第8話 新たなる火種

 怨寺博士達2人が、縄でグルグル巻にされて捕らえられる。

 それを確認した後、権が深明に攻撃を仕掛けるが、敢え無く躱される。


「どうして里を危険に晒した! 誰かが死ぬかもしれなかった!!」


 正一もそれを止めようとしない。

 むしろ、権に同調して深明を非難する。


「事実、森は燃やされて、里は建造物が壊された、僕も権ちゃんと同じ気持ちです。納得の行く説明をください。」 


 深明は、嘆息して権の拳をあえて喰らう。

 拳が深明に当たった瞬間、権の中に湧き上がった怒りは一瞬で霧散した。

 驚きと困惑が代わりに押し寄せ、彼の表情は一気に緩む。


「奴らが実際に行動を起こしたという事実が、彼らの討伐に必要だった。大義名分無く、こちらから仕掛ける訳にはいかない。」


 その言葉には、大人としての責任の重さが載っていた。


「さあ、2人共消火活動をするぞ、まだ火の手は残っている」


「いやいや、暴論すぎない?その2人、納得してない顔に見えるけど?」


 まるで空気の中から声が生まれたかのようだった。

 その声は、冷たくも柔らかく、二人の背筋を一瞬で凍りつかせた。

 振り返ると、そこには黒い外套を纏い、微笑む男が立っていた。


 そして、声の主の指摘した言葉も真実であった。

 権も正一も、心の底から納得できた訳では無い。


「はじめまして、私はヘルメス。秘密結社オリュンポスの幹部が一人だ。とは言っても、体の良い伝令役なんだけどね」


 ヘルメスと名乗った男は、敵意は無いとばかりに両手を開き、ヒラヒラと手を振っている。


「……オリュンポスのヘルメスさんとやら、アンタは何が目的でここに来た?消火活動の邪魔なんだよ」


 最初に返答するのは、権。

 その声には、不機嫌そうな声音が詰まっていた。


「間が悪かったかな。でも簡単さ。君たち、オリュンポスに入らないか?」


「勧誘かよ、何の活動をしているかも分からない内から、ハイと言えるか。お前らの目的を吐け」


 ヘルメスは少し思案してから、答える。


「ねぇ、疲れない?こんな風に、逆上して差別してくる相手に合わせるのって」


 グルグル巻きにされた怨寺博士を見て、ヘルメスは言った


「お前、何が言いたい?」

 

 額に青筋が立ち、今にも飛び掛かりそうな勢いの権。

 だが、それにも動じずヘルメスは言葉を繋ぐ。


「我々の目的を明快に伝えるのに、必要な質問だよ。我々オリュンポスの目的は、我々を恐れ排斥するホモ・サピエンスを、逆に支配する事なのだから」


「興味ないね。第一、何故そんな話になるんだ!」 


 権の声が震えた。

 心のどこかで、ヘルメスの言葉が引っかかっている自分に気づいていた。


 権に明確に断られたにも関わらず、ヘルメスはその口を止めることは無かった


「古来、ホモ・サピエンスが神と崇めてきたのはなんだったか?その答えは雷人だ。人々はかつて、我々雷人らいじんの支配下にあった! 正しき人の世の在り方を取り戻す為に、我々は集ったんだよ」


「ただの雷人らいじんの集まりの癖に神様気取りかよ。だから、ヘルメスなんて名乗ってやがんのか。そんなんじゃ、お前らもコイツらと変わらねぇじゃねえか!」


 ついに権が、放電攻撃を放つ。

 だが、ヘルメスはその瞬間にはもうその場にはいなかった。


「だから、私は交渉担当であって、戦闘担当じゃないんだって。気が変わったらいつでも、ギリシャのオリュンポス山に来ると良い。そこに来れば、君の本当の両親の事も教えてあげよう」


 音を反響させて、自分の居場所を特定されにくくする声の出し方だった。

 ヘルメスと名乗った男は、雷人の中でも取り立てて俊足に優れた人物でもあるらしい。


 権の攻撃の予兆を見て、すぐに撤退に移ったらしかった。


 正一は、深明に掴みかかる


「なんでアイツを逃がしたんですか! 貴方なら見えていたはず!! それと、アイツの言ってた権ちゃんの本当の両親ってなんですか?」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に、深明は一言答える。


「人命救助が最優先だ。それに、今あの男を倒しても、やつら全体を止めることはできない。後で全て話そう」


 森のあちこちで赤い炎が木々を飲み込み、空は黒い煙で覆われていた。

 権と正一は熱気と焦げた臭いに息苦しさを覚えながらも、感情を押し殺すしかなかった。

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