第13話 秋風が吹く頃


まだティーンエージャーだった頃。

「大人になったら何になりたい?」と聞かれても何も浮かばなかったけれど、

空にはふわりと浮いてみたかった。

風に乗りたかった。


だから高校生の時、空を飛びたいと言ってみたら、

「空って実は全然自由じゃないんだよ」

と言われてしまった。

セスナだかの操縦ライセンスを持っている人だった。

どこをどういうふうに飛ぶか、勝手にはできない。そういう話だった。

ふぅん。と鼻を鳴らした。


大学に入ってすぐのサークル勧誘の時。

体育会に「航空部」なるものがあって、覗きに行ってみた。

付属出身の人ばかりで、女子も少なくて、

「お呼びじゃないよ?」って顔をされた。

ろくに話を聞くこともなく、さっさと撤収した。

ブ~。と後でふくれっ面をした。



なんで風に乗りたいのか、考えたことがある。

4階、5階、7階、3階、5階……、ずーっと集合住宅の上階暮らしだったせい?

空が窓いっぱいに広がってて、ずーっと遠くまで見渡せて、

風がぴゅーって吹いて、身も心もすぅすぅする感じ。

何か頼りなくて、ちょびっと心細くて、

でも身軽くて、どこまででも行けそうな、自由。

そういうのが、好きだ。そういうのが、ふつうの毎日だった。



反対に、地面に捕まっちゃう感じが嫌い、なんだと思う。

嫌い、というよりは、苦手?

根っこが生えると、どしん、と重心が定まって安定するけれど、

身動きできなくなって、何かに絡みとられるような気がして、息苦しくなる。

重たくて、苦しい。しんどい。肩がこる。


農耕民族ではなく、狩猟民族でもなく、

遊牧民族がいいなあ。と思ってた。

最低限の荷物で、風の吹くまま、気の向くまま。

出会いも風任せなら、別れもさらりと、ベタつかず。

涙が風で飛ばされてすぐに乾くような、そういう生活。

涙腺が弱いから、余計、そう思う。



結局のところ、空は飛べない。

飛ぶには目が悪すぎるから。

遊牧民族にもなれない。

身軽でいるのはともかく、ぐうたらだから。

空を飛べない私は一つ所に腰を据え、地べたを這ってのたのたと暮らしている。




そんな私の今の住まいは、苦手な一軒家。

苦手なはずがなんとかやっていられている理由のひとつが、

北側が切り立った擁壁の上に面しているため、眺めが高い階からみたいなところ。

北の端に柿の木が植えられていて、実を収穫する時には1階の屋根の上にも登る。

そうすると、あたかも十階建ての建物の屋上にいるみたいで、ワクワクしてくる。

山頂に立ったみたいに、おーい、と声を張り上げたくなる。

見晴らし抜群、風通し最高。柿は好物。

この点に関しては文句はない。


そろそろ色付き始めた柿を目当てに、連日、たくさんの鳥が訪れている。

スズメ、ヒヨドリ、メジロにオナガ。ムクドリ、カラスにシジュウカラ。

散々食い散らかして、あちこち突っつきまくって、鳥同士ケンカもする。

結構、うるさい。

しつこいカラスに怒った挙げ句、おどかそうとして屋根の上に鏡を持ち出し、

うっかり下に落として割ってしまったこともある。

正直、うっとうしい。


でも。

今年はそんなくらいじゃ済まなくなった。


ヤツ、

が初めて現れたから。



近頃は夜中にしょっちゅう屋根の上を走り回っている。

一度など、玄関を開けた道路の向こう側にいたヤツと目が合ったこともある。

食べるだけ食べて、うるさくして、大きな糞まで残していきやがる。

屋根の上に、いくつも。



おいおい。

安眠妨害だ。

不衛生だ。


そして、

飛行妨害だ。


心の翼が文句を言ってる。

屋根の上を取るな、と。

空を飛べなくなるじゃないか、と。

ぺたぺたと屋根の上を歩いて、風を受けるのが好きなのに。

高くて澄んだ秋の空を屋根の上から眺めるのが好きなのに。


屋根の上の食べ残しの柿に蝶がとまっていた。

屋根の上の糞にハエが来たらイヤだ。

せめて片付けていってくれたらまだマシなのに。




おまえのことだ。

ハクビシンめ、


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