻さんも悪かったということで、引き分けにしましょう。ね?」

 子槻は悪くないのだが、言っても絶対に譲らないと思った。痛々しいほどに沈んだ子槻はとても小さく見えた。

 子槻はゆるゆると顔を上げて、ためらいのある目で春子を見つめて、居心地が悪そうに視線を下へ外す。

「春子がそう言うのなら」

「はい。だから自分だけが悪いと思ったらだめですよ」

「うむ」と子槻は頷いたが、まだ力なくうつむいている。何か子槻の気持ちを浮き立たせられないか、と思って、ひらめいて、春子は寝台から飛び出そうとした。

「春子! 何をしているのだ、動いてはいけない」

 この世の終わりのような悲愴感で、子槻に押しとどめられた。そんな大げさな、といいかげん呆れてきたが、押し問答するのも本末転倒なので、春子は壁際のこのりに目を向ける。

「このりさん、机の上の茶色い瓶を取ってくれませんか? 金のリボンがついている」

「はい、ただいま」とこのりが机へ向かっていく。

 このり自身はそういうつもりはないのかもしれないが、影のようにいつも壁際に控えている。結婚相手でもない異性とふたりきりになるなどあるまじきことなので、春子に配慮してくれているのだろう。気配がないので、あとから気付いてよく驚かされる。

 春子は礼を言ってこのりから瓶を受け取って、ふたを開けた。

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