紛れもない現実であった。

 ……これまでの旅、ゆく先々で様々な物を見て来た鴨兵衛であった。


 奇妙奇天烈摩訶不思議、恐ろしいものもあればこの世ならざるものも、未だにあれは夢だったのではないかと思えることも一つや二つではなかった。


 そんな鴨兵衛であっても、今の今まで……いや今目の前にその姿を目にしていながらも、河童が実存しているとは信じがたく、現実味が薄かった。


 そもそも河童などというものは、暗くて深い水の中を泳ぐ魚か亀を見間違えたもの、あるいは子供が流れが速かったり深かったりする場所などへ近寄らせないように作られた大人の嘘なのだと思っていた。


 だがこうして目の前で、現れて、叱って、歩いて、案内している。


 こうなっては否定のしようがない。


 河童とは、紛れもない現実であった。


「まーーしゃあーない。腹減ってるんやろ? ここは一つ、この蝉丸様がお昼ご飯、いやいまからやと晩御飯やな、御馳走したるで」


 そんな河童の蝉丸はにこやかで親切であった。


 嘴歪めての笑顔、家が近くにあるからと案内買って出るその背中は甲羅、客観的に見れば妖怪が言葉巧みにこの世ならざるどこかへ旅人を引きずりこもうとしている絵面なのだが、現実味の薄さからか、危機感は薄かった。


 何よりもおネギがなついていた。


 他の幼子よりも、あるは大人含めて大半の人よりも、危機感に鋭敏なあのおネギが、警戒どころか夢中になっている存在、ならそこまで身構えなくてもよさそうだ、そう鴨兵衛は判断していた。


「ほれ、ここが鼻の穴や」


 一方の蝉丸の方も子供が好きなのか、熱い視線を送ってくるおネギに対してあれやこれやと河童の知識を授けていた。


 その度に見せる首を左右にかしげる動作も、生物的な何某などではなくて、ただ見るための癖、短くとも前に出ている嘴が邪魔で足元が見えないからで、傾げて退かして確認しているだけだとわかった。


 実物の河童とは、実に現実的なものであった。


 そんな蝉丸に案内される道は山の中ながら手入れがよくなされていた。


 河より上がるための崖に沿って長く斜めに上る道、登り切った先には林を切り開いて作られた道には、川底から掬い上げられたらしい石が敷き詰めて均してあった。


「ここら辺、ぜーんぶワシの土地や」


 先行く蝉丸、振り返りながら自慢げに語る。


「正確にはあの川もなんやけどな、まぁこんな場所やさけ、策も立て札もなーんも立ててへんねんけどな」


 そんな説明、聞きながら道を進んでいると鴨兵衛、不意に林の中、木と木との間に見慣れない、河童ほどではないが、奇妙なものを見つけた。


 材質は木、薪ほどの木の塊を二本、先を合わせて取り付けて、人の足のように立たせたもの、それがズラリ、何十もの列にして並べて置かれてあった。


 それも一列ではなく、あちこちに、林の中に一定間隔で、左右の林の中に点在していた。


「気が付いたようやな」


 その様子にさらに気が付いたらしい蝉丸、フッフッフと笑って見せる。


「アレがワシの仕事場や」


「仕事?」


「ほれ、そこなんか見やすいやろ」


 そう言って指さした先、同じように立てかけられた木と木、その湿った樹皮より飛び出るのは、見覚えのあるキノコであった。


「これは、シイタケか?」


 鴨兵衛の問いに、蝉丸は大きく頷いた。


 ……秋の味覚にキノコは外せぬ食材であった。


 最も、広く食べられるようになったのは戦乱の世から、戦の食糧不足から未知のキノコに手を出すようになり、多くの犠牲を重ねながら積み重ねられた知能知識により食べられるキノコと食べられないキノコ、そして食べてはいけない毒キノコの判別がつくようになってからであった。


 マイタケ、シメジダケ、ナメコダケ、エノキダケ、マツタケなど、この季節になると山々より刈り取られたキノコが市場に並んでいた。


 その中で広く人気があるのがシイタケであった。


 生食はできないが煮てよし、焼いてよし、その独特の香りと歯ざわりに好き嫌いが分かれるものの、その旨味は他に類を見ないものであった。


 更にこれを天日干しした干しシイタケ、そこからに出しただし汁は多くの食材によく合い、古くから年貢代わりの献上品に、あるいは神への捧げものにと珍重されてきた。


 それ故に、シイタケは高価であった。


 細かいところまでは知らぬ鴨兵衛であっても、これが一箱あれば大人十人が一年米を食える量と同等だとは、なんとなく計算できていた。


 それが、生えている。


 それも、たくさん、一杯だった。


 ざっと見回した限り、この木の列ひと塊全部がこの調子で生えてるとして、そのひと固まりでざっくりと一箱、それが一杯となれば、積み上げられた黄金に囲まれてるも同じであった。


「これは……


 思わず鴨兵衛、口に出た失礼な物言いに、しかし蝉丸イヤイヤイヤと首を振って見せる。


「引いたんやない。狙って


 蝉丸の言葉遊びに、今度は鴨兵衛が首を傾げた。


 ……シイタケは、その栽培は、博打であった。


 必要なのはこのような木陰のある林、人の出入りが少なく、田畑から離れている方が良いとされた。


 そして木々の表面を傷つけ、樹液を出し、シイタケが生えてくるのを待つ。


 そう、待つのだ。


 ただひたすらに、待つ。


 米作りのように苗を植えたり、あるいは田畑を耕したりといった作業を行わず、いや行えず、何も出来ぬままただただ自然と、シイタケが勝手に生えて育つのを待ちに待つのであった。


 そして万事無事に収穫できれば大幅収益なのだが、そんなにうまくいくのならそもそも高価にはならないのであった。


 良くて別のキノコが生える。最悪ただカビが生えて林自体が枯れることもしばしば、当然シイタケが収穫できなければ収入も入らず、ただ林を用意して無駄な暦を過ごしただけでとなった。


 ……それが、元より持ってた林ならばまだ救いもあるがしかし、まだ入る前の収入を目論んで借金などした場合など悲惨でしかなかった。


 更に悲惨な悲劇、村上げての村おこし、何もかもをぶん投げてシイタケに賭けて、何の収穫も得られなかったときなど、語るも悲惨な末路となった。


 そんな認識、一般人に近い考えの鴨兵衛に蝉丸は自慢げににやける。


「例えばの話や。ここが畑で、何かそうやな、ゴンボでも育てるとしたらどや? 何するん?」


「ゴン、作物なれば、それは、畑を耕して、種をまく」


「それや。それ、種、ワシはそれをシイタケでやってるんや」


「種、あるのか?」


「知らん」


「む?」


「いやでも普通に考えたらあるやろ。どっちかっちゅうと草っぽいんやし。そう思うてな。でも見つからんから物は試しにシイタケが生えてた木をガメてきてな、削って他の木にねじ込んでみたんや。ほら、なんしか種はなくても根なら残ってそうやろ? そしたどや、この通り、こんだけの量をまいど毎年、それも秋と春の二度も収穫できるんやでー」


 もう自慢したくて自慢したくてうずうずしてる蝉丸を前にして、鴨兵衛はまたも信じられぬ気持であった。


 もしそれが、言っている通りならば、その気になればいくらでも金持ちになれる。


 それだけの重大な秘密、河童抜きにしても簡単に暴露していいものではなかった。


 それを、口にした。


 その意味に思わず身構える鴨兵衛に、蝉丸は豪快に嘴を横に振った。


「けどな、やーーっぱりそんな美味い話はないんやなぁ。確かに、シイタケは生える。けどもな、それだけでな、ほっとくと虫は湧くわカビは生えるわであんじょう育たなへんのや。朝早くから世話しないとあかん。こう、生えてる木をひっくり返したり動かしたりな。これがコツのいる作業でな。しかもそれがこの時期は毎日や。一日でもさぼるともうそれだけで全部おしゃかになるんやで」


 胸を張って語る蝉丸、些細な秘密を知られたところで簡単にはマネできないということなのだろうと鴨兵衛、構えを解いた。


「ほんでも頑張ってたらぎょうさんもうかってな。そんで建てた家があれやねん」


 蝉丸、指さした道の先、案内の目的地である家は、場違いなほど立派な門がそびえているのであった。

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