第32話 お父さんと神界
東京アリーナ とある保護者席
「ケイ!ナイスゴール!ごほっ、あれ俺の息子なんですよ!!」
「いけー!にいちゃん!」
「ふふ。あなた、気持ちは分かるけど少し落ち着いたらどうですか」
「今までの努力がむぐ....報われでよがったなぁ...ぐす」
周りから褒めちぎられているうちの息子がまさかここまで凄いとは。いや凄過ぎるだろ。
一人だけ次元が違うレベルのパフォーマンスを見せている。股抜きなんて舐めた事を、ははは最高だ。
大柄の小学生からしたらケイは小人だろう。その小人がどんどん大柄の選手に尻餅をつかせながら進むのはとても見応えがある。
今まで試合の映像を観せてくれと言っても「恥ずかしいから見ないで」とお願いされ、観たことがなかった。
どうしよう、あいつの努力を一番知ってるからこそ本当に嬉しいな。
やはり歳を取ると涙腺が緩くなるのは本当みたいだ。
「.....ぐすっ」
今年で49なのにこんな泣く奴がいるか。落ち着け、恵子にはバレてないよな。
視線を向けるとニヤニヤと顔を歪めた俺の妻、恵子がビデオカメラをこっちに向けていた。
「おい!撮るなよ.....いえ、撮らないでください」
「ふふふふ、全くあなたったら。はい、ティッシュよ」
おっと、家系内ピラミッドで誰が最上層にいるかバレてしまったな。
「それにしても俺らの息子は凄いな、あのFKは鳥肌ものだよ。どんな心臓してるんだ」
「本当にいつからあんなに逞しくなったのかしら?ねーワタル」
「うん!おにーちゃんはウルトラマン!」
「ははははははは!本当にな。じゃーパパは?」
「パパは....んー、泣き虫!」
「ぐはっ、違うんだワタル。泣いてるんじゃない、汗だこれは!」
「パパ!お兄ちゃんまたゴールしたよ!」
「ん?おおぉぉぉ!ナイスゴーーール!!」
鼻息を荒くした、テンション高めの司会と一緒に叫んでしまった。
「はあ、はあ...」
少し息切れが起きたので席に座る。情けないな。息子が今も戦っているのにこんなところで休むなんて。
目下で繰り広げられている試合を観た後、横目でお母さんに口を拭いてもらっているワタルに目を向ける。
本当にうちの息子たちは可愛いな。
最近はワタルもケイを見習いサッカーの練習をしている。
短い手足を頑張って使い、必死にボールを追いかける姿を見ると将来この子が何をしても、俺がこの子を愛する事を止めないだろうと思ったあの日を思い出す。
産室でケイやワタルを初めて抱いた瞬間、自然とそう思ってしまった。
小さなブヨブヨとした手で俺の指を掴んでぎゅっと握る赤ちゃん。あの感動は生涯忘れることはないだろう。
その時「ああ、俺は父親になるんだ」と覚悟ができた。
親バカなのは分かる。どうしようもないことだ。これが親の運命というやつだろう。
ケイとはこの前色々約束したが、もう少し父親らしいところを見せるまで生きなければ。
まだケイやワタルを海にだって連れて行ったことがないんだ。遊園地、旅行、まだまだ父親らしいことを全然していない。
最愛の妻から授かった本当に、本当に大切な宝物二人。
一緒にいられる時間は少ないかも知れない。せめて、精一杯愛してあげたい。
ふと、自分の痩せ細った手が目に入る。本当にみじめな姿だ。自分の情けない姿を見ると憫笑が浮かぶ。
やるせない。息子の試合に観に来るだけでも医者に許可を得なくてはならないなんて。
....ああ...頼む、せめてもう少しだけ、もう少しだけでいいから家族との時間をくれ。
神様。俺だって死にたくない。本当に死にたくないんだ。俺に家族を愛する時間をもう少し...
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
転生の間
「...ん」
目を開けると懐かしくも忘れることができない真っ白な空間が待っていた。最後に来たのは9年前になるのに鮮明に覚えている。
ああ、そういえば関東区決勝戦で勝った後に意識が落ちたんだった。でもなんでここに居るんだ。
『起きたようじゃの』
「神様...お久しぶりです」
白い空間が一瞬ブレ、先程は何もなかった所に天狗の神様が現れた。
神々しいオーラを纏い、口を開く。
『実はお主に伝えたい事があるのじゃ。あまり時間がないので簡潔に伝える。よく聞け』
「はい」
『実はお主を転生させる際、儂の力を使いサッカー選手に合う体を探したのじゃ。だがそのせいで思いもよらぬ変化が世界に起きた。本来なら起こるであろう出来事が改変され、未来の道筋が変わったのじゃ』
「な?!....うっでも確かに...自分の記憶違いと思っていましたが...」
なんでも神様は日本人で死産しており、出来るだけサッカー選手に適している体を探した結果、2009年に死産した二宮ケイに俺の存在を転生。
しかし前世の俺は2020年に死んだ。その為本来なら、前世の俺はまだ生きている筈だ。しかし同じ人間は同時に存在できないため、佐藤駆は元々いない者として消したらしい。
残念ながらこれは事実だ。一度だけこの時代の佐藤駆に会いに行ったが見つからなかった。すでに自立しており、一人暮らしを謳歌していた筈だがそこはもぬけの殻。
『そうなのじゃ。お主は既にいくつかの出来事で違いに触れている。だが生活にはあまり影響は出ないだろう。強いて言うなら【最先端サッカー学】で出てくる筈の選手が一部消えるぐらいじゃ』
「...そうですか」
『そして今回ここに呼んだメインの話じゃ、お主はもうすぐ【努力★】の累計時間が5万に達しようとしてる。その時に特典が貰えるのじゃが、今のお主の精神力では自ら命を絶ってしまうであろう』
「へっ?」
『混乱するのは分かる。じゃが今世ではしっかり生をまっとうして欲しい。ほれ、受け取れ。これがあれば生き残れる』
「ぐ....はっ」
天狗が羽団扇を振り、白い光の玉が俺の胸に入る。胸に突くような熱を感じ蹲ってしまう。
『神界からは地上に干渉できないからここに呼んだ。すまぬ。お主が聞きたいことも知っている。じゃが儂からは何もできない』
「待って下さい!お....」
『これが最後になるだろう。達者でな』
その声を最後、視界がぼやけて.......
◆◆◆◆◆
東京アリーナ 関東区決勝戦 試合終了直後
はっ!
水より更に重い膜から突如として引き上げられ意識が戻る。
「ケイ君...ケイ君。何かあったのかい」
「.......ジュンか。いや少しぼうっとしてただけだ」
「でも、じゃあ、どうして泣いているんだい」
「....え?」
自分の頬に手を持っていくと、勝手に涙が溢れ出てくる。胸に詰まるこの重い、置き所なのない気持ち。
なぜか止まらない。
先程感じた地獄の痛みから解放されたからなのか。いや、違うだろう。
一体あの天狗は何をくれたんだ。
最後に言っていた自ら命を絶つってどういう意味だよ!
くそっ。特典があまりにも物騒過ぎる。自殺ってことだよな。何がどうなってやがる。
あの一瞬見せた憐憫の情を抱いたような、哀れみの目。天狗がそこまで表情豊かなんて驚きだ。
一体何が待ち受けているんだ。
5万時間を達成するのは来年の春。丸々一年ある計算だ。
それに天狗様から何かを貰ったはずだ。これからインタビューもあるのにどうしたらいいんだ。
思考が無秩序に暴れておりまとまらない。一旦ステータスを確認しよう。絶対何かしらの変化はある筈だ。
「........ステータス」
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