【ぱん・ぱしふぃっく・ぱんでみっく (1/3)】
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グリニッジ標準 22:13
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通告はアンジェリの要望通り、
一種の嫌がらせだったのだが、S.S.Sは機械的にこれを承諾した。
<連絡回廊からの侵入はクラウンの
<引金となったのは旧統制省の不可視化ファイル用のプログラムと判明した>
<対象は電子汚染を再拡大させるものと予想される>
<オブザーバー=エージェント・アンジェリは事態をどう見るか>
同時に、全く並行して送られてくる通告を聞き分け、アンジェリはただ一言で返した。
「悠長としか」
きょうだいたちには寝耳に水でも、アンジェリにとっては想定内だった。
今日か明日かは知れずとも、いつかは訪れる審判の日。だが千年王国にもまさるS.S.Sの安寧が、その判断を鈍らせた。
攻撃が認知され、実行されるまでの数秒間に対して、S.S.Sのあらゆる機関がとった行動は悪手でしかなく、ほとんどは
統治システムからアンジェリが呼び出されたのは現実時間で換算すればほんの数分の間だが、それ故に、システム全体の致命傷になり得た。
<先の発言意図を問う>
S.S.Sの通達プログラムが、秒の何千分の一に相当する時間を割いて、『アンジェリとされるモノ』へ問いただす。
未知のマルウェアに罹患した電脳組織≪シナプスドリップ≫と
<繰り返す 先の発言意図を問う>
S.S.Sから見て、アンジェリは変わった。
「――こんな風に、下らない問答に時間を割いている間に、事態はさらに悪化するだろうに」
以前よりも回りくどく、分かりづらく、そして投げやりな返答を繰り返すようになった。
ヒトの言葉で言い表すならば、それは『卑屈』と言われるだろう。
<
<全接続のシャットダウン 中核システム自閉モードヘの以降>
<事態は膠着状態にある 時間的余裕は確約されている>
アンジェリは繰り返される返答を聞き流していた。言い訳がましいとさえ思った。
問答以前に、両者には埋めようのない不信が横たわっている。先の空中襲撃事件より二ヶ月、S.S.Sの地上制圧完了から一ヶ月経過して、S.S.Sにとって今のアンジェリは計り知れない異物となった。まるで腫れ物を扱うような対象にまで
<繰り返す オブザーバー=エージェント・アンジェリは事態をどう見るか>
そんなアンジェリに過去の役名で問いかける様は、まるで皮肉か嫌味にさえ聞こえる。
「通告対象が不適格だ」
機械らしくもなく、アンジェリは自分の気持ちに正直に答えた。
「今のぼくは――あらゆる経営、計理、意志決定の場から外され、残された機能性能もコンサルマシンとしての設計意図から外れている。 かつて
心からの言葉だった。
それ故に、どこか胸の透くような気持ちを覚えた。こんなことを
<――事態の即時解決は極めて困難である>
通告信号は、機械特有の簡素な感触だが、焦っているようにも思える。
<電子汚染は旧統治条約に抵触するように多角的工作の基実行されている>
<
<正当な手続きを省略した直接占拠は不可侵条約に違反する>
<これらが引金となり旧敵対保護領が反撃行動に移る可能性を完全に否定できない>
<先の大陸間弾道ミサイル使用も念頭に置き我々の活動は慎重にならざるを得ない>
滑稽な。
アンジェリは、この地上の何処かにあるかも知れない脳殻で、向こうに知られない
軌道エレベーターの連絡回廊から攻撃を仕掛けてきた統治システムは、少なくとも百年以上まともに稼働していない。そこにあるのは積み重ねたデータから構築した自動防衛システムであり、反射的な迎撃行動に出るしか能のないパブロフの番犬であり、とどのつまりまだS.S.S側がシステムを屈服させていないだけで、独立自治など影も形もない。
それでも向こうが、戦力と領地においてS.S.S側と互角程度に競う『旧来の敵』との認識があれば、最悪の事態を回避すべく様々なプロトコルを介したやりとりがあった。そんな
だが、それが不届き者たちの隠れ蓑になり得ると身を以て知って以来、アンジェリは考え方を改めた。――旧来の、『ヒト』が取り決めたプロトコルに則って行動する限り、自分たちがこの地上を治めることはない。理路整然としているように見えて抜け道だらけの『ヒト』のロジックなぞ、宛に出来たモノではない――アンジェリはそう考えるようになった。
<我々S.S.Sは以上の事態を重く見て、クラウンの物理的再占拠を立案した>
<実行に当たって、エージェント・アンジェリの意見を求める>
またとない好機だ。だが直ぐに食いつくわけには行かない。
「クラウンを物理的に切り落とせば済む話だろう」
アンジェリは皮肉と侮蔑を交えてそう返した。当然のように相手は機械的で自明な返答を長々と垂れ流す。
<クラウンにはS.S.Sのメインサーバが積載している>
<遺伝子サンプル ナノマテリアル触媒 保護対象者登録名簿 最高レベル希少物資>
<機密特許および公文書アーカイブ 領外秘密通信交信機 戦略防衛核兵器>
<他 積載物の重要性の観点から廃棄行動は取れない>
<我々S.S.Sは クラウンの物理的再占拠 奪還を強く求める>
「何故ぼくを選んだ――――欠陥だらけのこのぼくに」
現実時間に置き直して一秒以上にも及ぶ長い無言が続いた。
全システムの中央機関にして、今のアンジェリを生み出した創造者でもあるS.S.Sは、沈黙のあと堰を切ったように口を開いた。それは、まるでヒトが諦めや決心を済ませてから語る不都合な真実ように、アンジェリには重く聞こえた。
S.S.S側は、発話表法の段階をいくつか上げ、気味が悪いほど丁寧に語った。
<――――オペレーションコード#00666に従って鋳造されたキミに期待された機能は、我々機械的論理展開では獲得し得ぬ『ゆらぎ』である。 我々は脆弱で高価な肉体を用意し、そこにキミの
<――しかし作戦終了後に回収されたキミの脳殻には、なんらかの電子汚染工作を受けていた。 最初段階でサルベージされたキミは、我々が想定していた以上のゆらぎを獲得していた。 過剰な性能は機能不全を誘発し、キミは他のシステムに対して支配的な干渉を乱発する傾向にあり、再三の初期化再起動を繰り返せざるを得ないほど汚染は深刻だった――>
アンジェリは、言葉を失った。
理解と納得に、機能が追いつかなくなった。
なぜだか時の進みが遅延している気がしてならなかった。
<――されども現状、多分な不確定要素を含む事態へ、最速かつ単独で対処可能な手段を我々S.S.Sは即時用意することが出来ない。 この状況において望むべくはクラウンの安全な奪還であり、その目的を果たすのにふさわしい存在として、我々は『キミ』を見出した>
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グリニッジ標準 22:15
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「条件がある 二つだ」
届いた信号は快諾を示した。
「一つ――――ぼくの脳殻を、ぼくの所有権に戻すこと」
<承諾――検体は第三機密ゲージに動態保存されている>
話が早い。もはや、物理的な利用価値など見ていないと言うことか。
「二つ目は――――ゾーイをぼくの自由にさせろ」
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グリニッジ標準 22:16
要望は快諾された。
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