第36話

「なるほど、まだ諦めていないのか。やはりアタリだったようだ」


 そう呟いて、ガルガは嬉しそうに立ちはだかった。

 これまでの相手は、ガルガの能力を知ると、ほとんどが絶望したように諦める。

 ロゼのように、勝利を模索するタイプは初めてだ。


 戦闘を求めるガルガにとって、これほど良い相手はいないだろう。


「それでどうする? お前の考えている通り、魔王の到着を待つのが一番いいと思うぞ」


「――くっ! 静かにしてください!」


 またもや言い当てられてしまった心の中。

 ロゼは顔を赤くしながら手を伸ばし続ける。

 心を読まれたことよりも、アリアに頼ろうとしていた自分が恥ずかしかった。


 全く当たらない攻撃も相まって、怒りの感情がドンドンと積もってくる。


「――キャッ!?」


 最後の一撃を躱したところで、動きを完全に見切っているガルガは、足をかけるようにしてロゼを転ばせた。

 冷静さを失っている今では、まるで子どものように尻もちをつく。

 普段の高貴な見た目とは、真逆とも言えるほど無様な姿である。


「いい加減にしたらどうだ? 貴様が本気じゃないのは分かってる。弱者をいたぶるのは趣味じゃないんでな」


「……そうですか」


 地面に腰をつけているロゼを見下ろしながら。

 ガルガは呆れを隠すように問いかけた。

 こればかりは心を読まれたというわけではない。

 数多の戦闘経験から、ロゼの不自然な動きを感じ取ったようだ。


「余計なお世話です――ウッ!?」


 ガルガの言葉を無視して、ゆっくり立ち上がろうとするロゼ。

 そのロゼのみぞおちに、ガルガのつま先が深く突き刺さった。


 呼吸が止まり、得体の知れない気持ち悪さがこみ上げてくる。

 今すぐにでも、苦しみでのたうち回りたい。

 反撃をすることはおろか、吐くのを我慢するだけでやっとだ。


「本気を出さないのなら、そのまま死ぬぞ。つまらん理由で失望させてくれるなよ?」


「…………分かりました」


 お腹の辺りを押さえながら、何とかロゼは立ち上がる。

 何もかも見抜かれているこの状態では、力を隠す意味もない。


 近くにディストピアの仲間もいないため、本来の姿になる決断を済ますことができた。



「これは……楽しめそうだ……」


 ガルガは息を飲む。

 あまりの変貌に、動揺してしまったとすら言えた。


 二足歩行は四足歩行へと変わり、口元は限界まで裂けて牙が剥き出しである。

 先ほどまでの高貴な少女は、もうどこにもいない。


 完全な魔物がそこにいた。


「――ガァ!」


 脅威のバネで襲いかかるロゼ。

 これまでなら、心を読むことで攻撃のパターンを知ることができた。

 しかし、今の状態では何も見ることができない。


 野生の本能で行動しているのだろう。

 考える知能すらない魔物を相手にしているかのような感覚だ。


「チッ!」


 ガルガは、瞬時にロゼの首を掴む。

 鋭いツメが腕の肉を抉るが、気にしている場合ではない。

 血を吸われてしまった時点で、ガルガの負けを意味していた。


 接近戦に持ち込まれてしまった以上、多少のダメージは覚悟している。

 この戦い――噛まれること以外はかすり傷だ。


「――ヴァァッ! ギャルルッ!」


 牙の隙間からポタポタと唾液を落としながら、鬼のような形相でガルガを睨む。

 魔王を一瞬でも怯ませてしまうような迫力。

 ガルガの心には、形容できない満足感が湧き上がっていた。


「離れろ!」


 腕に走る痛みに耐え、投擲の要領でロゼを投げ飛ばす。

 少女の体ということ自体は変わっていないため、まるで羽毛のように軽い。


 壁に大きなヒビを作り、ロゼは血を吐いて倒れた。


「オオカミだな、まるで……」


 ガルガは自分の腕に残っている傷を見る。

 興奮状態により気付かなかったが、半分の肉が抉れてしまっていた。

 骨まで見えてしまいそうな傷跡だ。


「グルル……」


 早々と復活するロゼ。

 ガルガは能力で心を読むも、そこからは恨みの感情しか読み取れない。

 この腕のダメージでは、先ほどのように受け止めることはできないだろう。


 ロゼが到着するまでの数秒間で、ガルガは覚悟を決める。


「〈鬼滅両断〉!」


 ガルガの一刀。

 血で染まっているロゼの右腕を、虫でも払うかのように跳ね飛ばした。

 その右腕は、二人分の血を撒き散らしながら宙を舞う。


 これで怯むかと思われたが――そうは問屋が卸さない。


「――!」


 跳ね飛ばされた右腕には目もくれず。

 ガルガの首元を狙って、ロゼは抱き着くように襲いかかる。


 心を読むことができるガルガ。

 想定外の動きをされたのは、これが初めての経験だ。

 抵抗する暇すら与えられず、馬乗りになる形で押し倒された。


「ガルァ!」


 ロゼは、野生らしくシンプルな攻撃を繰り返す。

 しかし、それで首を取れるほど甘いガルガではない。

 ツメでの攻撃を器用に弾き、ダメージを免れている。


 そこで、違和感がガルガの左腕に走った。

 その違和感の正体は――ロゼの牙だ。


「――チッ!」


 咄嗟の判断で、ガルガは左腕を切り落とす。

 あと少し遅れていれば、血を吸われて眷属化していたであろう。

 流石にこの行動は、野生でも予想できていなかったようだ。


 反射的に腕から口を離してしまう。

 そして、その瞬間を見逃すガルガではない。


「〈暗黒撃〉!」


 ガルガの拳が、ロゼの牙へとヒットする。

 ヴァンパイアの牙と言えど、魔王の拳の前では分が悪い。

 命とも言えるその武器は、あまりにも簡単に奪われてしまった。


「終わりのようだな」


 武器を失ってしまったロゼに、もう勝ち目は残っていない。

 噛み付いたとしても、血が吸えなければ眷属化させることも不可能だ。


 お互いに片腕を失うほど激しい闘争。


 血で血を洗う戦いの終わりを告げていた。


「トドメだ」


 ガルガの右腕がロゼの胸を貫く。

 生命力の高いヴァンパイアを殺すには、心臓を破壊するのが一番手っ取り早い。


 この一撃で、ロゼはピクリとも動かなくなる。


「ふぅ……なかなか厄介だった――」



「――おい、楽しそうじゃな」


 勝利の余韻に浸ろうとしたところで。

 背後から、怒りを含んだような声が聞こえてきた。


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チートスキル『死者蘇生』が覚醒して、いにしえの魔王軍を復活させてしまいました~誰も死なせない最強ヒーラー~ はにゅう@『死者蘇生』発売中! @torusura

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