第47話 伝えたいこと
数十分駅周辺の飲食店街をぷらぷらと歩いて由奈たちが入ったのは、どこにでもあるハンバーグがメインのレストラン。
一応メインはハンバーグなのだが、カレーやうどんなど、なんでもメニューにある。
琢磨はメインのハンバーグセットを注文して、由奈はビーフシチューセットを注文した。
コートを椅子の背もたれに掛けて、お互い向き合う形で身体を落ち着かせる。
「なんか、こうやって向かい合って琢磨さんと話すなんて新鮮だね」
「そうだな。いつもは隣り合って座ってたからな」
基本由奈と会うときはドライブの時だったので、改めてこうして向かい合うと、どこか落ち着かない。
もちろん、ここが車内ではなくレストランということもあるだろう。
けれど、由奈の大人びた顔立ちや仕草がいちいち気になって、真正面から見ることができないというのもある。
運ばれてきたお冷に口をつけてから、由奈がふぅっと一息ついて琢磨を見つめた。
「にしても、琢磨さんからドライブ以外で誘われるなんて思ってなかったから驚いちゃった。どういう風の吹き回し?」
「そりゃまあ、ここ最近どうかなって色々近況も含めてな」
頭をガシガシ掻きながら適当な理由を述べる琢磨。
本当は由奈の顔が見たかったからとは、恥ずかしすぎて言えるわけがない。
すると、由奈がにやりと悪い笑みを浮かべて琢磨を覗き込む。
「もしかして、本当は私に会いたかったとか?」
図星を突かれて、ぎょっとする琢磨。
しかし、一つ咳払いをして平静を装ったまま開き直る。
「そうだっていったら、どうする?」
ちらちらと窺うように尋ねると、琢磨の返答が意外だったのか、由奈は唖然としたような表情を浮かべた。そして、ぽっと頬を赤らめて、俯いてしまう。
「へ、へぇー。琢磨さん、私に会いたかったんだー」
「あぁ……」
もうここまで来たら羞恥を忍んで正直に頷く。
俯いた由奈は、琢磨が自分に会いたいと言ってくれたことがうれしくて、地面を見つめつつ思わずにやけそうになってしまいそうな顔を何とかして堪える。
「まあそれに、俺達はドライブするだけじゃなくて、お互いの夢を見つけるパートナーでもあるしな」
琢磨が放った言葉に、由奈は浮ついていた気持ちを改めた。
「そうだね……」
琢磨と由奈はドライブという行為を建前として、お互いの将来の夢を見つけるために共にドライブをしていた関係性。このドライブが出来なかった期間に改めて自分を見つめ直す機会が出来てもおかしくない。
「それで、最近はどうよ? 何かやりたいことは見つかりそうか?」
それとなく琢磨さんが尋ねてくる。
由奈は一つ生唾を飲み込んでから、作り笑いを浮かべて首を振った。
「ううん。やっぱりまだ明確には見つかってない」
「そうか……」
「琢磨さんの方はどう? 何か見つかった?」
「いや、俺も特にこれといったものは見つかってないな。まあ俺の場合、事故の怪我を治すことが最優先みたいなところがあったから、それどころじゃなかったっていうのもあるけど」
「そうだよね。身体の健康がまずは第一だもんね」
「そういうこと」
丁度話が途切れたところで、由奈の注文したビーフシチューが運ばれてきた。
「うわぁー美味しそう!」
由奈はキラキラと目を輝かせながら、スマートフォンでパシャリとビーフシチューを撮影する。
「ホントにうまそうだな」
琢磨は由奈のビーフシチューを恨めしそうに見つめる。
すると、由奈は遠慮がちに尋ねてきた。
「一口食べる?」
「えっ、いいのか?」
「うん、その代わり、私にもハンバーグ一口頂戴!」
満面の笑みで交換条件を提示してくる由奈。
その無邪気な笑顔に琢磨はほっこりとしてしまう。
「いいぞ、俺のハンバーグと味比べな」
「うん!」
このとき、琢磨は由奈が付いた嘘に気づいていなかった。
ただ単に由奈に会いたかっただけの琢磨に対して、琢磨に言わなければならない大切なことを言えないでいる由奈に。
※※※※※
食後のシャーベットまで平らげて、琢磨たちは店を後にした。
久々に元気な由奈を見ることができて満足した琢磨。
ドライブは出来なくとも、たまにはこうして由奈と定期的に顔を合わせて、一緒に近況を報告し合いながら、自分のやりたいことをお互い見つけていくのも悪くないなと思った。
地下街から駅前の改札まで抜けていく。
すると、ふいにスーツの裾を引かれた。
立ち止まって振り返ると、由奈が神妙な面持ちで琢磨を見据えている。
「琢磨さん……」
「ん、どうした?」
優しく尋ねる琢磨。
一つ間を置いてから、由奈は意を決したかのように息を吐いて琢磨を真っ直ぐ見つけた。
「私ね……」
「おう……」
ただならぬ雰囲気に、琢磨の方まで身構えてしまう。
しかし、由奈はすっと肩を落とすと、にこりと柔和な笑みを浮かべた。
「やっぱり何でもない」
「なんだよそれ……!」
由奈の勿体ぶった行動に思わず拍子抜けしてしまう琢磨。
「ごめん、ごめん!」
耳を触りながら軽い調子で誤る由奈。
どこか晴れない表情の由奈を見て、琢磨はなんとなく尋ねる。
「何か、困ったことでもあったか?」
琢磨が探りを入れるように尋ねると、由奈は首を横に振った。
「何でもないの。ちょっと琢磨さんをからかってみたかっただけ」
「お前な……こっちも心臓に悪いからやめてくれ」
「あはは、ごめんね!」
へらへらとした調子で取り繕うと、由奈は改札の方へと身体を向ける。
「今日はご飯ごちそうさまでした琢磨さん! それじゃあ、またね!」
「おう、気をつけて帰れよ」
「うん!」
ひらひらと手を振って由奈と別れる。
琢磨は由奈が改札口を通り、ホームの階段を上がって見えなくなるまで見送った。
そして、階段を登る手前でもう一度こちらを振り返り、元気よく手を振ってから、由奈はホームへの階段を軽やかに上がって行った。
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