その日、友達と言えない同期が死んだ。その日以来、そいつと距離が縮まった。

網野 ホウ

初対面な再会

「あたし……どうしちゃったの? あなた、誰? 何でそんな格好してるの? それに……あたし、何でこんな格好してるの?」


 俺は、高校時代の同級生の彼女と再会した。

 再会した一言目がこの言葉だった。

 そんなことを言われても困る。

 とても困る。

 なぜなら……。


 ※※※※※ ※※※※※


 この現実世界には、数えきれないほどの職種がある。


 この世に生まれて大人になるまでは、誰もが子供時代を過ごし、学生時代を過ごし、そして社会人となる。

 この国の三大義務の一つでもあるがゆえに、その社会人になるに際し、仕事に就かなければならない。

 職業選択の自由は国が保証してくれている。

 だから何になってもいい。

 しかし残念ながら、素質、素養というものが人それぞれに存在していて、その素養、素質によって適不適が判定される。

 とある職に適しているからと言ってその当人がその仕事を好むとは限らないし、素質がなく、成長の芽がなくてもその仕事にしがみつく者もいる。

 その職に就きたい理由、というのも重要な要素だ。

 名声を得たい。富を得たい。

 子供のころからの夢だった、というのも立派な理由だろう。

 生活が安定できるから、というのも、その仕事を選び取る正解の一つのはずだ。


 仕事に対する世間の目というのも大事な問題だと思う。

 この世からこの仕事がなくなったら生活がままならない。

 この仕事は多くの人達に希望をもたらすなどなど。


 そういうことを考えると、俺は果たしてどうだろう?


 寺の僧侶である。


 人気のある職種ってわけでもない。

 子供たちが見る将来の夢には、まず出てこない。

 仏もそうだが神にだって特に信仰が篤いってわけでもない。

 霊が見えるとか何とかという素養もない。

 この仕事をやりたいと思ったことはなかった。


 世間からの目は、「坊主丸儲け」なんて揶揄する言葉もあるくらいだから推して知るべし。

 そんな言葉を浴びせられる仕事に、誰が就きたい?

 確かに敬われることは多いだろう。

 しかし生活がかかる仕事となれば、お金も関わってくる。

 敬われることにお金のことが関わってくれば、その感情も切り替わる人も多かろう。


 そんな人間関係に巻き込まれる立場になったら、日常の一分一秒にすら苦労するのが目に見える。


 そんな苦労が目に見える仕事に誰が就きたがる?

 少なくとも、俺は拒絶したい。


 それでもこの仕事に就いたのは、小さいころから親父から無理やり手伝わされて、衣の身に付け方やお経を覚えてしまったから。

 そして親父から無理やり継げさせられたから。


 極端な言い方をすると、人生絶望しかない。

 せめてもの救いは、法事の依頼をしてくる檀家たちは好意的に接してくること。

 歓迎されたり有り難がられたりすれば、そりゃこちらも悪い気はしない。

 悪い気がしないなら、自分ができる仕事である限り気持ちも投入して取り組む。

 好む好まざるにかかわらず、それが人の生き方というものだと思う。

 と親父から叩きまこれた。

 そんな自分の仕事に対する姿勢は、檀家から受け入れられ好循環が生み出される。

 絶望しかなかったとしても、そこから自分の居場所が作られてるのだから、それはそれで、それもまた有り難いことなのだろう。


 真剣にこの仕事に取り組んでいる者からすれば、自分のような態度は半端者と称するに違いない。

 軽蔑されてもおかしくなかろう。

 それでも、親父からは後継者として認識されてるし、必要とされてることをしている以上何かの役には立ってるはずで、そうであるなら自分が今いる場所に居続けることだけは許してもらえてる、と思いたい。


※※※※※


 師匠でもある親父のあとにくっついて、法要の現場でどのようにふるまうか、どのようにお勤めをするかを目耳で覚えた一年目。

 真剣にこの仕事に取り組んできたわけじゃない。

 それでも次第に一人でもできる仕事が増え、檀家からも一人前と認められるようになってくる。

 そんなこんなでこの仕事を始めてからもう五年以上は経つ。


 同級生、と言っても、あの当時の一クラスの人数は三十六人くらいだったか。

 市外から電車やバスで通学する学生もいたし、クラスの数は八つもあったから、同級生という項目を除けば何の接点もないという生徒もいた。

 彼女……三島美香も俺にとってはそんな一人。

 会話をした記憶もないどころか、名前も顔も覚えちゃいない。

 そんな俺が、なんで名前を知ってるのか。

 この日から三日前にさかのぼる。


「昭司、檀家さんが亡くなった。枕経に行ってこい」


 俺の家は代々寺で、親父は現住職。

 俺は僧侶の資格を得て戻ってきてまだ三年ほど。

 戻ってきてまだ下積みの経験を重ねてるところだ。


「どこの檀家さん?」

「三島さんとこだ。高校の近くにある家のはずだ。毎年のお盆の棚経に行ってるはずだな?」


 親父が言う高校ってのは、俺も親父も卒業した母校。

 毎日約三キロの道のりを自転車通学で登下校してた。


「あぁ、うん。場所は分かるけど……」

「迎えの車が来る。着替えて準備しろ」


 あそこの家は、お盆の時はいつも夫婦揃って俺の後ろに座って手を合わせてた。

 俺の親父と大体近い世代だと思う。

 が、俺が高校卒業して間もなく、旦那さんが亡くなった。

 で、この日その家の人が亡くなったということは……あの家は空き家になるってことだよな?

 と思ってた。

 ところが。


 迎えの車はタクシーで、それに乗り込みその家に着いて驚いた。


「ごめん下さい。菩提寺の者ですが、枕経に参りました」


 枕経とは、亡くなった直後その方の枕元で経を唱える法要のことだ。

 玄関先で家の中に向かってそう呼びかけると、出てきたのはその奥さんだった。


「あ、息子さんが来てくださったんですね。いつもいつもありがとうございます。さ、中へどうぞ」

「あ、あれ?」


 変な声が出た。

 亡くなったと思ってた人が出迎えてくれたのだから、変な声も出るというものだ。


「あ、あたしだと思ってました? そういえば電話に出たの、お父さんでしたもんね」


 誰が亡くなった、って話は聞いてなかった。

 夫婦二人暮らしだから、その家で亡くなる人ってば奥さん以外いないだろ、と思ってた。

 が、違った。

 そもそも二人暮らしじゃなかった。


「亡くなったのは娘、美香です……」

「え?」


 娘さん、いたんですか?!

 と思わず声が出そうになった。


「長男と長女で四人暮らしだったんですよ。お父さんが亡くなって、そのあと長男が家を出て独立して……」


 ならお盆の時は一度くらい一緒に手を合わせたらいいのに、とつい思う。

 なのに若い家族がいないということは、盆休みでどこかに遊びに行ってたってことだ。

 こっちは汗水たらして、朝七時から夜八時までノンストップで檀家の家々を回ってるというのに。

 まぁ市内中を三日間まわるツアーと思えば……慰めにもならんが。

 いや、そんな話をしにきたんじゃない。


「で、今日、お嬢さんがお亡くなりに……」

「はい……そうです。どうぞ、中へ」


 ご遺体は白い布団に寝かせられ、顔には白い布がかかっている。

 そしてその前に用意された机、そして座布団。

 そこに座り、枕経のお勤めを済ませた。


「……この度はいろいろと大変なことで」

「いえ。で、これからの予定の話を進めていきたいと思うんですけど」

「はい。それと、お嬢さんのことをいろいろとお聞かせいただけたら……」


 そこで初めて亡くなられた方の名前を聞いた。

 三島美香。

 聞き覚えがない。

 が、生年月日と学歴を聞いて驚いた。

 俺と同い年。

 彼女は六月生まれ。俺は十二月生まれ。

 そして出身校は俺と同じ。

 俺のは行方不明になってるが、彼女の持っていた卒業アルバムを見せてくれた。

 三年C組の生徒全員の顔写真が載っている。

 さすがに、自分が何組だったかくらいは覚えてる。

 右のページには男子。その中に俺がいた。

 左のページには女子。

 ここよ、と指をさされた顔写真には、その名前があった。

 間違いなく同級生だった。

 その顔と他の女子の顔写真を見て、当時のことをうっすらと思い出した。

 しかし……彼女との思い出は、やはりなかった。


「それで、日程の話ですが……」


 同席していた葬儀社のスタッフが話を進めていく。

 火葬の時間、葬儀の時間、それに沿った出棺の時間も決まり、その日取りの予定が一通り決まる。


「やらなきゃならない作業もあるでしょうが、なるべくお疲れにならないよう……」

「お気遣いありがとうございます」


 挨拶を済ませ、寺に戻る。

 親父に聞いた話を伝え、自分も知らなかった事実も伝えた。


「元同級生?」

「うん。で、葬儀の僧侶は一人でお願いしますって言われたんだけど……」

「……同級生ならできるかと思ったんだがな。経験も積まにゃならんから良い機会と思ったが……。分かった。葬儀は父さんがやる。お前は出棺から火葬場までの法要をやれ」


 彼女が同級生という記憶はない。

 が、それは親父に伏せておいた。

 おかげで、同級生の葬儀を勤めるのはつらいもの、と思ってくれたようだった。

 助かった。

 別の意味で、葬儀を勤めるのが嫌だった。

 彼女について思い出した事が一つある。

 それは、男女問わず常に何人かの同級生が彼女の周りにいたこと。

 そのメンバーはあまり固定されてなかった。

 つまり、人当たりのいい性格で人気者だったってこと。

 けど、俺とは別世界の人間に見えた。

 当時の俺は、いわゆる陰キャだった。

 キャラ……性格的なことばかりじゃなく、成績もひどかった。

 テストでは毎回赤点で、追試を受けないテストはなかった。

 テストの点数も、最下位になるかならないかってくらい。

 しかも三年間続いたから、その悪目立ちっぷりは、大勢の同期からまだ覚えられてるかもしれない。

 それに、お経をあげてそれで終わり、とするわけにはいかない。

 戒名の説明とか、遺族への労わりとか、そんな中身の法話もする必要がある。

 その話の中身を葬儀の日の前日までの間に考えなきゃならないし、その内容を決めて話をしても、見下されたりして聞いてくれないことだってありうるかもしれない。

 そんな自分よりも、評判のいい住職が導師を勤める方が、どれだけ有り難いと思われるか。

 そういうことで、親父が葬儀の導師を勤めることになり、気が軽くなった。


 ※※※※※ ※※※※※


 俺の地域での葬儀の流れは、誰かが亡くなったらまず枕経を執り行う。

 順番は、納棺、出棺、火葬、葬儀、葬儀の後の法要という順番だ。

 出棺から後の法要は一日で済ませる。

 納棺は出棺の日の前日に執り行われるのが基本。

 だが葬儀社のスタッフが来て、遺族だけでなされることが多い。

 この三島家の葬儀もそうだった。

 だから葬儀の日の朝、出棺から火葬の荼毘式までのお勤めをするために三島家に向かった。

 案の定、何人か見知った顔があった。

 彼女と親しい間柄で、俺の記憶の片隅にもある同級、同期の面々だ。


「お、磯田じゃねえか。何、お前んち寺だったんだっけ?」

「つか、お前んちの檀家だったのかよ」


 ちょっとした同期会といった雰囲気。

 もっともここにいる同期のほぼ全員が、中学校卒業までは面識のない連中だったから、今も当時もそんなに親しくはない。

 他に話す相手がいないから、あるいは思いもしない奴が顔を出したから声をかけてみた、ってとこだろう。


「ではお母さん、お兄さん。これから出棺のお勤めを始めます」


 遺族にそう挨拶をして読経を始めた。

 子供の頃から読ませられた経文。

 戻って来てから三年間、数えきれないほど経験を積んだ臨終の儀式の場面。

 正直な話、心の中でどんな妄想をしていても、次から次へと淀みなく経文が口から出てくる。

 同級生とはいいながら、まるで、会ったことも見たこともない相手の、同年の人間の葬儀。

 遺影は、思わず見とれそうになる綺麗な顔立ち。

 元気なうちに対面していたら、多分浮かれた気分でその日一日を過ごせるんじゃないか? と思うほど。

 そんな妄想をしながら読経は続く。

 ところがである。

 まるで初対面と思われるような再会を果たしてしまった。

 棺の前の机の上に置かれた小さな遺影を見、棺の手前に立てかけられた大きな遺影に視線を移す。

 再び正面を見ながら読経をしていると、誰かが前にいる気配を感じた。

 気になって棺の上を見ると、そこに正座している彼女がいた。


(え? 誰? 白装束……あ、遺影と同じ顔……ってまさか!)


 気が動転しそうになる。

 が、そこで読経を止めたら、それこそ何を言われるか分からない。

 気のせい、何かの見間違い、と思いながら、何とか読経を続ける。


(えっと……あなた、三島……美香……さん?)


 心の中で聞いてみる。

 返事は期待通りのものだった。


(え? う、うん、そうだけど……。あたし……どうしちゃったの? あなた、誰? 何でそんな格好してるの? それに……あたし、何でこんな格好してるの?)

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