23、王子たちの距離 ①

憩いの森の温泉宿は王子の訪問に沸き立っていた。


花の季節にあわせて休暇を楽しむ老夫婦や恋人たち、間追撃訓練中の合間に、息抜きに温泉に訪れたエールの小隊がその日温泉宿に滞在していた。


厳めしい黒騎士たちが王子の存在が温泉宿をぐるりと確認し始めたことで、彼らの王子がこの宿に立ち寄ることを物語る。

王子一行が宿泊するのは、温泉宿でもさらに奥まった座敷の離れだった。

そこはしばしば高貴な者たちのお忍び旅行にも使われるところである。

今朝まで愛想を振りまいていた旅館の女将とその娘中居でも若い者たちは、慌てふためいて、化粧と身だしなみを整えている。

一流客をとめることに対して自負を持っているスタッフなので、露骨な態度を取ることはないが、彼女たちの目当ては、美貌の際立った端正なジルコン王子と彼の独身の黒騎士たちなのだ。


ジルコン一行は、その、宿の奥の座敷で昼食である。

そこは庭に面して大きく窓が開かれていて、丁寧に作り込まれた岩と真っ白い玉石と、それらにかかるように枝ぶりを広げ、その枝を重く枝垂れさせるほど桃色の花をもこもことつけたアンズの配置が美しい。

そしてその奥の新緑豊かな憩いの森を借景にして、馥郁たる香りとともに、見る者を日常から桃源郷へと誘い込んでいた。


ジルコンのとっておきを教えてもらったことがうれしくて、一人子供のようにはしゃいで沢で水遊びをしてしまったロゼリアには、いつも小言をいうフラウはいない。

そして案内されたこの美しいしつらえの空間に、くらくらきそうであった。

自然を愛でる文化の違いがあった。

アデールの自然は生きて生活するためのもの。

エールの自然は愛でるためのもの、というような違いである。

そう言うと、ジルコンは庭を見ながら考えた。


「なるほど、そうかもしれないな。エールの森は王城と接している一部を除いて、一度はすべて開拓したために失われたのだ。だが、人は自然と離れればすさんでしまう。おかしくなってしまう。

それで、この西の森は何年も前に憩いの場として作りなおされた。だから愛でるための自然というのはいい得ていると思う」


ジルコンはそんなロゼリアに、12種類の食材を詰め込んだ、彩ゆたかな箱詰め弁当に加えて、あれやこれやと中居に注文し、あれも食え、これも食えと進めている。

ふたりの間は、急激に近づいていた。


「これは何?」


ロゼリアは、きれいに区切られた弁当箱のなかからバラの花のようなものをつまみ上げた。

花びらが赤く縁取りをされていて、ほんものではない固さがある。


「それは小さな赤かぶを包丁で切り込みを入れたもの。それを冷水にさらすとこのように花が咲いたようになる。

そして、甘酢でしめてさっぱりとした感じに仕上げているはず」


ジルコンは鑑賞もそこそこに惜しげもなくコリコリと食べている。

ロゼリアは十分に見目の豪華さを堪能した後、口に入れる。

その甘くて酸っぱい、そしてどこかピリ辛な感じに感動する。

後ろで控える若女将にこの花の形にカットする方法を知りたいというと、「あなたは料理人になりたいのか」とジルコンに笑われてしまう。


次にロゼリアが選んだのは、小さな串に何やら肉のようなものが5つほど刺されている。

「手で串をもって食べろよ。それはうずらの肉をミンチにして丸めたものを、甘タレでからめたもの。

この甘タレに工夫があって、、、」


説明が終わるまえに、ロゼリアはぱくりと二つばかり口にした。

それはひとつづつだろうと、ジルコンはすかさず突っ込んだ。

そういうものなの?とロゼリアは次はちいさな口先をつくり一つ咥えて串から抜き食べた。

その滑稽な様子をみて、ジルコンはぶぱっと笑う。

ジルコンが教えるこの食べ方が、正式なものか疑問である。

だが、その味は絶品であった。


「とてもおいしい。このタレ、不思議にトロリとしている」

「若女将、このとろみ付けは葛の根だったかな?それともカタクリの根か?」

「それは今日はカタクリを使わせていただきました。葛も、デザートに葛きりにしてつるりとお召し上がれるものをお持ちいたしますが、いかがですか?」

「ではそれをもらおう」


アデールでは葛は体調不良の時に飲む薬のようなものである。

ロゼリアがそれを指摘すると、ジルコンは答えた。


「エール国には他国の様々な考え方が流入している。その中に医食同源といって、日常食べるもので体を整えていこうというものもある。体にいいものを、体調が悪くなる前に取り入れていた方が、病気にならないでいいだろ?」


「それはわかるけど、薬がこんなにおいしく頂けるというのはどうかと思う。もうひとつ、もうひとつと頂きたくなるじゃない?薬なのに食べ過ぎてしまう!」


そう言いながらもロゼリアは透明に伸ばした葛に甘く黒糖で絡めたデザートをつるりと食べてしまい、もうひとつ頼むかどうか真剣に悩んでいる。

最後の葛の端から跳ねた黒みつが、ピンとその頬に跳ねたことにも気が付かない。


「アン、ちょっと動くな、、、」

ジルコンの指がその頬の黒い蜜をなでとったのである。






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