泣いた理由

春嵐

索漠と興奮

ふと、索漠が襲ってくる。


理由も分からないし、いつどこでこうなるかも分からない。


ただただ、心に穴が開いて、そこに初冬の風が思いっきり突っ込んでくるみたいな。とにかく、索漠とする。そうなってしまう。


心の隙間を埋めるために、友達を作ろうとした。同性の友達は、まったくだめだった。頭の中がタピオカとアイドルでしかない。異性の友達は、論外。私を性愛の対象にしか見てない。


高校の屋上。


索漠とした、気分。


こうなると、すべてが、どうでもよくなる。

小さい頃からそうだった。


幼稚園では一緒に遊んでた子のおもちゃを投げ飛ばした。その子は泣いた。

小学校では掃除中にほうきと黒板消しを窓から捨てた。後で一緒に掃除をしていた掃除係が拾っていた。

中学校では体育館の窓を割った。私じゃない誰かが怒られてた。


そして今。高校の屋上。


心に吹いた風が、私の背中を後押しした。

手すりに足をかけ、フェンスを昇る。


簡単に、越えられた。


下。


早く降りよう。


登校するときに自宅を出る最初の一歩のように、空に踏み出した。


「あっ、ぶ、ないっ」


制服の腰のところ。


掴まれる。


絶妙なバランスで、屋上と空の境目に固定される、私。


「そのまま、とりあえずそのまま体重を移動させないでそのままでっ」


「誰」


「誰、はないでしょっ。隣の席の。分かるっ?」


「分からない」


友達を作るためにクラスメイトの名前覚えて、無駄だと悟って全部忘れた。


「じゃあ、誰でいいや。名前とかはいい。ひとつ言ってもいいかいっ?」


「ひとつって、あなたさっきから失礼ね。手を離して。女性の腰に手を回す意味がわかってるの?」


「わかっ、てる、つもりっ」


「は?」


「好きなんだっ。君のことが」


「誰よ」


「覚えてないだろうな。でも僕は君を忘れることはないぞ。いろいろあったからなっ」


「何言ってるの」


「幼稚園。僕の遊んでたお気に入りの車のおもちゃを突然投げて壊したっ」


幼稚園。誰かのおもちゃを投げ飛ばした。


「小学校。きみ、掃除中に突然ほうきと黒板消し、あとなぜか教科書を外に放り投げたでしょ。全部拾ってなんとかしたんだけどっ。大変だったんだけどっ」


小学校。教科書も窓から捨てたのか。忘れてた。


「中学校。僕なにもしてないけど、窓割ったことにされて停学処分っ」


中学校。体育館の窓。


「うそ、ぜんぶ」


「そう、ぜんぶ、僕。君が好きだからとりあえずなんとかしたの。そして今っ」


高校の、屋上。


「君が行動を起こすのは、こういう、なんかちょっと寒い日でっ。そして、だんだん学年と一緒に高度が上がっていくっ。次は屋上だと、思ったよっ」


「ねえ」


「なに。そろそろ腕がしんどいよっ」


「なんでそんなにするの。私なんてどうでもいいじゃない」


「それが、そうじゃないんだな。君はどうせ性欲がどうこうって言うだろうけど、僕は性欲が分かる前から君のことが好きだぞっ」


「でもえっちなことしたいんでしょ。腰に手を回してるし」


「うん。でもっ、君が生きてないとえっちなことできないでしょっ」


「ばかでしょ、あなた」


「ばかだよっ。あんまりテストの成績も良くないっ。君はいつも一位だねっ」


「ええ。いつも一位」


「でもばかだねっ」


「は?」


「君は高いところが好きなだけだっ」


高いところが。

好きなだけ。


「高いところに立つと興奮して、近くにあるものを投げる癖があるっ」


「なにそれ」


「投げるものがないから自分自身を投げようとしてるっ」


「そんな、そんなものなの。この、こんな索漠とした気分は」


「索漠っ?」


「あ、そうか。あなたばかだから」


「いいから、戻っておいでっ」


体重を屋上側に移した。

さっき登ったフェンスを、もういちど昇る。屋上に戻った。


さっきの誰か。

へたりこんでいる。

腕。


「あなた」


「いやあ、よかったよかった。なんとか間に合った」


手が、ぼろぼろに破けている。


「あ、手?」


「怪我を」


「こんなん、停学くらったときの衝撃に比べたらどうってことないよ」


「ごめんなさい」


「え?」


「何も気付かなくて、何も気付けなくて、ごめん、なさい」


「ちょ、ちょっと待って。泣かないで。大丈夫だから。ちょっとすりむいただけ。ほらっ。いてて」




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