身を知る雨の夜
愛されたいと願うことは悪いことなのだろうか。
いつだって私は追いかける側だった。好きになった男に愛されたくて、その男の好みの服を着てみたり、趣味を合わせたり。でも、いつもそれで自滅する。だから今度は誰かに追いかけてほしいと願った。
「僕は君のこと好きだよ」
彼はそう言った。ベッドの上での口説き文句なんて、嘘だなんてことは知っている。だけど私は信じたかった。彼に、私を追いかけてほしかった。
「そういうこと言うならもう会うのやめよう」
私は言った。本当は、もう一度言ってほしかったくせに。もう一度、抱いてほしかったくせに。
彼は悲しそうな顔をしているように、私には見えた。だけどすぐに抱きしめられて、彼の顔は見えなくなった。彼の胸に耳をぴったりとくっつけると、規則正しい心臓の鼓動が聞こえた。
テレビの音がうるさい。テーブルにはビールの空き缶。床にはつまみとして食べていた、あたりめや柿の種の残がい。私はゆっくりと体を起こす。どうやらソファーで寝てしまったらしい。体がギシギシと痛い。上下スウェットのだらしない格好。テーブルにひしめき合っているビールの空き缶の中から煙草の箱を見つけ出し、中を見る。最後の一本がそこにはあった。私はそれをそっと取り出してライターで火を付ける。煙草の煙を肺いっぱいに吸い込んで、そして吐き出す。狭い部屋があっという間に煙草の煙でいっぱいになる。立ちあがってカーテンを開ける。外は、暗かった。窓を開けると、夜のひんやりとした風が頬を撫でた。火照っていた顔が冷やされていく。とても、気持ちが良かった。
「また、会えるよね?」
そう言ったのは彼だ。
「たぶんね」
私はそう答えた。約束は交わさなかった。彼のことを信じたかったから。約束なんてしなくても、きっと彼がまた私に会いに来てくれると信じたかったから。
ふと見上げると、月が見えた。満月だった。どこかで彼も、この月を見ているのだろうか。ぼぉーっとそれを見つめていたら、煙草の灰がはらりと落ちた。それから、涙も。
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