第4話 調教

 レイは壊された車で何とか屋敷に戻った。

 レイの手下は死者こそ出なかったが、重傷者が1人。軽傷者が5人程、出た。

 当然ながら、警察はすぐに捜査に入った。

 夕刻、屋敷で仕事をしているレイの元へ刑事が尋ねて来た。

 「捜査を担当するライラック警視です」

 彼は警察官バッチを開き、自己紹介をした。

 「あぁ、話は聞いている。捜査の状況は?」

 レイは相手が年上である事など関係無いという雰囲気で受け答えをする。

 「はい。死体から、ギャングのエヴァンス一家かと」

 「やはり・・・それで、警察はどうするつもりですか?」

 「無論、エヴァンスの関与を調べて、逮捕と考えていますが・・・正直、彼が直接、命じたという証拠を押さえるのは難しいかと」

 「ギャングやマフィアなのやり口ですね。じゃあ、野放しでしか?」

 その一言にライラックは口を閉ざす。

 「解りました。警察に出来る限りで良いので、やってください。もし・・・エヴァンス一家と繋がっていると知れたら・・・どうなるか解っているか・・・署長にはしっかりとお伝えください」

 若者であるレイの言葉とは思えない怒気の籠った言葉にライラックは青褪める。

 「解りました。失礼します」

 逃げ出すように彼は屋敷を後にした。

 

 「つまらない報告だった」

 ライラックが去った後、レイは疲れたように溜息をついて、ソファにもたれる。

 「主様。警察はギャングと繋がっているのでしょうか?」

 傍に立っていたイブキがそう尋ねる。

 「ギャングどころか。この街の全てと繋がっているよ。あいつらは上手く、この街の勢力を争わせて、甘い汁を吸っているのさ」

 レイは解ったような事を言う。

 「では・・・警察は今回、襲った連中を野放しにすると?」

 「だろうな。それどころか・・・我々を疎ましく思っているかもな」

 「かなりの金額を警察に投資しているはずでは?」

 「我々のは寄付という形の表立った物さ。それは正直、警察としても自由に使える金じゃない。つまり、警察内部の権力者にとってはあまり美味しくない金さ」

 「なるほど・・・表に現れない裏の金が流れ込む方に彼らは傾くと」

 「そうなるね。まぁ、所詮、警察官なんて、悪と表裏一体だからね」

 レイは解ったような口ぶりで言う。

 「では・・・お仕置きが必要ですね?」

 それを聞いたレイはイブキを見る。

 「何か・・・良いアイデアでも?」

 「教えるだけです。誰が主人かを。犬の調教と同じですよ」

 イブキは笑って答えた。


 警察署

 元々は保安官事務所しか無い街であった。だが、資産家であるレイの一族によって、大きな都市となり、小さな保安官事務所は数十年で立派な警察署になっていた。

 警察署長もそんな歴史を知る一人だ。

 彼は葉巻を咥え、考え込んでいる。

 今回の襲撃計画に関して、彼は事前にそれを聞いていた。

 無論、彼は内部操作をして、パトロールの警察官を敢えて減らしたりして、事件現場に警察官がすぐに行けなようにした。

 だが、襲撃は失敗し、その捜査を担当した刑事が脅されて、逃げ帰る始末だ。

 「ちっ・・・若造が・・・あの資産さえ、無ければ・・・と言うより・・・あの資産を何とか手に入れてしまえばなぁ」

 そう考えると彼は苛立ちが抑えきれず、手にした葉巻を折ってしまう。

 警察署はこの街における一つの勢力であった。当然ながら、法の執行人としての機能はある。だが、裏では悪人と結託したり、自ら不正に加担したりして、私腹を肥やしている。そのことは多くの市民が知る事でもあった。だが、下手に逆らば、不当に逮捕されるばかりが、殺されるかもしれないので、誰もが口を塞いだ。

 「まぁ、いい。飯を食いに行くか。リチャードの店が良いな。おい。車を回せ」

 デップリとした太っ腹を摩りながら、彼は横柄に秘書の娘に声を掛ける。

 「はい・・・あれ?」

 秘書の娘は内線用の電話機の受話器を上げて、首を捻った。

 「どうした?」

 その様子に署長は尋ねる。

 「いえ・・・内線が繋がらなくて」

 「配線が切れたか?まぁ、良い。直接、声を掛けて来い」

 署長に言われて、秘書は立ち上がる。その途端、扉が開かれる。

 「その必要はありません」

 そこに入って来たのは黒髪に丸眼鏡のメイド服姿の少女だった。

 「お前は・・・ガキの所のメイドか?」

 署長は彼女がイブキであると知っていた。

 「ガキ・・・主様をそんな風に愚弄されるのは立場を弁えた方がよろしいかと存じます」

 イブキは署長に向かってそう告げる。

 「五月蠅い。それよりもノックもせずに失礼なのはお前の方だろ?」

 署長は怒りを露わにしながら、イブキを睨む。

 「黙れ。豚。誰が主かも解らぬ豚の調教に来てやった。喜べ」

 イブキは腰から刀を抜いた。

 「てめぇ・・・マジか?」

 署長は机の引き出しを開いて、中にあるピースメーカー拳銃を取り出す。それはエングロービングが施された銀メッキ仕様の豪奢な物であった。

 「象牙のグリップ・・・署長風情が持つには似つかわしくない逸品ですね?」

 イブキはそう尋ねる。

 「五月蠅い。黙れ。小娘一人がこんな場所にノコノコやってきて・・・」

 「ボキャブラリーの欠如ですか?五月蠅いと黙れしか言っていませんよ?」

 イブキは銃に恐れる事なく、一歩、一歩と署長へと歩み寄る。

 「このクソガキ」

 署長は激昂して、拳銃の撃鉄を起こした。

 刹那、イブキが飛び込んだ。刀が一閃する。その間に署長は引金を引いた。

 カチン

 撃鉄が落ちた音がした。ただ、それだけだった。

 イブキはメイド服のスカートをヒラリと浮かせながら、軽くダンスをするよに回った。そして、再び、署長を見る。

 「な、何だと?」

 唖然と驚愕する署長がその場に居た。彼の持つ拳銃は確かに撃鉄が落ちていた。ただし、撃鉄が落ちるはずの銃本体は綺麗に切り落とされていた。

 「遅いですよ。撃つならもっと早くしないと・・・せめて、私が間合いに入る前じゃないと」

 イブキは軽く笑う。

 「ひぃ」

 秘書がその光景を見て、慌てて、逃げ出そうとした。イブキはヒラリと飛び、彼女の背中に刀の背を叩きつける。一瞬にして、彼女は床に倒れた。

 「殺しても構わないのですが・・・あまり庶民に被害が出ると・・・主様が悩まれるので」

 イブキは倒れた秘書を無視して、署長を睨む。

 「さぁ・・・調教の時間です」

 その言葉に使い物にならなくなった拳銃を手にした署長は怯えた。

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