第44話『ムヘン略記』
かの世界この世界:44
『ムヘン略記』
ムヘンの地は菱餅のような形をしている。
菱餅の中央に城塞都市ムヘンブルグがあり、その北を東西に荒川ほどのムヘン川が流れている。
昔は化外の地ムヘンと呼ばれ、主神オーディンの力も及ばぬ蛮族と化け物の地と嫌われ、神族でさえ足を踏み入れることは稀であった。
しかし、オーディン紀元千年紀のころに、ムヘンの南端、菱餅の下のほうが『始りの荒野』と繋がっていることが発見された。
始まりの荒野は、他の異世界と繋がっていて、そこから様々な異世界の神々や人間やクリーチャーが現れてはオーディンの知ろしめす大地や国々を脅かすことがジークフリートの冒険で知られた。
ジークフリートの非業の死のあと、無辺の地の平定を任されたのがトール元帥だ。
トール元帥は、城塞都市ムヘンブルグを築き、ムヘンと始りの荒野の平定に掛かった。
一時はムヘン全域と始りの荒野の半分を平定し、オーディンの平和と呼ばれる百年が訪れ、ムヘンは半ば神々の観光地になった。
ムヘンブルグは、その観光地の中心として整備・拡大が進められ、二千年紀には、ほぼ現在のムヘンブルグが形成された。
二千年紀に入ると、蛮族や異世界からの流入と侵略が顕著になり、ムヘンブルグは侵略阻止の最前線になった。
一時はムヘンの放棄まで考えられたが、トール元帥の活躍によって小康状態を得て今に至る。
オーディンの聖府は、ムヘンの南半分を流刑地に指定し、囚人たちに辺境の防衛にあたらせるという、流刑地と辺境防衛を実現させ、経費の節減と防衛の問題を解決しようとした。
囚人たちは防衛に功績があれば刑期を減免されたが、その多くは放免を前に命を落とした。
囚人たちは「ムヘンだけは勘弁してくれ」と哀願するようになり、王国全体の犯罪発生率は半分以下になったと言われる。
シュタインドルフに着くまでの道中は、菱餅の真ん中を西端に向かって進むので北端のノルデンハーフェンに達する距離の倍はある。しばらくは平穏だとグリが言うので、単調なムヘン大河南岸の道中『ムヘン略記』を読んでいるわけだ。略記とは言え見知らぬ異世界の歴史は五分も読めば眠気を誘うかと思ったが、存外に面白い。出てくる地名や戦い、人の営みや神々の履歴が生き生きと頭に浮かぶのだ。なんだかパソコンの中に古いファイルを見つけ、開いてみたら自分が書いたRPGのプロットであったような懐かしさ――そうだ、こんな物語に時めいていた――と古い教科書の落書きを見ているような。でも、あまりに古い思い出なので先の展開が読めないもどかしさと楽しさがあった。
わたしはこんなものを書いていたのか? まさかな、いまは勇者などと名乗るもおこがましい駆け出しの冒険者だ、肩の力を抜いていこう。緊張しっぱなしでは、この先の旅には耐えられないだろう。今は穏やかだが『ムヘン略記』にある通り、トール元帥でも一筋縄ではいかなかった流刑地なのだからな。
しかし、その流刑地ムヘンに流されるんだから、ブリも生半可な奴じゃない。
二号戦車のエンジンルームの上にドンゴロスを二重に敷き詰めケイトといっしょに眠っている姿は、どう見ても小柄な女子中学生だ。
こいつ、いったい何をしでかして最悪の地に流刑になったんだ?
だいいち、並の身分ではない。
今は「ュンヒルデ」を封印して、ただの「ブリ」と名乗っているが、仮にも主神オーディンの娘だ。
「その秘密は、いずれお話します」
キューポラから半身を出して前方を警戒しているグリが穏やかに言う。
「聞きたいような聞きたくないような……ま、グリが必要だと思ったら話してくれ」
「では、まずはシリンダーの来歴についてお話ししましょう」
そう言えば『ムヘン略記』を映していたタブレットの右下に「間もなくシリンダー警戒地区」というアラームが点灯し始めている。
☆ ステータス
HP:500 MP:500 属性:剣士=テル 弓兵=ケイト
持ち物:ポーション・15 マップ:2 金の針:5 所持金:5000ギル
装備:剣士の装備レベル5(トールソード) 弓兵の装備レベル5(トールボウ)
☆ 主な登場人物
―― かの世界 ――
テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
ブリ(ブリュンヒルデ) 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘
グリ(タングリス) トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
―― この世界 ――
二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い
中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
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