46話
――明日も来るつもりか……って。
「か、神様……」
神様は、今はぷるんともしない。
冗談を言っているようにも見えない彼の様子に、心臓がきゅっと縮み上がる。
「わ、私になにかご不満が……?」
聞くのも怖いけれど、聞かないわけにもいかず、私は震える声でそう尋ねた。
これでも一生懸命やっていたつもりだけど、なにか気に障ることがあったのだろうか。
神様が不満を抱くような心当たりは――――。
――……あるわね。
頭に浮かぶ心当たりに、私は一瞬遠い目をする。
ないとは言えない。というか、けっこうある。
そもそもが代理聖女で、魔力も足りないのだ。
この時点で『帰っていいですよ』くらい言われても仕方がないのに、そのうえさんざんな無礼を働いてきた。
嫌がる神様をつつき、引っ張って伸ばし、挙句に不可抗力とはいえ、尻に敷きまでした。
神どころか、人間相手だとしても相当な失礼である。
むしろ、よく神様は今まで怒らないでいてくれたものだ。
――べ、弁解のしようがないわ……!
聖女をクビになっても、まったく言い訳ができない。
思わず血の気の引く私に――しかし神様は、否定するように小さく体をひねる。
「ああ、いえ、私がエレノアさんに不満を持っているわけではありませんよ」
やわらかい神様の声に、私はほっと息を吐いた。
その様子を見やり、神様もまた、息を吐くように体を膨らませ、しぼむ。
それから、少し悩むように、「ただ」と言葉をつづけた。
「エレノアさんご自身が、もうこの部屋に来るつもりはないだろう、と思ったんです」
「……私が?」
「はい」
ピンとこない私に、神様はうなずく。
いつもの穏やかな声には、少しだけ寂しげな響きがあった。
「あの光の子に誘われているのでしょう? 彼の聖女になるように、と。人間にとっては、彼の聖女の座は魅力的ですから」
「光の子……?」
あまり聞き馴染みのない言葉だけど、光に聖女というと、ルフレ様のことだろうか?
私がルフレ様に誘われて、聖女になるから、もう神様の部屋には来なくなる――と。
だからあんなことを言ったのだろう。なるほど――と思いかけ、私はぎょっと神様を見やった。
「ど、どうして神様がそのことを!?」
ルフレ様から誘われたのは、本当のことだった。
昨日、神官たちに事情を説明し、宿舎に戻る帰り道。
彼からぽろっと、そんなことを告げられていたのだ。
――で、でも! あのときはまわりに誰もいなかったはずで!
悪いことをしたわけでもないのに、なぜだか妙にそわそわしてしまう。
落ち着かない私を見やり、神様はどことなく苦そうに息を吐いた。
「なんとなく、でしょうか」
神様の黒い体が、いつもよりも静かに揺れる。
どこか強張ったように、重く波打つ黒い表面に、私の顔が映っていた。
「彼があんなに素を見せることは少ないですから。……彼のあなたを見る目に、そんな気がしたんです」
「…………」
返す言葉は、すぐには出てこなかった。
私は少しの間、無言で神様の姿を見つめる。
不規則に揺れる彼の体は人間とは異なる。
体はなく、顔もなく、目や口すらもない。
表情なんてわかるはずもないのに――なぜだか彼が不安そうにしているのがわかって、私は自分で笑ってしまった。
「……明日も来ますよ」
その笑みのまま、私は神様に向けてそう言った。
たしかに、ルフレ様に誘われはしたけれど――。
「ルフレ様のあれは、冗談ですよ。本人もそう言っていましたし、最後はいつも通り、馬鹿にしてきましたし!」
思い出しても腹立たしいルフレ様の態度に、私は「ふん!」と息を吐く。
あの生意気神、いつか反省させてやる!――などという恨みつらみは置いておいて。
「それに」
と言って、私は強張ったままの神様に、首を横に振って見せた。
「たとえ本気だったとしても、ルフレ様の聖女にはなりませんよ」
かつて、聖女を目指していたときだったなら、きっと喜んだだろう。
だけど今は、ルフレ様だけではなく、他のどの神様に誘われても、答えは決まっている。
「――だって」
始まりは不本意。代理の聖女で、正真正銘の偽聖女。
婚約者のこともあるし、結婚だってあきらめたわけではない。
だけど、今は紛れもなく――――。
「私は、神様の聖女ですから!」
腰を浮かせ、テーブルに両手を突き、前のめりにそう言えば――強張った神様の体が、ようやくゆるんと柔らかくなる。
私を見上げるように伸びをして、彼はゆるんだ体をゆっくりと震わせた。
まるで、笑うように。
ゆるく波打つ彼の姿に、私はつかの間、息を呑んだ。
つるんとなめらかな黒い体。光を受け、かすかに艶めく表面。
美しいはずもない、人ならざる姿なのに――なぜだか目を奪われてしまう。
「……エレノアさん。それなら、これからもよろしくお願いしますね」
寂しさの消えた彼の声に、私は慌てて頬を叩いた。
見とれていた自分を誤魔化すように首を振ると、私は改めて彼に顔を向ける。
それから、大きく息を吸い――。
「はい!」
と強く頷けば、神様の笑みがますます深まったような気がした。
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