第36話
「お、趣のある建物ね……」
ゆかりはそう言う。なんでもはっきり言うタイプかと思っていたけど
「ゆかりん、遠慮しないでボロいと言っても平気だよ。実際ボロいのは間違いないし」
瑞穂は、気を使っているつもりかもしれないけどそのまんまは逆効果だから。ほら、ゆかりがものすごく恐縮しているし。面白いもの見られたからまあ、良いけど。
「二人共、古いのはしょうがないんだからそこには触れないの! かすみ荘は築五十年近くでリフォームも二回やっているから問題ないの! 分かった?」
何故か僕がかすみ荘のフォローをしているのかはよく分からないけど、僕としては何一つ不自由を感じないんだから無問題なんだよな。
「どうぞ、ゆかりんも入ってください」
おばあちゃんはやっと帰宅したようだった。純生さんの車も有ったから、リハビリから帰って来たんだろうな。声が聞こえるからリビングにいるのだろう。
「ただいま、伯父さん、おばあちゃん」
「おう、おかえり。貴匡くんは一緒かい?」
何故か純生さんに僕が呼ばれる。
「あ、はい。ただいま純生さん。おかえり、おばあちゃん」
「……ただいま」
おばあちゃんがすごーーく小さくなっている。
「おかえり貴匡くん。悪いんだけど、この婆さんの週末の話をちょっと聞かせてもらって良いかな?」
「え? 僕ですか? ……良いですけど」
ここは普通、実孫の瑞穂が説明するところじゃないのかな? まあ別に良いですけど。
――純生さんには事実を多少過小評価したおばあちゃんの行動履歴をお話しておいた。真実を全部話すと僕と瑞穂の週末のあれやこれやについておばあちゃんに反撃されかねないからね。
純生さんがおばあちゃんに今後のリハビリのスケジュールやら今度やらかしたら施設に入所させるぞなどという話をし始めたので僕は席を外させてもらった。
瑞穂とゆかりはいつの間にかいなくなっていたので自室にでも行ったのだろう。あの二人が一緒にいて何の話をするのか興味が無いわけではないが、僕的にはあの二人と一緒にいたくない気持ちもある。
なので、隣室とはいえ僕は僕の自室に籠もることにする。
「あ、おかえり。伯父さんは何の話だった?」
「お邪魔。貴匡の部屋って場所が変わっても雰囲気は一緒なんだね」
……えっと。ここは僕の部屋なんですけど、どうしてなんの疑問もないような顔して二人でおくつろぎなんでしょうか?
「瑞穂。なんで自分の部屋に行かないで僕の部屋にいるんだい?」
「私の部屋って特に面白いものも無いし、ゆかりんは貴匡くんのお友達でもあるから良いかなって……駄目だった?」
上目遣いでウルウルした瞳でそう言われると、駄目とは言えないじゃないか?
「まあ、瑞穂がそう言うなら構わないかな?」
「ありがとう、貴匡くんっ」
「おい。お前ら、私がいること一瞬で忘れるのやめろ。失恋と同時に砂糖漬けにするつもりか? もう私が瑞穂には敵わないことは分かったから許して……」
ゆかりが怒ったり懇願したりと忙しい。仕方ないな、ゆかりだし。
「前から思っていたけど、貴匡って私の扱いが雑だよね。あんなにあなたに対する好意を全面に出していたにも関わらず」
「好意と言うか、もう迷惑行為だったからね。あとそんなには雑にしていたつもりはないんだけどなぁ~ 鉄平と同程度の扱いにはしていたつもりなんだけど?」
なんかゆかりが項垂れているけど気にしなくて良いんだよね?
瑞穂が慰めているし。若干口角が上がっているから勝ち誇っているようにも見えるけど気のせいかな?
瑞穂の前でこんな軽口叩いていられるのは不思議な感じだ。
「もうなんやかんや自分の中で整理はできたから良いんだけど、やっぱり二人共ムカつくわ。一回殴らせろ」
そう言うとゆかりは瑞穂には軽くゲンコツを頭に落とし、僕にはビンタを思いっきりしてきた。
「痛い! なんで!? 瑞穂にしたのと違いすぎる! 理不尽だぞ……」
「これで手打ちにするんだから安いもんでしょ? もうこの話はおしまい!」
ゆかりはそう言うと僕の本棚から漫画本を取り出して、ベッドに寝転んで読み始めた。
「これ、続き読みたかったのよね。貴匡がいなくなったから続きが読めなくて困ってたの」
気になるなら自分で買えば良いじゃないかと思ったけど、多分そういうことじゃないんだろうな。こじらせ鈍感ボッチの僕でもそれくらいの判断はつくものだ。
「ま、気になったら、また読みにくればいいよ」
「……うん。ありがと」
さて、そんな話をゆかりとしていると今度は瑞穂が剥れる。
「ゆかりんと二人きりで合うつもり? 私たち部屋に引き込むの?」
えっとどうしたらその考えに至るのかな?
「私たちの部屋?」
「うん。もう別々にすることないでしょ? 元の私の部屋をベッドルームにしましょう」
「そっか、そうだね。いいアイデアだ。GW中に引っ越ししような」
「ねえ――」
ん?
「――あんた達本当に一瞬で私の存在消してくれるね。ところで今の話だとあなた達二人で寝ているの? まさか寝ているのってこのベッド?」
ゆかりは今寝転んでいるベッドを指差している。
「……そうだ、な」
「……私の勘違いでなかったらあなた、いやあんた達付き合い始めたばかりだよね? 今日で三日目? 四日目? マサカとは思うけどもうしたの?」
胡乱な目つきで僕たちはゆかりに睨めつけられている。
「し、したって……何を?」
「えっちに決まっているでしょ?」
………コクン。僕と瑞穂、二人で同時に首肯する。
「は? 交際した途端交差しちゃったってか?」
おい、ゆかり、何を上手いこと言ったみたいなドヤ顔しながら、ベッドの脇の引き出しを検めているんだ。
「ああ、そこは触らないでくれ……って、遅かった」
ゆかりは薄いものが入った小箱を引き出しから取り出して、中身を数える。
「五個入りでもう最後の一つしか残っていないの? 貴匡……」
自覚は僕たちにもあるのでそれ以上はお願いだから突っ込まないで……
「じゃあ、さぁ。最後の一つは私に使わない?」
「は?」
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