「マサキ」

永瀬鞠

 



封筒から出てきたのは半分に折られた1枚の紙。


そこに書かれていたのは「ナナ」の2文字。それだけ。


それだけが、彼が私に残した遺言だった。


涙が出た。


ぶっきらぼうで感情表現に乏しい男は、愛の言葉なんて一度も口にしなかったけれど。


いつもとても丁寧に私の名前を呼んだ。


あんまり大事そうに呼ぶから、嫌いだった自分の名前をいつのまにか嫌いだと思えなくなって、そうして、彼につられるように私も彼の名前を呼ぶことが多くなった。


私たちは二人して、何かにつけてナナと呼び、何かにつけてマサキと呼んだ。


私のために言葉を残そうとして、けれど結局何も書けずにこの2文字だけを書いた彼を想像すると、なんだか愛しくて、ちょっと笑えた。


それからまた、涙が出た。


『ナナ』


この一言にきっと全部、彼が私に向けてくれた思いの全部が、詰まっている。


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