今年初めの月命日:幽霊もおめでとうって言うんだな

 月日は進み、年末年始を迎えた。

 漫画だったかアニメだったかで有名な言葉があったな。

『お前はまだ、自分は死なないとでも思っているんじゃないかね?』だったか?

 至極名言だ。

 だが、今の俺にとっては、もう一つ足りない。

『年末年始の忙しい最中、目出度い最中だから人は死ぬことはない、とでも思ってないか?』とでも言おうか。

 とんちの一休さんで有名な一休宗純の逸話は実に素晴しいと思う。

 正月でみんなが祝う街中を、長い竹竿の先に頭がい骨をひっかけて「ご用心ご用心」と大声で言いながら練り歩いたとか。

 人の死はいつ来るか分からんから、正月だからと言って浮かれてんじゃない、みたいな意味だと思う。

 何が言いたいのかというと……そうだな……。

 何度か、俺の寺での葬儀のペースは三か月に二件くらい、と言ったと思う。

 これは、あくまでも平均するとって話。

 次期によってはそのペースが縮まることがある。

 この年末年始の二週間は、三日に一件のペースで五件。

 神経使うわ体力使うわでしんどい年末年始だった。

 読経だって、ただ声を出せばいいわけじゃない。

 同業者はどう思ってるかは知らないが、目に見えない世界を相手の仕事だ。

 その目に見えない世界の者達だって、こっちに向かって何かを喋ったりするんじゃなかろうか、と思った時に、そんな者達の声が聞こえる人はほとんどいない。

 普通に声を出しても届かないお互いの世界。

 なら普通に声を出して読経しても、意味ないんじゃないの? と思ったわけだ。

 そこで、腹に力を入れ、いわゆるよく通る声を出すようにした。

 すると、葬儀一件終えるたびに疲れる疲れる。

 寺に戻って着替える途中で裸になると、途端に畳の上に大の字になってしまう。

 冬の間はファンヒーターの傍でそんな格好になる。

 ただ声を出すだけ、と舐めるなかれ。

 そのハードな日程が終わって、疲れが抜けきれないところに、美香の月命日がやってくる。


「やつれてない? 大丈夫? ひょっとして、美香ちゃん絡み?」

「故郷を出て何年も経っただろうから忘れたか? やらなきゃならない雪かきという力仕事が毎朝控えててな」


 雪国のハンデだ。

 まぁそれも、生まれた場所で生活する者には、受け入れなきゃならない厳しい自然環境の一つ。


「ところで磯田……あ、和尚さん」

「ん? 何?」

「明けましておめでとうございます」

「あぁ、うん……」


 いや、新年の挨拶は、真っ先に出すべきだと思うんだが。

 それよりも先に俺の体を気遣ってくれたってことは、それだけ気がかりな事項ってことなんだろうから、ありがたいと思うべきなんだろう。

 で、新年のおめでとうをすぐに返せなかったのは、そういうこともあったから。

 それに、新年早々身内を亡くした檀家がいるのに、おめでとうとかおめでたいなどと言える気分ではないのも確か。


「大丈夫? 風邪ひいてない?」


 おかんかよ。


「あぁ、ただ肉体疲労してるだけ。問題ない。疲れてる以外の体調不良はないから」

「それならいいんだけど……」


 そして、そんな気遣いは、到着した後も続いてた。


「今年もよろしくお願いします」

「あ、いえいえ。こちらこそ」


 おめでとう、以外の挨拶なら普通に返せる。

 そして仏壇の前に座る。


(明けましておめでとうございます、昭司君。それと陽子も……って聞こえないか)


 幽霊から明けましておめでとうなどと言われる僧侶もいないと思うんだが。

 非常に珍しい体験だろう。

 いい冥土の土産ができた。


(あれ? なんか疲れてそう)


 うん。

 ある意味憑かれてはいる。


(連発する葬式、毎朝続く雪かき。疲れない方がおかしい)

(お葬式、続いてたんだ。道理で……大丈夫? 顔色悪い気がする)

(大丈夫。美香さんよりは顔色はいいはず)

(えっと、笑っていいところ? 悲しむところ? それとも怒るところかな……)

(放置していいと思う。んじゃ始めるぞ)


 新年だから、だろうか。

 それでも弔問に来てくれる同期がいるってのは、美香の人徳なんだろうな。

 大したもんだ。

 例え三人しかいなくてもな。


 ※※※※※ ※※※※※


「終わりました。長い時間お疲れさまでした」

「いえいえ。新年からありがとうございました。今お茶お持ちしますね」

(ありがとうございました)


 母親の隣に正座して、二人揃って同じタイミングでお辞儀をしている。

 美香が幽霊じゃなかったら、何でもない日常のワンシーン。

 娘が幽霊だからこそほのぼのな光景。

 非常に珍しいケース。

 人の死という不幸がなければ成り立たないほのぼのって、一体何なんだ?


「……はい、お茶どうぞ。皆さんもどうぞ」


 池田以下三人の同期もお茶を飲む。


「……玄関先は広くはないとは言え、雪かきは大変でしょう」

「お寺さんほどじゃないですよ。家の前には水が流れてる側溝があるから、そんなに苦労はしないわね」


 何から何まで一人でやらなきゃならない生活。

 中には男でも大変な作業もあるだろうに。


「それに近所の人達も手伝ってくれることもあるから」

「お互いに助け合い、ですかね」

「そうそう。ご飯の準備もあたし一人分だけでいいんだけど、買い物する時は安くて量が多い食材を優先して買っちゃうから、傷まないうちに使わないといけなくなっちゃって……」


 一人じゃ食べきれない量を作ってしまう、と。


「余りそうなくらい作ると、隣近所にお裾分けするのよ。家族の人数多い家、割とあるから喜んでもらってるのよね。あ、もしよかったら食べて行かない? みんなの分も用意できるから」


 まさに助け合い。

 つか……よくもまぁそんなにせわしなく動けるもんだ。

 肩もみのために背中に張り付いてるような美香が振り回されてるようにも見える。


「新年から親孝行ねぇ」

「まったくだ」


 いつものつもりで池田に反応したが、今回は客が少なかったから……。


「え? 何が? 陽子さん」


 他の同期に聞かれてしまった。


「あ、ううん、何でもない何でもない」


 うかつな事口にしてんじゃねぇよ。

 うっかり反応した俺も俺だけど。


 ※※※※※ ※※※※※


「美香ちゃんのお母さんって、五十代だっけ?」

(と聞いている)

(うん、えーと、五十二才、かな?)

「だってさ」

「そっか。元気よね」

「栄養剤常備してるっつってたもんな。お年玉代わり、なんて言われたけど、今は、そのありがたさが骨身に染みる……」


 席を立つ際に、雪かきで大変だろうから、と一本頂いた。

 これこそ、まさに布施の心、だよなぁ。


(肩もみするたびに、未だに気持ちよさそうに首回すんだよね。あたし、親孝行、してるよね?)

「親孝行以外の言葉に心当たりはないんだが」

「何が?」

「あぁ、美香さんの肩もみ、まだ続いてるんだって」

(年末年始で休みが続くから、ずっと肩もみしてるよ。時々背中や足のマッサージもしてあげてる)

「だそうだ」

「昔から親子の仲良かったもんね」


 親子、か。

 俺の場合は、この資格を得るために、親子というよりも師匠と弟子の関係を強めたからなぁ。

 自ら望んで資格を取ろうとしたわけじゃないから、なんとなくもやもやする。

 でも、角界、相撲取りの世界もそうらしいよな。

 父親と同じ道を進むことを決めた日から親子の縁を切る、みたいな。

 角界と違うのは、師匠の下にいる弟子の数。

 こっちは大概兄弟姉妹以外の弟子ってほとんどいないからなぁ。

 そういう意味での厳しさは、角界の方が段違いで上だと思う。

 それにしてもこの二人、ニコニコしながら向き合っている。

 互いに言葉が聞こえずとも、傍から見ると普通に会話が成立してる。

 微笑ましい親子関係に、微笑ましい友人関係。

 新年早々、穏やかな人間関係を目にすることができて、何となく……新年だなぁ。

 旅行とかスポーツとか、関心ごとが少ない分そういったことに気を向けられて、そこで幸福感を得られるのって……。

 乏しい人生なのか、豊かな人生なのか。

 ま、時間の流れも、年末年始問わず平等な速さで流れていく。

 その身を任せた結末を迎えた時点でないと、その判断は難しいのかもね。

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