6話 ※アマルダ視点
アマルダ・リージュは困っていた。
本当に、心から困っていた。
「クレイル様、本当に良いんです? ノアちゃん、すごく悲しそうにしていましたのに……」
神殿の外れにある、無能神の小屋に背を向けて、アマルダは醜い無能神――クレイルとともに歩いていた。
目的は、アマルダの住む最高神グランヴェリテの屋敷に向かうためだ。
どうしても話がしたい――と懇願するクレイルに根負けして、仕方なく、本当に仕方なく、彼を屋敷に招待しようというのである。
「それに、ノアちゃんを置いてグランヴェリテ様のお屋敷に行くなんて。たしかにあのお部屋は狭すぎて、ゆっくりお話をするには向いていないけれど……三日も留守にすると聞いて、ノアちゃんも驚いていたわ」
クレイルを屋敷に誘ったのはアマルダだ。
彼の小屋は狭く、汚く、日当たりも悪い。家具こそ分不相応に立派なものだったが、そのぶん小屋には大きすぎて、余計に狭さを際立たせる。
――かわいそうに。
こんな場所しか用意してもらえないクレイルがかわいそう。
こんな場所しか用意させられないエレノアがかわいそう。
アマルダがクレイルを誘い出したのは、ただの親切心で、同情心だ。
あんな小汚い、みすぼらしい小屋に彼を置いておけないという純粋な正義感だ。
「良くは……ないですけど……」
横に並ぶアマルダに視線を向けて、クレイルは金の瞳を曇らせる。
名残惜しそうに、もう見えなくなった小屋を振り返るけれど――結局、最後にはアマルダに視線が向く。
「それでも、あなたのことを知りたいんです。……私が、記憶を取り戻す前に」
「記憶? ノアちゃんにも言っていらしたけれど、クレイル様、記憶を失くしていらっしゃるんです?」
「ええ。仮にも神なのに、自分の名前さえも思い出せないんです」
「まあ……そうだったんですね」
自嘲するようなクレイルの苦笑に、アマルダは目を瞬かせた。
忘れていた大切なことを思い出せる気がする――そう言って、彼はアマルダの代理とはいえ、仮にも聖女であるエレノアを置いてきたのだ。
それはつまり、クレイルにとって『大切なこと』とは、エレノアよりも重要であるということ。
そして、アマルダはきっと――。
「もしかして私、クレイル様の記憶に関わっているのかもしれないんですね」
「……そうですね」
アマルダの言葉に、クレイルは美貌を静かな笑みに変える。
どこか暗く、影のある、それでいて思わず目を奪う彼の表情に、アマルダは息を呑む。
淡い風に金色の髪が揺れ、底知れない瞳が射貫くようにアマルダを見つめている。
期待を込めた、熱のある声が告げる。
「きっとあなたは、私にとってすごく大きな意味を持っているんです」
「そんな……困るわ」
両手で頬を押さえると、アマルダは小さく首を振った。
本当に、本当に心から困った。
――そんな熱っぽく。そんなまっすぐに言われても……。
「ノアちゃんに悪いわ。それに、私にはグランヴェリテ様がいるもの。クレイル様が、最初から私を選んでくださったことは知っているけど……」
「……アマルダさん?」
「そんなつもりじゃなかったのよ。お気持ちはうれしいけれど、まずはお友達からはじめないと」
「…………」
申し訳なさを込めて、上目でにこりと微笑めば、クレイルは少し意外そうに目を見開いた。
それから、すぐに眉をひそめてみせる。それこそ、申し訳なさそうな表情だった。
「……すみません、私、誤解をさせてしまっていますか? アマルダさんとお話ししたいというのは言葉通りであって、変な意味ではないのですが」
「言葉通り。ええ、大丈夫。誤解していませんわ。まずはたくさんお話ししましょう?」
アマルダは努めて明るく言うと、クレイルに背を向けて、足取りを少しだけ早めた。
背後から、慌てたように追いかけてくるクレイルの気配を感じる。
アマルダに置いていかれまいと必死の様子に、アマルダは前を向いたままくすりと苦笑した。
――言葉通り。変な意味はない。わかっているわ。
それはつまり、クレイルにとってアマルダは『大きな意味』を持っていて、エレノアを置き去りにしても、『それでもあなたのことが知りたい』と思っていて、とにかく理由を付けてでも『お話ししたい』相手なのだ。
こうやって、追いすがるくらいに。
――困るわ。ノアちゃんと私は、親友なのに。
ああ、本当に困っちゃう。
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