【Have we met ”Museum”?(2/4)】

 ◇――――◇――――◇


 悪夢だった。

 機棺の二機のうち、一機は撃墜したかに思えた。しかしそれと同時に僚機が装甲を展開し、無数の実弾火器を用いて全翼機への強襲を仕掛けて来た。


『出ぇぇてぇこい、クソガキぃいいい!! 痛くしねーからさぁああ!!』

 耳をつんざく破裂音と、品性の欠片の無い罵声が管制室に響いた。徐々に強くなる揺れが、この全翼機に蓄積していくダメージを物語る。パルスレーザーよりも戦術的効率の低い手段を選んだのは、この不快なによる心理的効果だろうか。


 熱線よりも小威力ながら、空爆を受け続けていたナノカーボン高結合装甲は既に限界で、残りのPRF装甲はひしゃげ、フレームまで露出ている。押し込められた棺桶ごとチェーンソーで解体されているような居心地だった。既に空力によって得られる揚力は限りなくゼロで、管制室は墜落の可能性すら示唆している。絶え間ない焦燥感に駆られる最中、蛮獣の如きときが虚をついて耳孔に響く。


『天国見せてやっからよぉお――――!! 隠れてないで出ておいでぇ!! おねーさんとしよーぅぜぇええ――――!!!』

 

 今降り注ぐ爆弾が低威力でも、次の一団は違うかも知れない。僅かな振動や破損が空力を乱し、横転するかも知れない。バランスを崩せばフレームに負荷が掛かり、最悪ひしゃげるかも知れない。無限に沸き立つ不安に駆られ、物理的事象よりも、精神的にアンジェリは追い込まれていた。

 

 なまじシステムとして優秀さを誇っていただけに、アンジェリはできるだけ完璧な作戦をと働いていた。最低限のリスクだけで対処し、己が有用性を誇示しようと勇んでいた。それ故のドツボに陥った、その現実がたまらなく恐ろしくて、余計に向きになってしまう。


 ――――まだだ、まだなんとかなる。


 まるで呪いのようにアンジェリは繰り返した。

 幸いフラップや推進器は無傷だ。これは、運がいいと言うよりも元から全翼機や中身の奪取が目的だったと考えた方がいい。わざわざ哨戒機にマルウェアを仕込み、ICMBまで用意して決定打を避け続けているのは、当機の撃墜が目的では無いと見るのが打倒だ。


 アンジェリは、踵を返した。

「たとえ、この先に何があっても――――」


 管制室の物理端末を操作し、仮認定の裁量権を行使する。

「キミだけは守るよ、ゾーイ」

 箱に収められた人形のように、美しい少女の形をしたガイノイドを見つめてアンジェリは少しだけ憂いを込めて声にした。手形を端末画面が読み取るのと同時にシャッターは閉じ、幾重にも束ねられた甲高い機械音と供に機外へ射出される。脱出用の機棺が安定翼を開く様を見届けると、アンジェリは再び険しい表情に戻る。


 アンジェリが管制室を後にすると同時に、爆煙を上げて管制室が煌めいた。


 ◇――――◇――――◇


 けたたましい音を立てて、機械の塊がFPS装甲を突き破る。炭素繊維の薄皮を引き裂く様に長い脚が飛び出すと、びっしりと生えた細かな刃が振動して周囲の装甲板ごと手折ってゆく。

 ほとんど何も聞こえなかった。

フィルタリングの所為もあるが、大抵の環境音は大気流に呑まれて遙か後方へと飛んでいく。僅かに届く骨振動とARガイドだけを頼りに、アンジェリは身を乗り出した。


 原子炉作業用機械は融解事故メルトダウンを想定して頑強に作られている。悪路を想定した一連のモジュールを全稼働させれば、乱気流の中でも風に飛ばされる心配も無い。

 図太く、長く、幾重もの刃を束ねたような脚が丸まり、針だらけのホイールになる。全翼機のFPSをいとも容易く引き裂きながら突き進む。それら三つのごつい脚を連ねた上に鎮座する工業用ロボット然とした上体が、クモの如く多方へと伸びる腕の全てを動員してレーザーパルス砲身を担ぎ上げていた。


「どこだっ! どこに居る!?」

 唸り声を上げる三脚マシンの脇に腕一本でしがみ付きながらアンジェリは叫ぶ。肩からげた旧式火器類が暴風を受けてか細い腕の中で暴れ回る。薄手のシールドウェアが鎧椎と連携して周囲二㎞のあらゆる情報を解析収束させて装着者の視野に送り続ける。


「出てこい! 僕が相手になってやる!」

 アンジェリは、生まれて初めて吠えた。平時なら、まるで自分の行為だと信じられないだろうが、猛る思いをこらえることなど出来なかった。自分の領域ドメインで、一方的に好き放題やらせて腹を立てないヒトなど居ない。模倣者アンジェリは太古の武人が如く、心身を奮わせて堂々と待ち構える。


『――――が、おせーんだよォ! 待ちくたびれたゼェえ!! この――――』

 

 ウェアから骨振動で音が届く。システムへの闖入者ちんにゅうしゃから送られてくる声は位置情報がない。しかし同時に発した閃光と、アンジェリの周囲数mを囲むの着弾位置から即座に弾道を算出、遡行する軌道の先に機影を発見。

 既に哨戒機の大半は撃ち落とされた。アンジェリは目をつぶり胸に手を当て、声もなく消えていったたちへ、僅かばかりの黙祷を捧げる。


『遊ぼうぜェ、人形ォーーーー!!』


 逃すはずが無かった。

 アンジェリは極めて機械的に、誘いに乗った機棺へと熱線を斉射。パルスレーザーが針に糸を通すような正確さで機棺の中央を穿つ。猛進してきた悪魔的フォルムの複合機械が、まるで糸の千切れたマリオネットのように力なく墜落し、全翼機の装甲上を滑った。

 照準を手動、タイミングは咄嗟アクシデントに任せ、アンジェリは機を待っていた。そしてメインカメラが多方を向いている間に『不慮の事故』が起きた。オートエマージェンシーが作動して、過剰に増設されたバッテリーからパルス砲身に通電、『修理作業の途中レーザーが機棺を掠めてしまった』。

 これをと定義する論理は存在しない。

 全ては事故だった。


 三脚マシンはその身にそぐわぬ軽快さで機棺へと近づき、無数の刃が突き出したホイールで機棺の装甲を引き裂いた。付け焼き刃の軽量装甲は紙のように引きちぎれ、中から真っ黒い粘性の液体と肉塊がこぼれ落ちる。アンジェリは一旦三脚マシンから降りて、その詳細を検分する。

 

「――ひっでぇことしやがるぜ、ボウズ、テメェ――」

 暫定テロリストが擦れた声で何事か口にしたが、現状下で環境音は拾えない。

 アンジェリの無垢な眼には、ひしゃげた鎧椎しか映らなかった。延命措置の手段が皆無である事を理由にして、一瞬のうちに諸々の手続きを済ませてアンジェリは引金を牽いた。


 ◇――――◇――――◇


『――――最っっっ低!』


 臨時管制システムからの割り込み通信。戦闘を中断していたもう一機の機棺は全翼機のシステム掌握を完了したようだ。既にアンジェリの味方ブキは、手元のアンティークとパルス砲台と化した三脚マシンだけになった。


「ご要望通り遊んでやったぞ、ども」

 アンジェリは信号の発進地点へ視線を向けた。墓標のようにめくれ上がった装甲を障壁にして、影の合間にボロボロの機棺を見つける。


「この機体は既に墜落態勢だ、手短に職務を執行したい」

『補導しようって? 目の前でを惨殺されて従うと思う?』

「こちらも随分痛めつけられた、生かしているだけかなりのだ」

『最っ低』


 これ以上の応酬は無意味だ。そうだと分かっていたとしても、言葉と怨嗟が終わる気配は無かった。アンジェリは三脚マシンにパルス砲を構えさせ、再び照準を整える。高精度のサブカメラが瓦礫の狭間を凝視する。


「勧告はしない――おとなしく降伏しろ」

『そう――それじゃ』

 物陰から、声の主が現れた。

 姿形は、ゾーイとさして変わらぬ少女だった。


『これでどうかしら?』

 そして少女は、その場でシールドウェアを脱ぎ捨てた。

「――――馬鹿な」


 着ぶくれ気味だったシールドウェアが遙か彼方へ飛んでいく。雲より高い大空を背景に、少女の肌がさらされる。

 外気温度は4℃を切るが、耐えられない数値では無い。しかしそれを考慮しても、薄着すぎた。肌のほとんどは露出して、いわゆる恥部のギリギリまで迫る、どのジャンルから見ても攻めた服装だった。

 機械仕掛けのアンジェリの眼は、その豊かな乳房やヒップラインの張り、肉感を湛えたふとももを注目しては逃れられない。一体この世界のどこを漁れば手に入るのか知れぬ艶めいたランジェリーが、横殴りの暴風に晒されると、ブラ紐が肩から外れて宙になびく。

 その一挙手一投足をまじまじと凝望しているのはアンジェリだけでは無かった。

―――<非防護反応 検出 保護 ヲ 優先 スベシ>―――

 案の定三脚マシンがその姿を捉えると同時に緊急態勢エマージェンシーへとシステムを移項し始めた。防護処理の一切を介さず検知された人肌の赤外線ねつは、アンジェリで無くても眼に毒だ。


『ボウヤには、ちょっと刺激が強すぎたかしら』

「――――ふざけた真似を!」

 それでもアンジェリには無視できなかった。乳房の横に控えた拳銃や、肩から提げた銃火器アンティークは敵意と捉えるに十分な要因だ。撃てない道理はないが、撃つ機を逃してアンジェリは逆上していた。

 アンジェリは、木偶の坊と化した三脚マシンを破棄、単独先行して処理せんと勇んだとき、最大望遠で捉えた巨大なが互い違いに大きく揺れるのを見た。全翼機のメインエンジンがとうとう機能を停止して、突き上げるような振動がアンジェリの足下を襲う。


 態勢を立て直すべく視界をARから眼球に切り替えたとき、アンジェリは足下に転がる肉塊がほくそ笑んでいるように見えた。そして自身の脚にも僅かな違和感を覚えた。

 血の臭いがした。

「――――クソ女Birch

 真っ黒い粘液を纏った機棺の補助アームが、アンジェリの脚を掴んでいた。

 直後、ひどく乾いた音がアンジェリに響く。後ろからだ。


 ◇――――◇――――◇

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