第1話 力の在りか 10

(承前)


 ロイディが声を上げた瞬間、人混みの隙間を抜けて石ころ程度の大きさの何かがロイディの顔面めがけて飛んできた。

 顔をかばうかたちで反射的に受け止める。

 かなりの勢いで確実にロイディの顔面に狙いをつけてきた投てきだ。

 衝撃で少し痛みの残る手のひらを開ける。

 手にしていたのは「DS」の文字を元にした紋章が刻まれた印璽。

 連中――ストリート・ギャング「ダンプ・スタンプ」のシンボル。


(貴族みたくお高くとまって、人目も立ち話も避けて、ってか)


 印璽を放ってもてあそびつつ、子供たちに振り替える。

 まだ事態が飲み込みこれない風に、ロイディや辺りの様子を伺う二人。


 ふと、その側に見つけたのは

「その機巧、誰が作ったんだ?」

 超弦式の簡単な細工時計だった。


 超弦の一定のまま絶えることがないゆらぎによって弦針――男の腕に刺さっているそれよりはもっと小型の――を刻み、時を測る。


 一瞬、何を聞かれたかわからない表情で、だがすぐに側にあるものに気づいて

「わ、私、です……」

 少女がこたえた。


「おおっ、まじで!?」

 思わず大声を上げるロイディ。

 また身をすくめてしまう少女。


「あ、悪い。驚いちゃって、つい」

 そこの大男のような下品な声じゃないはずだ、と内心に言い訳にする。


「機巧に興味持つのってどうしてか男が多くってさ……なんか、嬉しくって」


 そう言うロイディの目の輝きを見て、少女は彼を、先程までの彼――まるで機械のような……いや、機巧のような正確さで狂暴な大男を打ち倒した、彼――と同じ人物と見えるだろうか。


「悪い。ちょっち行ってくるわ。あそこの露店の、アクバっておっさんに頼りな。ちゃんと助けてくれる」

 見ると、片手の指でわっかを作る。

 了解、ではなく、貸し、のサイン。無視する。


 すでに騒ぎに興味を無くし、元の喧騒人混みを割って、その向こうの路地裏に、手にした印璽の持ち主が去ったであろう路地裏に、ロイディは駆けていく。



 *


「……いっちまいやがんの。子守りまで押しつけやがって」

「あ、あの人、いったい……」

「ああ、普段はただの機巧馬鹿さ。見たろ、さっきだって嬢ちゃんが機巧やってるの無邪気に喜んでやがる」

「喜んで……」どうして、という思いが声に出る。

「機巧は小さいうちからやっといたほうがいい、だとさ。自分と同じ機巧仲間が増えて嬉しいのさ。一人でも多くの機巧使いを、ってのがアイツの願いさ。ま、そうなってくれたほうが俺の商売にもありがたいがね」


 そこまで言うと、茶化した調子だったアクバの様子が少し曇る。


「ただこので暮らすにゃちょいとおせっかいが過ぎる。あんたらくらいの子供に機巧のことを教えたりしちゃいるが……危ない橋も渡ってる。今みたいに余計なことに首を突っ込むこともたびたびだ」


 余計なこと、の言葉に二人が気まずさを覚える二人。


「………兄ちゃん、強かった」

 弟がポツリと呟く。


「ああ、機巧馬鹿に世話焼き馬鹿。馬鹿二つがここで生きてくのに身につけたんだな……もともとはアヴァトゥーラから来た坊主から教えてもらった拳法だかを自己流にしたとかどうこう言ってるがね、俺から言わせりゃそんなもんが必要なのはロクな生き方じゃねえよ。そこまでして貫かにゃいけないもんを背負っちまって……あの底抜け親父がなあ……」


 つい語りが長くなったことに気がつき、二人が複雑な表情でこちらを見ているので、


「あ、いや、いい、忘れてくれ。気にするこたぁない。これからも機巧好きでいりゃあアイツは喜ぶさ。そうだ、ウチの品も見てくれよ、それでよけりゃご贔屓に。ああでも先立つもんがないとなあ………」



 *



 偉そうにしていても所詮はチンピラの集まり、とロイディは認識している。

 このブラック・マーケットを大きな資金源とし、貧民街全体を裏から取り仕切っている――


(つもりになってるワルの群れ)


 連中が貧民街にある種の秩序を作っていることをロイディは否定しない。

 だがそれは言わば火事場の秩序、この国の急激な発展と広がる戦禍でここにしか行き場がなくなった人間たちが、急場を凌ぐためにすがるしかなかった、暴力的な力に依存したルールでしかない。


 そんなものにすがらなくても、人間は営むことができる。


 そのはずだ。

 だが…………。



 半分は、ガント翁の受け売りだ。

 それでも、もう半分は自分の内から発したものだと、ロイディは信じたい。



「まあ、率直に話しましょう。『』の息子さん?」

 テーブルの向かいに座るのは、ロイディの手の中にある印璽を投げつけてきた本人、ギャング『ダンプ・スタンプ』の、おそらく幹部。


 この街に長く暮らし、子供ながらに機巧士を気取るのに、綺麗事だけでは立ち行かない。

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