4話

 マティアスの背後から、アマルダはなだめるように声をかけた。


「まずはお話を聞いてみなくちゃ。いきなり穢れの元凶扱いなんて、冤罪だったら大変だわ」


 ――は?


 とうっかり顔をしかめてしまうのは、無理のないことだと思う。

 マティアスもぎょっとしたように振り返り、目を剥いて背後のアマルダを見つめている。

 一触即発の空気は流れ、代わりに奇妙に間の抜けた沈黙が満ちていく。


 ――……お話を聞いてみなくちゃ? 冤罪だったら大変? いきなり元凶扱いは失礼?


 それ、いきなり乗り込んできた本人が言う?

 しかも、神官も大量に連れてきておいて?


 神様の部屋をぐるりと取り巻く神官たちは、どう考えても大捕り物をしに来たとしか思えない物々しさだ。

 今さらながらよくよく見れば、それぞれ手に武器まで持っている。

 完全に、『抵抗するなら容赦はしない』という手勢を率いたこの状況。アマルダの言葉に納得できる人間なんているのだろうか。


「アマルダ、あなたねえ――」

「――アマルダ様! 今さらなにをおっしゃっているんですか!!」


 もちろん納得できず、言い返そうと口を開いた私の声を、しかし大きな怒声がかき消した。

 声の主には、目を向けるまでもない。

 先ほどまで神様を睨んでいたマティアスが、今度は同じ鋭さでアマルダを睨みつけていた。


「昨晩、さんざん説明しましたでしょう! あれは穢れの元凶で、神殿を貶める存在です! 話を聞く暇なんてありません! 今すぐにでも、始末しないといけないんです!!」

「マティアス様……でも……」

「でも、じゃありません! あなたも納得していたじゃないですか!!」


 声を張り上げるマティアスに、アマルダは怯えたようにびくりと震えた。

 周囲の神官たちも、慌てたように駆け寄ってきて、「まあまあ」とマティアスを宥めすかす。


 だけど、マティアスの怒りは収まらない。

 アマルダに体を向けると、肩を怒らせて叫ぶ。 


「神は神にしか殺せません! だから僕はあなたを頼ったんですよ!? 最高神なら――グランヴェリテ様なら、どんな神も殺せるから!!」

「殺すなんて、マティアス様、そんなひどいこと……!」

「ひどいだって!? そもそも、グランヴェリテ様なら悪神くらい簡単に滅ぼせると言ったのはそっちじゃないか!!」


 ――殺す!? 滅ぼす!?


 不吉な言葉にぎょっとする。

 どういうことかと聞きたいけれど、激昂するマティアスは止まらない。


「神殿の判断を仰ぐ必要はない、すぐに処理するべきだと、君から言い出したんだぞ! 僕が止める前に、君が飛び出したんだ!!」

「処理なんて……直接お話を聞いて判断するべきだと思っただけなのに。マティアス様が早とちりなさったんだわ」

「早とちりだと!? ふざけるな!!」


 叫ぶと同時に、マティアスはアマルダに足を踏み出した。

 力んだ腕が拳を握り、周囲の神官が止める間もなく振り上げられる。

 マティアスはどんな表情をしているのだろう。彼の真正面に立つアマルダが、さすがに顔を強張らせる。


 ――だ……っ!


 その光景に、私は反射的に手を伸ばした。


 この状況、マティアスの言い分からして、たぶんアマルダをそそのかしたのはマティアスの方なのだろう。

 ロザリーに騙されてリディアーヌを責めたのと同じように、今度はマティアスにいいように使われていたのだ。


 だけど、ここにきてアマルダが言い分をひっくり返してしまった。

 そうなれば、ひっくり返された側のマティアスとしては当然、穏やかではいられない。


 逆恨みもいいところだけど、それはそれとして、神様を『始末』したいと思うくらいに憎んでいたのだ。

 我も忘れるだろうし――そうなれば、手も出るだろう。


 ――いくらアマルダが相手だからって!


 そりゃあ、私だってアマルダに痛い目をみてほしいとは思っている。

 少しくらいはしっぺ返しを食らって、反省してほしいと思う。


 だからといって、物理的に痛い目に遭わせるのは別問題だ。

 大人の男に小柄な少女が殴られる様子を目の当たりにして、放っておくわけにはいかなかった。


「だめ! アマルダ!」


 アマルダの手を引こうと、私は足を踏み出し――。


 ――…………えっ。


 その手がアマルダに触れるよりも先に、ぐっと横に押しのけられた。

 思いがけない力によろける私の横を、一つの影が通り抜ける。


 背後から現れたその人影は、私には見向きもしない。

 怒り任せに振り下ろされるマティアスの拳も、目もくれずに受け止める。

 片手で拳を掴まれ、喚くマティアスさえ見えていない様子で、彼はまっすぐに目の前の少女だけを見つめていた。


「……アマルダ、さん?」


 形の良い唇が、少女の名前を紡ぐ。

 金の瞳は驚きに見開かれ、幻でも見るかのように、二度、三度と瞬いた。


 それでも消えない少女アマルダの姿に、彼は短い息を吐く。

 感極まったように、信じられないというように。


「私は――」


 他のなにも目に入らないという様子で、彼はアマルダだけを見つめて囁いた。


「私はずっと、あなたのような人を探していました」


 私に、背中を向けたまま。


 ……。 

 ………………。 


 は?

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