3、ジルコンと父の背中①

思い返す限り、父は大きな背中をしていた。


重臣たちの言葉に耳を傾ける父が口を開くと、それが決定事項となる。

黒い具足を付けた兵たちのその先陣を切り、父は戦の指揮を執る。

小さな国の王だから、すべてが父の手の中にあり、その思惑の内に巡る。

小国ながら父、フォルス王は強かった。


帰国の時は、朝早くから王城にいる者すべてが沸きたつ。

王城の隅から隅まで磨き上げられ、せわしなく王城内を使用人たちが忙しく駆け回る。

祝いの食事の仕込みがいつもより助っ人を加えてなされる。

誰もが真剣で、必死で、そして笑顔だった。

彼らの王が帰国するのだ。

そして王は僕の父である。

これほど誇らしいことない。


母はいつもより美しく装い、父の姿が現れるのを待つ。

右手は僕の手を握り、左手は小さな妹の手を握る。

やがて現れた父の姿をじっと見つめる。


馬上の父が誇りに輝く背を伸ばした兵たちを率いて、城門をくぐる。

父が見ているのは、僕でもなく、妹でもなく、ただ母一人。

次第にしびれるほど強く握られていた僕の手は、突如解放される。

飛び降りた父に母が抱きつくと、母の体は重さがなくなったようにくるりと回る。

ふんわりと広がるドレスの母を力強く抱きしめ顔をうずめる大きな背中。


僕はその背中が振り返るのを待ち続ける。

「母を守っていたか?」

父の開口一番の言葉はいつも同じなのだけれど。


父の思い出は、いつまでも振り返ることのない、いろんなものを背負った大きな背中と結びついている。

その背中は見る度に重みを増していく。

エール国は森と平野の他の国々を否応がなく巻き込んでいく。

その中心には黒髪短髪の彫刻のような精悍な顔の父がいる。

その人気はうなぎのぼりで、もはやエールのフォルス王を知らぬものはいない。

僕も大人たちの間でもてはやされる。

僕を厳しくしかるものはいない。

誰もが父の姿に似た容貌を持った僕に父を見ていた。


父は遠征と視察を繰り返す。

僕が父と連れだって旅行をしたのは、まだ、戦が本格的に始まっていなかった小さなころである。


僕はエールの王城に取り残され、父の背中をみつめ続ける。



12になったころ、その背中が振り返った。

その前の年に白刃を受けた頬には縦に傷跡が残る。

精悍な顔に、武王らしく威容な迫力を加えていた。

「おまえも来るか?」

それは、最近同盟を結んだある国への視察だった。


父と旅行をするのは久々で、嬉しくないといえばウソになる。

父の言葉は提案ではなく絶対だった。

そもそも僕に異論があるはずはない。

父と馬を並べるのは誇らしく、父王と同様に扱われて、子供ながらに有頂天になっていた。

普段、自分をないもののように扱う父が、12になった自分を大人として認めてくれているような気がした。


「お前は、俺の後を継ぐ気があるか?」馬を並べ父は聞く。

「もちろん。父上のようになるために研鑽しています」

「それは頼もしいな!」

王は豪快に笑ったのだった。


他国の若い使者が出迎えに来る。

藍で染めた青い衣装が印象的である。


立ち寄る瀟洒な離宮での饗宴が催された。

母以外の女に酒をつがせる父を初めて見た。

城で見る父とエール国の外で見る父は別人のようだった。

僕は父の横で、料理をつまむ。

父が見る景色をみて、おいしい料理に、どこでも歓待されて、僕は特別なものになったような気がした。

そしてそのような扱いは当然のように思えた。

なぜならば、僕は泣く子も黙るフォルス王の息子だからだ。


だが、その宴はエール国の力で席巻していくことに反発する者たちの仕掛けた罠だった。

何かを合図に、エールの者たちに酒が回ったころを見計らい、武器をもった男たちが父を取り囲む。

悲鳴と怒号。

父の手に愛用の剣が握られた。


父の傍にいた僕は、状況を理解できなかった。

恐怖で細かに震える以外にできることはなかった。


先ほどまで笑顔を張り付けていた、つるりとした頬の使者の手で、口をふさがれ王から引き離された。

ひんやりとしたものが首に押し付けられる感覚。

抜き身の短剣が首に押し付けられていた。






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