9話 生まれ育った場所


「アムネシアちゃん、どうだい?」


「まだダメみたい。まだそのアイビーさんって決まったわけじゃないけど親がいなかったってのが大きいみたい……」


「そうじゃな。ワシらに話をした時も『親に会いたい』って言っておったからな」


「そうね。とりあえず一週間はそっとしておくわ」


「そうしてくれ」



 サクラバさんとフリューゲンさんの話し声が聞こえる。


 たしかに、親がいなかったってのはショックなこと。


 あの時はそんなに気にしてなかったことがある。


 “恋人”がいたこと。


「前の私は、何をしているのよ」


 まだ17歳なのに。恋人なんて早いよ。


 もし、もし記憶が戻ったらあの人と一緒になるかもしれない。


「嫌だ。嫌よ……」


 この町にいたい。


 離れたくないよ……。




「アムネシア?」


「は、い」


「入っていいかな?」


「どうぞ」


 一週間ぶりにサクラバさんの顔を見た。


 少し、顔色が悪い気がした。


「アムネシア、大丈夫かな?」


「あまり」


「そうよね。あの人、クローバーさんのことで悩んでるのよね」


「はい」


「記憶が戻っても、絶対にクローバーさんといないといけないわけじゃないのよ?」


「分かってます。でも、でも私が知らないって言っただけであんなに悲しそうな顔をする人が……」


 簡単に私のことを離してくれるはずがない。


 たしか、軍で働いているって言ってたよね? きっと、きっと力で押さえ込まれる。


「そのクローバーさんから連絡があったの。アイビーさんが生まれ育った場所、クレバー市に来てみないかってお誘いが」


「生まれ育った場所……」


「いいきっかけになるんじゃないかな! どうかな?」


「……」


「記憶が戻どっても戻らなくても私はアムネシアが大事な“家族”だからね。アムネシアの意見を一番に尊重するよ」


「サクラバさん……」


「もし、クローバーさんがアムネシアが嫌がることしたら私がやっつけてあげるからね!!」


「へへ。ありがとうございます」


 嬉しい。


 私に記憶があっても、なくてもサクラバさんは全てを受けて入れてくれていたはずだ。


 前の私に何があったかは分からない。でも、知ってもいいんじゃないかなって思ったりもする。


 彼、クローバーさんと過ごした日々も。


 もし、本当に私だったら思い出せるはずだよ。


 きっと、きっと……。





―――数週間後。


「迎えに来ました」


「遠い所までわざわざありがとうございます!」


「いえ。アムネシアさんは……」


「大丈夫ですよ。すぐに出てきます」


「来ました」


「おはよう」


「おはようございます」


「それじゃあ、いってらっしゃい! アムネシア」


「はい。いってきます」


 私は荷物を持ち、笑顔で手を振った。


「あの、本当に大丈夫なのですか?」


「はい。もし私がアイビーだったらきっと貴方のこと誰よりも知っているはずです」


 本当に大丈夫かは今は判断できない。


 でも、きっと良い人だろう。悪い人はあんな表情しないはずだから。



 車に乗り、駅に向かった。


「これが汽車ですか……」


「そうです。アイビーと良くこれに乗って色々な場所に出かけました」


「そうなのですか」


「乗りましょう。これに乗れば半日ほどで着きますよ」


「はい」


 アイビーが住んでいた場所、クレバー市はとても遠い場所にあった。


「窓を開けましょうか。風が気持ち良いですよ」


「ありがとうございます」


 窓を開けると風が入ってきた。


「綺麗な景色ですね」


「はい」


 風が心地良い。私の薄紫色の長い髪が風に吹かれ、動く。


「綺麗な髪ですね」


「あ、ありがとうございます」


「貴方は本当にアイビーにそっくりです」


「あの、少し聞きたいことがあります」


「何ですか?」


「アイビー。もし、私がアイビーだったら何故、行方をくらますようなことをしたのでしょうか」


「……俺も分からないのです。毎週手紙を送りあっていますがその時も特に何もないと。いつもを変わりはないと書いてありました」


「そうですか」


「俺は仕事を優先してアイビーと二年ほど会っていなかった。俺のせいかもしれないのにこうして、アイビーによく似ている君といるだけで心が温かくなる」


 今にも泣きそうな顔をしているクローバーさん。


 私は今、クローバーさんに何をしてあげられるだろう。


 同情? 慰めの言葉?


 違う。今の私に出来ることは……。


「きっと、貴方のせいじゃありませんよ」


 クローバーさんの自分の責任にしようとする考えを少しでも消してあげること。


 今の私が出来ることはこれしかないと思う。


「え」


「当時のアイビーの気持ちは本人しか分かりません」


 でも、一つだけ分かる。


「きっと、貴方のせいじゃないことは私には分かります」


「っ」


 クローバーさんは涙を流してしまった。


 間違ったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る