第10話 剣聖

俺様達は未だ血の匂いが抜けきらない弱っちすぎる第1異世界人の男が運転する馬車の荷台に乗り込みドレアス王国の王都へと走っていた。




ちなみにだが、俺様達の乗る荷台の乗り心地は最悪と言っていいほどに悪い。


クッション性など皆無に近く、小さな石に乗り上げた衝撃がダイレクトに伝わってくるほどでこれまで俺様が乗ってきた高級馬車の揺れなど揺れではなかったんだなと思う。






「そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名はグレイス。ここから南にあるルベリ村で小さな商店をやってる。アンタの名はなんて言うんだ?」






弱っち過ぎる男改めグレイスは後ろを振り返り俺に自己紹介してきたので俺様も名乗ってやることにした。






「偉大過ぎる勇者アッシュだ。まぁ今は知らんかもしれんがいずれこの世界で名を馳せる男の名だ。しっかりと記憶に刻んでおくがいい」






特に隠す必要もない——というか俺様がこれから行う偉業を考えれば隠す事などできるわけがないので俺様は隠すことなく教えてやるとグレイスは不思議そうな表情をする。






「勇者? 外国だと強い兵士の事を勇者っていうのか?」






「あっ? 俺様が兵士? 馬鹿言え、俺様程の実力があってなにが悲しくてあんな薄給で国なんぞにこき使われにゃならん」






確かに国の兵士は安定しているなどと言われ一部の女からは冒険者以上にモテたりもするらしいが俺様にはそれが全く理解できない。




俺様程の勇者ならば兵士の生涯収入など1月もあれば稼ぎ切れるし、傷害手当なども必要ない。魔王ですら手傷を負わせられない俺様が治療を必要とするほどのケガを負うわけがないのだからな。






「えっ? あんなに強いのに国の兵士じゃないのか?」






グレイスは驚いたようにそう言って、俺様をじろじろと見る。


どうやらこの世界の強い奴は兵士になるのが一般的なようである。


リティスリティアが冒険者は存在しないと言っていたのはまんざら嘘ではないらしい。






「魔王……はいないんだったな。まぁ魔獣を専門に狩る職業だとでも思えばいい」






説明がめんどくさい事この上なかったが、俺様が懇切丁寧にそう説明してやると、グレイスはまたも驚いたように俺様を見る。どうでもいいが、前も向いて運転しろよ。




すると俺様が言ったことを冗談だとでも思ったのか小さな笑い声を上げながらグレイスは俺様に言う。






「魔獣? もしかして神獣の事か? ははは、あんなもの人間に勝てるわけがないだろう。剣聖様じゃあるまいし」






どうやらこの世界では魔獣の事を神獣というらしい。


えらく大層な呼び方だが、リティスリティアも魔獣は数こそ少ないがいることはいるみたいな言っていたのでその神獣とやらが魔獣という事でまず間違いないだろう。


やはり魔法が使えない人間では魔獣に対抗する事は難しいようだ。


とはいえグレイスの言葉の中に興味深いワードがあった事を俺様は見逃さなかった。






「剣聖なんだそれは?」






「アンタ、剣聖様を知らないのか? ドレアス王国軍最強の剣士様だよ。この前、王都近くまでやってきたドラゴンとかいうオオトカゲみたいな神獣をたった一人で追い返したんだ。あの方こそドレアス王国の英雄だよ。あの方がいる限りどの国もドレアス王国には手を出せないだろうね」






そんな風に剣聖とやらをグレイスは饒舌に語る。


こんな弱っちい男でも強さに対する憧れは持っているのか興奮を抑えきれないようである。


ドラゴン程度で何が凄いのかいまいち分らんが、まぁ剣のみでと考えると案外捨てたもんでもないかと思えなくもない。




そんなことを俺様が思っていると狭い荷台の中で向かい合わせに座っていたエメルがグレイスに聞こえないくらいの小さな声で口を挟んできた。






「その人いいんじゃない?」






「あ? 何がだ?」






「いや、だから魔法をこの世界の人達に教えて悪魔達との戦いに備えないといけないんでしょ? その人ならその最初の候補として申し分ないと思うんだけど」






あぁ、そういう話もあったな。




確かにこの世界最強クラスの剣士ならそれなりに魔法の才能を持っていてもおかしくはない。


俺様のように剣も最強、魔法も最強ということはあり得ないだろうが、少なくてもそこら辺の奴を適当に捕まえるよりか才能を持っている可能性はかなり高いのは事実だ。




魔法を教えると言ってもエメルとセラだけでは限界があるので、魔法の才能の持つ者に教えてからその者にも教師役をやってもらわなければとてもじゃないがたったの数年で多くの者に教え広げることなどできないのだから。






「まぁそこらへんはお前らの仕事だ。好きにすればいい。まぁガインのような脳筋野郎じゃなければいいがな」






「……アンタ、やっぱ無責任ね。少しは手伝いなさいよ。ていうかガインさんほど強いなら別に脳筋でも構わないと思うけどね」






「俺様的にはガインの野郎みたいに俺様の言う事にいちいちケチをつける性格破綻者じゃなければどっちでも構わん」






なぜかそう言った俺様をエメルは無言で見つめている。






「なんだ? そんなに見つめても俺様はお前みたいなつるぺったんには興味ないぞ。すまんな。期待に応えられんで」






そう言った俺様をエメルが更に無言で見つめる姿を見て、エメルの隣に座っていたセラは「うふふ」を小さな笑い声を上げていた。




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