伍郎と前世

「ほら、これこれ、これがね私の孫よ。かけっこが得意なのよ」

「へぇー、すごいね。大きくなったら、オリンピックに出るかもしれないね」

「ねぇ伍郎ちゃん。今度の日曜日、コンサートに行くのよ。息子が連れてってくれるの」

「いいねぇ。なんのコンサートに行くの?」

「さあ……なんだったかしら。伍郎ちゃん、知らない?」

「聞いてないなぁ。あとで聞いとくよ。楽しみだね」

「伍郎ちゃん。このあいだ買った、いい匂いね」

「そうそう、食べたくなっちゃうよね。食べちゃ駄目だよ」

「いやだよー。食べないったら。ふふふ。でも、うちのおじいさんは間違えて食べちゃうかもねえ」

「あんたんちのじいさん、小皿に入れて出したら、刺身に付けて食べちゃうんじゃないかい」


 手を叩いたりして、楽しそうなおばあさんたち。


「伍郎ちゃん伍郎ちゃん、これね私の孫なの。かけっこ得意なのよ」




 ドラッグストアKASUMIの調剤コーナー前のソファーは、近所の前期後期高齢者の方たちが薬をもらいにくるのが重なり、ときどき憩いの場となる。もちろん、ほかの客の邪魔にならない範囲で、だ。まあ、たいがいが顔見知りなので、問題なくおしゃべりを楽しんでいく。

 やれどこが痛い、ここが痛い――――などと、みな年齢的に、病院の世話になっている人が多い。結果、薬をもらいに、ここに来るのも多くなる。なのでよくあるネタで、病院の待合室にいる老人たちの「誰誰だれだれさん、今日は来てないけど病気かい」といったやり取りが繰り広げられることが、ままあった。




「伍郎、昼休憩行っていいぞー」

「もうそんな時間かぁ。お腹減ったあ」

「良江ちゃんもー。お昼行ってきて」


 伍郎の母がバックヤードにいる良江に声をかけた。


「あっ、はい。……でも、もう少し…。シール貼り終わってから、それからで…」


 伍郎が見ると、バーコードのシールを貼っていない商品がまだ半分以上残っていた。


「じゃ、一緒にやろうか」

「えっ。そ、そんなっ、悪いです、大丈夫です、できます、やります、ひとりで、やれます」


 遅いですけど…、と良江は小さい声で付け加える。


「遅いのは仕方ないって。初めてなんだし。僕なんかも、遅いわ間違えるわで散々だったよ」

「そうだな、このあいだも間違えたとこだぞ。綿棒とサプリのバーコード、間違えて貼りやがって」

「二万五千円の綿棒になったのよ、良江ちゃん」

「た、高い…」

「それに引き換え、良江ちゃんは丁寧にやってくれるから、安心して任せられるよね」

「お前は安心して任せられない」

「どこかいつも、なにかしら抜けてるのよ」

「あはは」


 言われているのに笑っている伍郎を見て、良江も釣られて笑顔になった。






 桶を持った老婆が森の中を歩いていた。

 老婆には病を患った孫娘がいた。しかし家は貧しく、薬を買ってやる余裕はなかった。

 そこで老婆は、言い伝えにあった泉に行くことを思い立つ。

 その泉から湧き出る水はどんな病をも治すと、言われていた。

 確証はない。

 だが発作を起こすたび、顔を真っ赤にして苦しそうな孫娘が不憫で仕方なかった。

 森の中をさまよい、幾日かののち、ついに老婆は泉にたどり着いた。そしてその湧き水を桶にくんで持ち帰り、孫娘に飲ませると、なんと、たちまち孫娘の病は治った。

 老婆と孫娘は、元気になったお礼にと、自分たちが育てた林檎を泉にお供えした。




 ――――どこからともなく一頭の、白い馬のような生き物が現れた。額には長く鋭い角が生えている。ユニコーンである。


 ユニコーンは好戦的で、どう猛な生き物だ。その強大な角のひと突きは、ゾウすら殺す。

 しかし、なぜか人間の乙女には弱い。乙女に対しては、膝の上に頭を乗せて寝てしまうくらい大人しくなる。


 しかしこのユニコーンは、ほかとは違い、どうやら少しのんびり屋のようだった。

 今日もおそらく自分の角の距離感がつかめなくて、木に刺さったか地面に刺さったか、なにかしらに刺さったのだろう。自慢の角が汚れていた。

 ユニコーンは、泉のそばまで来ると頭を下ろし、角をちゃぷちゃぷと洗った。らせん状にねじれているため、溝の汚れを浸け置き洗いのつもりなのか、そのまま角を泉に浸している。

 そのままじっとしていたユニコーンは、だんだんと眠くなってきたようで、うつらうつらと船をこぎだした。

 すると、かくんとした拍子に泉に顔を沈めてしまい、慌てるユニコーン。

 しかしまだ眠いのか、すぐさま横になった。もちろん、ちゃんと角を泉に浸けておくことは忘れない。

 これで大丈夫、と安心して夢の中へ旅立ったユニコーン。目が覚めたころには汚れは落ちているはず…。


 ユニコーンの角は、解毒や病気を治す力があると言われている。


 その角が浸かっていた水は、その効果があった――――のかもしれない。


 そんなことは、このユニコーンの気にすることではなく。

 彼はこれからも、角を汚してはこの泉に来て、洗って昼寝して、を繰り返すのだった。






「うたさん、私たこわさと焼酎ロックください」

「んー、僕はエビフライと…ポテトサラダがいいな」

「伍郎くん、今日のポテトサラダ、リンゴ入りなんだけどいい?ほら、果物入ってるの苦手な人いるでしょ」

「苦手じゃないよ」


 伍郎はユニコーンだったころ、泉になぜか置かれていた林檎を思い出した。

 おいしそうだから食べようとすると、よく地面に角を刺してしまったり、うっかり上に乗ってしまい、つるりと転んだりしていた。


「苦手じゃないけど、苦労したんだよね」

「「?」」


 良江とうたは、頭を傾げた。






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