第12話 「 見飽きた三人組の初登場 」

 日の出の数をもう幾度も数えるまでもなく、二ペソの祭りの日は近づいていた。村人は毎日の仕事の合間に祭りの準備として、祭り飾りや踊りの衣装、山に捧げるお神酒や祝詞を作ったり練習したり。年に一度の村の感謝祭は否が応でも心をざわつかせ、変化の少ない山村に非日常の楽しさを呼び込んでいた。

 そんな頃。


 マルコ・ストロースが日常として見回っている大岩と小さな祠がある崖の下、幅は広いが深くはない川の中に彼らは居た。


 その恰好を冒険家然とさせ、川底につるはしを振り下ろす奇妙な三人組である。崖下の川に響く声は三人のもので間違いなく、先ず聞こえてくるのは、背が低くずんぐりとしたマメという男のものである。


「姐さーん、何も見つからないっすよー。疲れたっすよー。休憩、しましょうよー。なんならですがね、ダイナマイトでドッカーン! とやっちまいましょうよー」


 その声に返すのは、顔の両サイドにコロネパンの様な縦ロールの髪をぶら下げたカルネという女だ。


「うるさいんだよ、へちゃむくれ! 見つからないなら見つかるまでつるはしを振るいな。だいいち、この状況でダイナマイトを使う莫迦がどこにいるんだいっ。アタイらが探している場所は川の中なんだよ? それに、万一使えたとして、探してるものまで吹っ飛ばしたら意味がないどころか本末転倒だ! あんたの頭は何のためについてんだい!」


 怒りが滲むどころかはみ出たカルネの声。振るうつるはしに余計な力がこもる。

 そこへと、ひょろりとした体躯のキノコという男は、カルネをなだめるようにマメの援護に回って声を上げた。


「いやいや、けどね、姐御。探し物が探し物なんですから長丁場は覚悟しなくちゃあいけないってもんですよ。それに、うちだって休憩はしたい。だったらこんな時に一つ休憩をはさんで、また元気を補充したら作業に戻る。このほうがほら、効率だって上がるってなあもんですよ」

「あんたもかい、山のキノコのこんこんちき」

「だって、なあ、マメ?」

「あ、ああ! そうですぜ、姐さん。休憩は必要っす!」


 いつもであれば、だ。こういった状況でキノコはカルネの言葉に従っている。だが、今回ばかりはマメの意見を優先させた。それもそのはずで、三人は根を詰めるという言葉が適切だろう長い時間を水の中で作業していて、つるはしを振るう両手の感覚もなくなり、川底の土浚いという腰を曲げたままの作業にも強烈な痛みを伴うようになっているのが現状だ。いつ誰が音を上げたって不思議じゃない疲労が溜まりに溜まり、それはいつか自分自身の肉体を圧倒的に破壊する時限爆弾にもなりかねない。だからキノコは姉御と呼び慕うカルネの言葉に反発してでもマメのフォローにまわったのだ。


「だからね、姐さん! 休憩、しましょうよ」

「うちもマメに賛成ですぜ、姐御。姐御が気に入ったと言っていたあのお茶も入れますから」


 しかし。「ふん」、と。カルネは鼻を鳴らしてつるはしを振り上げる手を止めることはなかった。

「この根性なしどもが。それでも一物ついてんのかい? アタイは続けるよ。ああ、続けてやるさね! 見てな、あんたたちが休んでいる間にアタイが見つけて自慢してやるからね。ああ、ああ! いまから悔しがる顔が目に浮かぶよっ!」


 ブンッと振るわれるつるはしは川を貫いて川底をえぐる。だが、効率は著しく悪い。これしか手がないのだから仕方はないが、一振りごとに跳ねる川の水と泥は、ぐっしょりと服を汚して重くする。であれば余計に体力は奪われて効率が悪くなる。けれどカルネは水も泥も重さも疲れさえも気にせずに、つるはしを振るい続けた。穿たれた川底から舞い上がる土煙。川底が落ち着く前につるはしを笊に持ち替えて土を浚い、目を皿にして目的のものを探していく。何度も、何度も。


 その様子を眺めるマメとキノコは、互いに見合うと肩を竦めた。

「じゃあ、あっし達は失礼して休憩を取らせていただくっすー」

「姐御も休みたくなったらいつでも上がってきてくださいね。お茶、淹れときますから」


 バシャバシャと、川から上がっていく二人。カルネは見送りもしなかった。川底を浚う。それだけに取りつかれた幽鬼のように黙々と同じ作業を繰り返す。設営したテントまで戻ったマメとキノコは、ポットを焚火の火にかけながら、低い椅子に腰を下ろしてカルネを見つめる。離れないのだ、視線が。


「……なあ、キノコよぉ。姐さんはさあ、大丈夫かなあ」

「まあ……駄目だろうよ」

「駄目ってお前、そんなら無理にでも休ませてやらなきゃいけないだろうに。姐さん、夜もあまり寝れてないみたいだし」

「けどよぉ、マメ。今の姉御を止められるかって話よ。――見てみろよ。必死じゃあねえか。古い伝承を頼りに文献を漁って、ようやっとここまでこぎつけた、姐御をよぉ。どうして無理やり休ませることが出来るってんだよなあ」


 二人の瞳に映る一人の人間の歴史と想い。知っていればこそ、息を吐き出せなくなるほどグッと口角がへの字に曲がる。拳に知らずと力が入る。


「け、けれどもよぉ……」

「ああ、ああ、分かっていらあな。マメ、お前の言いたい事なんざ十二分も分かっちゃいるのさ。うちも、もちろんのこと、姐御にもなあ」

「ならよぉ」

「けど、止まらねえのさ。止められねえのさ。体が、心が、自分を止めちゃならねえって訴えてんのさ。本当に、本当にようやっと、ここまで来たんだ。姐御のことを考えりゃ、身に詰まされるってもんだろう、えぇ、マメよぉ」

「だけれどもよぉ」


 キノコはマメの言葉を聞きながら熾した火に薪をくべる。ポットがコトコトと蓋を揺らし、注ぎ口から湯気を上げ始めたところで茶を用意する。少し熱めに入れるのはカモミールティー。もし川から上がったカルネの体が冷えていたらいけないと。簡易テーブルに乗せられたカップから果実のような甘い香りが立ち上り辺りを包むが、カルネを見つめる二人の眼の中に安心は浮かばない。


 と、そんなとき。

 思い出したような声を上げて立ち上がったのはキノコの方だった。


「っと、いけねえ。忘れていたぃ」

「ん、忘れていたって何をだい?」

「パンさ」

「パン?」

「ああ。以前の町で用意したパンも今晩喰ったら底をつく。とすれば明日の朝からの分を用意しておかなけりゃ、出せる力も出せなくなっちまあな」

「なにぃ! そりゃあ一大事じゃあねぇかっ」

「そうだとも。それにパンだけじゃねぇよ。チーズも干し肉も残り少ないんだよ。そろそろ買い出しに行かなきゃなあと思っていたんだが、その暇と余裕がなぁ」

「おいおい、キノコ。そんな大事なことなら暇も余裕も関係なんてあるもんか。もし食えるもんがなくなっちまったら、あっしのこの腹と背中がくっついちまうところだ!」


 そう言ってマメはポコンと出っ張った腹をポンと叩いた。キノコが溜息を吐くのは仕方ないことか。


「なに言ってんだ、マメよぉ……」

「なにって、あっしはいま大事なことを!」

「そりゃ大事だなんてうちにも分からあな。だから買い出しに行こうとしてんだ。けど、二、三日喰わなくたってマメの腹は背中とくっつくことはあるめぇよ。それに、うちが心配してるのはな、マメ。お前のことじゃなく、姐御のことなんだよ」

「そ、そりゃあ、あっしだって姐さんのことは心配さ」

「だろう? なら、うちらは姉御のことをもっと大事にしなくちゃならねぇはずだ。違うかい?」

「で、でもよぉ。姐さんは強情なお人だろう。あっしらが休んでくれと言って、止んでくれるお人じゃねぇ。さっきだってそうだったんだ。素直に聞き入れちゃくれねぇよなぁ」

「んなこたぁ、うちだって分かっていらぁな」

「ってえと、何か考えがあるのかい?」


 キノコは川の中でつるはしを振るい続けるカルネから視線を外してマメを見ると、にやりと口角を釣り上げて見せた。


「だから、パンなのさ」

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