1、パジャンのラシャール②

そして部屋の奥の隅には簡易なベッドが作られ、女官も寝ている。

ラシャールには預かり知らぬことであったが、ロゼリアは昼間に逃げようとした罰として終日フラウに見張られることになっていたのだった。


ラシャールは足音を消して紗の膜を押し広げ、ゆるりと中に入った。


そこには横向きになり枕を腕に抱く昼間の娘が眠っていた。

長い髪を緩く三つ編みにしている。

眠りながらもしっかりと枕をだくのは、母の胎内で双子の片割れと抱き合っていた名残なのだろうかとラシャールは思う。

眠る娘を目の前にして、ラシャールは胸が高鳴るのを感じた。


ラシャールが国を出る前にどうしても確認したかったこととは、己の娘への感情。

通訳をする娘は、強い目をして揺るがなかった。

己の美しさを鼻にもかけず、物おじも媚もなかった。

自分に擦り寄る女たちに辟易していたラシャールは、娘を好ましく思ったのだ。

それが果たしてそれが好きという感情なのかどうか、もう一度会ってラシャールは確認したいと思ったのだ。

昼間に会えないために、寝室まで忍び込むことになってしまった。


ベッドを僅かに軋ませ腰を落とす。

寝入りばなの娘たちは目を覚ます気配はない。

娘の肩を押すと、抱えた枕ごと娘はあおむけになった。

好きならば、誰かが奪う前に奪う。

自制心が強く温厚で優しい男という評判のラシャールであるが、同時に草原の覇王となった猛る父の血が色濃く流れている。


眠る娘のその唇を奪い、身体を開き、己を忘れがたく刻み込ませる。

愛を教え、蕩けさせ、自分以外に目を向けたくなくなるほど愛に溺れさせたい衝動が沸き上がる。


だが、部屋には目付のような女官がいる。

娘を今この場で奪うことはできない。

部屋からさらったとしても、逃亡用の愛馬の準備もしていない。

一国の姫をさらったとなれば、その後にパジャン国とアデール国は厄介なことになるだろう。

そこまでするつもりはない。

ラシャールは自分の気持ちを確かめたかっただけなのだ。


彼女ならば、奪われさらわれても、持ち前の強さと凛とした美しさで、パジャンの者たちを自分の妻として従わせるだけの力量があるように思われた。

自分の妻はこの娘だという確信。

ここが王宮でなく、深窓の姫でもなく、ただのアデールの娘、女官の娘であればラシャールは迷うことなく彼女を夜の闇に紛れてさらっていたと思う。

だが、欲望に任せるには、その影響が大きすぎた。


だから、ラシャールは少しひらいたその唇に軽く唇を触れ合わせるようなキスをする。

お互いの息で唇を愛撫するような、羽のようなキス。

もうしばし、名残惜しく娘を見つめると、ラシャールは部屋から入ってきたときたときと同様に滑り出て、再び闇に消えたのだった。


「、、、奪うにしては、戻ってくるのが早すぎませんか」


デジャンはにやにやという。

デジャンは父王の信頼も厚いパジャン国の、男の中の男。

彼の妻も伝統的な妻、つまり略奪妻である。

最近ではこの風習は形式化していて、まったく完全な形で行われることは稀になってはきているが、デジャンの場合は別である。

そして、その妻は子を3人産んでもなお美しい。


「でも、さすがに城の警備が厳しくて、娘を抱えて逃走するには異国の地で分が悪いですからね」

と知ったような口をきく。

「あの娘が姫なのか確認したかっただけだ」

「それでどうだったのです?」

「ロゼリア姫だ」

「確認だけで終わったのですか。多くの方の求婚もされているようですし、もう会えないかもしれませんよ?チャンスはその時に掴んでおかないと二度とないかもしれません」

草原の男は呆れ、年長者の苦言を呈する。



ラシャールにもそれは良く分かっている。

彼女を腕にだき、馬にのり、同じ夜空の星を眺めたいと思う。

あのまっすぐに物を見る目で、彼女は広がる大地を見るだろう。

陸続きなのに、太古の森を残すこの地とは全く異なる草原の理を知るだろう。

愛を語るように、二人の、そして彼らの国の将来も語り合えるような気がした。

そして、力でものを言わせる父世代と異なる自分たちの世界を共に作り上げていくのは楽しそうだと思う。


アデールを出れば、同じことを思っているエールの王子の元に行く。

エールの王子も、強すぎる彼の父王の影響力にあがきもだえている、自分と同じ一人だった。

親世代の進む道は全面戦争へ向かうように思われた。

既に国々は、草原の国と、森と平野の国に、二分している。

それぞれまとめ上げたのが、パジャン国でありエール国なのだ。

二強がぶつかりあえば、どちらかが支配するしかない。

なら、支配された側はどうなるのだ。

今ならどちらもが支配する側、される側となり得た。

被支配者民族が暗澹たる扱いを受け続けるのは彼らの歴史が証明している。


だが、違う共存共栄の道があるのではないかとラシャールも思うのだ。

だから、危険を冒して敵国へ赴く。

アデール国の春の寿ぎはそのついででもあった。

もちろん政治的な理由や経済的な理由もあるのだけれど。


ラシャールは満天の星が散らばる夜空を見上げた。

草原で見るよりも少ない。地平線の先まで見渡せるわけではなかった。

満ちた月はやがて欠け始める。

そしてまた膨らんでは欠けることを繰り返す。

草原で見上げる月と同じだった。

娘とはなにか結びつきを感じる。

たとえ娘と別れたとしても、再び出会えるような予感がするのだ。


「あの娘と縁があれば必ずまた会えるだろう」

ラシャールは夜着に透けた体を思い浮かべ、くすりと笑みを浮かべた。

「ほんの少し彼女に猶予を与える。それまでにもう少し女らしく育つだろう、、、」


早朝、二人はアデール国を出立する。

エールの王子が主催する勉強会に参加する前に、森と平野の国々を見て回るのだ。




1、パジャンのラシャール 完




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