天空 ‐2
空一面に是雲の声が轟いた。
「貴様、もう逃げろ。あれには勝てん」
珀斗が言った。
「珀斗! 君、もう大丈夫なのかい?」
ふらつく彼女に直ぐさま右那が駆け寄った。
「ええ、ぎりぎりですが、なんとか」
支え合う二人に、ヘルメットの男が歩み寄る。
「君! 珀斗の言うとおりだ、一緒に逃げ……」
右那がそう言いかけると、男は彼女の前にすっと片手をかざす。すると、右那はたちまち目蓋の重さに沈んでいく。朦朧とする意識の中、最後に男に手を伸ばして、彼女は目を閉じた。
「ノロ、し……」
神能の力によって右那は眠りにつき、支えていた珀斗に逆に体を支えられて彼女に身を抱えられた。
「悪いな右那、最初から最後まで。だけどもう死んでんだよな、ノロ氏は。……俺もまた、一緒にゲームしたかったよ」
右那の頭を優しく撫でた。眠りにつく表情を最後に見て、そして、その右手をひいた。
「貴様、なぜ貴様が使徒になってる」
「よお珀斗。随分見ない内に弱体化しちまったのか? なんてな。お前、右那のこと守ってるんだったら最初からそう言えっての。俺が左腕千切られる意味よ」
「は? 貴様いきなり何を言い出すんだ」
「悪いな。少し考えたが、お前に言い残したことなんて特に無かったわ。じゃ、右那のこと後よろしく頼んだ」
「待て、まさか、馬鹿なことを考えるな貴様! 貴様ごときが命をかけたところで、あの龍は倒せん!」
「俺を何だと思ってる? 最強ニートだぞ」
そう言って、腰の収納に忍ばせていた秘密兵器を外に晒した。
銀色に輝くボトル状の爆弾、誰ぞが秘密裏に開発し、そして今託された兵器。対超常能力者用兵器〈GET弾〉だ。
「まさか、マジで実在する武器だとは思ってもなかったっての。まぁ若干名前は違うけど」
「貴様、それを使えば貴様もろとも……」
「じゃあな、珀斗」
そして、ヘルメットの男は再び巨大黒猫に姿を変え、一直線に駆けだした。
――あばよ。
黒猫は斜張橋の主塔を登ると、その天辺から空に向けて跳び上がった。
驚異的な跳躍力で、雲を突き破る勢いで上昇。迫る龍の鱗に前足の爪を引っかけ飛び乗った。
「さぁ! ニートの本気、見せようかぁ」
龍の体の上で人の姿に変身。
中腰に構えて両手を開くとその指の先からナイフほどもある黒い爪が五本生え揃った。
「是雲よぉ」
暗雲の中にうねる龍の体は、その鱗の一枚一枚が粘土細工のようにドロドロと立ち上がり、人の姿をした是雲が無数に現れた。
「「「滅ビナサイ」」」
「「「「「滅ビナサイ」」」」
「「滅ビナサイ」」
口々に唱え、一斉に額から光線を放つ。
同時に駆け抜けるヘルメットの男は、影と位置を入れ替えながら全ての攻撃を回避し、僧侶の姿を模した鱗を両手の爪で破壊した。
龍の背中には次々と是雲が生える。男は、その全員の首を高速で切り落としながら、龍の頭部を目指し走った。
「「「滅ビナサイ」」」
無数の電撃、ビーム。雲の中にちかちかと輝き、男を消し飛ばさんと更に是雲の数は増えた。
「滅ぶとも! お前もろともなぁ!」
激しい閃光。世界は光と闇を瞬く間に入れ替えながら、目も眩むほど凄まじい攻撃を与えた。もはや、回避してるのか当たってるのかさえも定かでない。
ただ男はそこにいた。
そして、是雲の形を模した鱗を完全に破壊し尽くしたのだった。
龍の頭は正面。
龍は体をくねらせ、鯨さえも一口で飲み込むほどの大きな口を男に向けた。
「そら、来いよ。俺はここだ」
〈GET弾〉の安全装置を解除した。
「優秀な狙撃手がいねえから、自分で行くしかねえんだな、これがさ」
この兵器の正体は、ひとえに波長の相殺だ。使徒であろうと神であろうと、その正体は神納中枢から起こる波長による力。〈GET弾〉は波長を打ち消し、同時に爆発することで、防御不能・再生不能な完全なる破滅を与える。
「これでホントに最後だ。すでに一回死んでるからな、もう思い残す事なんて……」
龍の頭は、巨大な大顎を開いて突撃した。
「……ライトホープ、本当にごめん。……さよなら」
男は〈GET弾〉を握りしめると、向かい来る龍の頭に飛びかかった。
二つの使徒が衝突する。
「あばよ世界。ニートは死ぬぜ」
光が生まれた。
まるで地上に太陽が降りたような衝撃。光は大空を裂き、地平線の端から端までを吹き飛ばす。
空全面を覆っていたどす黒い雲は、一瞬の内に消し飛ばされた。
世界に、朝が訪れる。
既に時刻は午前六時。空を支配していた雷雲は影も形もなく、西の空には本物の光が目を覚ましていた。
夜明けの温かい光が、二人を暖める。珀斗、右那。彼女らの影は斜張橋上にどこまでも遠く伸びた。
「終わった、であるか」
空に一羽、黒い大きな鳥が現れると、二人の傍に降り立った。
「あの者はいつか言っておったな。無駄死にではなく、無駄生きをやめるのであると。よもや本当にそうするとは、愚かである」
「ルシファー、無事でしたか。これで大方の障害は消えたと思いますが、しかし我々はこれから一体どうすれば……」
「愚問であるぞ珀斗。我々は、あの者の切り開いた混沌たる未来を見届ける。この新世界と共にあらん新人類の創世をな」
薄らと開いた目に、朝日が滲む。
珀斗に抱えられた右那は、その小さな手を太陽に伸ばした。それを掴まんとばかりに、五本の指を開き、ただ光を求めていた。
「……ノロ氏」
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