殺戮屋敷 ‐2
深い闇の中、四角い液晶パネルが煌々と青白く灯っていた。
忙しなく移り変わる液晶の画面、その手前には小さな影が輪郭を表した。映像に合わせてゆらゆらと頭が左右に揺れ、その度に長い頭髪が肩から滑り落ちた。
「誰だぁ?」
少し幼い、少女の声だった。彼女は振り返ることもせず、気怠そうに呟く。
「いい加減、まともな殺し屋なんだろうね」
「へ?」
「あー、ちょっと待ってくれ、もう少しでこのステージが終わるんだ。なに一分も待たせやしないさ、別に構わないだろう? 人生の最後くらい切りの良いところで終わらせてくれよ」
「あの……」
「あ……、死んだ」
画面が暗転し、『MISSION FAILED』との文字が大きく表示されていた。
「これは……、完全に君のせいだね。変なタイミングで入ってくるから。さて、一体どうしてくれようか、ちょっとばかりオコだよ、ボクは」
そう言って、彼女はこちらを振り返る。
長い髪の少女、眠たそうな両目は半開きだが、その奥には星のように蒼い瞳が輝いていた。
「って、なんだよ、関ノ祓魔包丁じゃないか。こんなルーキーを送り込むだなんて、一体どういうつもりかな」
締め切られた部屋、液晶画面を背景に少女の影はおもむろに立ち上がった。
状況の理解が追いつかない。
「誰? って言うか、何? は? いやなにこれ」
「いやいや、君デリーターだろ? なにって、ターゲットさ。ほらそれが目の前にいる」
これがターゲット? この少女が暗殺の対象だ? 意味がわからない。こんな女の子が何をどう間違えれば殺しの対象になるというのか。更に、この少女は殺し屋ことデリーターがやって来るのをわかっている様子だ。もはや状況に頭の理解が追いつかない。何がどうなっている。
「なんだい、やらないのかい? ほら、ボクを殺せば凄い金が手に入るんだろ?」
そして、さぁ殺せと言っている。
「もしかして警戒してる? 安心しなよ、今なら大丈夫。さぁ、その包丁で一突きだ」
それとも、〈フリーアサシン〉という殺人代行アプリについて、自分は何か大きな誤解でもしていたのだろうかと。もう一度記憶を振り返った。
あの時、自分の部屋で遭ったピエロのような殺し屋と、その殺しの対象者であった自分は、こんなんじゃない。もっと壮絶な戦いだった……、はず。
「ああそうか、本人確認が必要かい? ボクの名前は右那、依頼通りの人物さ」
「うな?」
「う~ん、なんだか煮え切らない人だねぇ。殺してくれってこっちから言ってるのにさ。君ホントにデリーターかい?」
「あ、ああ。デリーターだよ。で、デリーターだとも」
だけれども、殺せと言われて、はい殺しますって。殺人ってそういうものだったか? 人を刺すって、こういう軽いやりとりで実行するものではないはずだ。
「わかった! さては君、殺人童貞だね? いや、そうに違いない。武器も初期装備だし、それに普通、正面から入ってこないよね? 寿司屋の出前じゃあるまいし」
「あぁ、いや……」
「うっへっへっへ、図星かぁ、おもしろいや。ってことは君、自分の実力もわきまえずに、初っ端からこんな高額報酬に手ぇ出したってことだよね。すごい度胸、それともやけっぱち? いやただの愚か者かな。うへへへへ」
彼女の言葉を聞いていると、だんだんと混乱は不愉快に変わった。逆にそれが冷静さをもたらしたのか、少し判断力が帰ってきたようだ。
童貞だの、愚かだのと失礼な小娘だ。こんな暗闇で一人ゲームに励む引きこもりニートみたいな奴に……。そもそも大体、別に誰がどんな依頼を受けようと、それに対するレベル的な制約は無いはずだ。人にどうこう言われる筋合いはない。
「まぁいいさ、運がいいよ君。いま丁度あの人いないからさ。ほらやりなよ、その武器でさ。あぁそうか、怖いんだねぇ人を刺すのが。心配しなくてもすぐ慣れるさ。別に熊と戦ってるんじゃないんだし、君は至ってノーダメージ。それでもこんなか弱い女の子一人やれないのかい? へへへっ。君ぃ、ちゃんとちんちん付いてる? 全くかわいいねぇ。うっへっへっへっへぇ」
……。
「…………」
「どうしたの? 黙っちゃって。あぁごめんね、もしかして女の人だった? あれ違う?」
「……、言わせておけば……」
「え? なに? 声が小さくて聞こえないよ」
「……」
「おーい」
深く息を溜め込んだ。
この小生意気な娘には一つバシッと言ってやる必要がある。俺は本気だと。本気の殺意を持っていて、そして社会に復讐するため、他人の不幸でメシを食ってやるって。振り切れた無敵の人間の恐ろしさを教えてやる。
そして吸った空気を一気に吐き出した……。
「バカヤロォオオ! 命を粗末にすんじゃねえ!」
一喝。
「……」
おや、果たして自分は一体何を口走ったのだろう。急に頭がおかしくなったようだ。
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