第34話 不穏な予感
『話したい事がある、今日の八時に横浜駅に来てくれないか? ずっと待ってる』
琢磨さんから送られてきたのは、そんな突拍子もないメッセージだった。
けれど、もう由奈にとっては、琢磨さんに同情されるだけの虚しい存在。
これ以上話すことなんて、由奈にはない。
そのままベッドに横たわり、スマートフォンをローテーブルの上に置いた。
由奈は天井を見つめながら、改めて冷静になって考える。
一体琢磨さんは、何を話したいのだろうか?
琢磨さんにとって由奈の存在は、ドライブ彼女というレッテルの貼られたドライブをただ一緒に楽しむ関係性であって、それ以上でもそれ以下でもない。
由奈がただ、そこに勝手な希望的価値を生み出していただけ。
琢磨さんが話したいことなんて、もうないはずなのに……。
そこだけが由奈の中でわだかまりを覚えて、気になっていた。
「……」
由奈は重い腰を起こして起き上がり、クローゼットから衣服を取り出して、外へ出る準備を整え始めていた。
話をしたところで、何かが変わることはないだろう。でも、この前自分から勝手に琢磨さんを突き放すような態度をとってしまったことを一言謝りたいと思った。
それを謝った上で、改めて琢磨さんに告げよう。
ドライブ彼女の関係性は今日で終わりにしようと。
※※※※※
何度確認しても、既読はついたものの由奈からの返事は返ってこなかった。
琢磨は由奈のことが分からなくなっていた。
どうしてあの時、ドライブをやめようと言い出したのか。
「先輩、さっきからずっと下見て何チラチラしてるんですか」
ふと視線を上げると、谷野が目を細めてこちらを見つめていた。
「な、なんでもねぇよ」
さっとスーツのポケットにスマートフォンをしまい、琢磨は目の前の生姜焼き定食に手を付ける。
「もしかしなくても、由奈ちゃんのことですか?」
「……別に、お前には関係ないだろ」
すると、谷野はピクっと眉根を寄せて、不機嫌な表情を浮かべた。
突き放すようなことを言ってしまい、申し訳ないことをしたなと後悔する。
「すまん……ちょっと言い過ぎた」
「いえ……別に構いません」
そう言って、二人の間に微妙な沈黙が立ち込める。
しばらく二人向かい合いながら無言で昼食を食べていると、谷野が重い沈黙を破った。
「先輩の中で、答えは出ましたか?」
何をと言われなくても琢磨にはわかる。
それは、先週のドライブで谷野に言われた一言。
『由奈ちゃんじゃなくて、私がドライブ彼女じゃダメですか?』というお願い。
琢磨はまだ、結論を出すどころか、由奈がなぜ琢磨とのドライブを拒否したのかもわかっていないのだ。
「すまん。まだ答えは出ない」
「別に謝らないでいいですよ。先輩が自分の中で納得したうえで、それからでいいです」
「そうか……助かる」
谷野の寛容な対応に、心が救われた。
「だからです!」
谷野は、琢磨をビシっと指さして真剣な表情を浮かべる。
「由奈ちゃんと一度会って、ちゃんと話し合ってくださいね」
「……あぁ、分かってるよ」
「ならいいです」
そうしてまた、谷野は定食に手を付ける。
「にしても、お前。いい奴だな」
「へっ?」
白米を口の中に含みながら、首を傾げる谷野。
「だってお前、俺と由奈がドライブしているの快く思ってないはずなのに、ちゃんと俺に指摘してくれるし」
「そっ、それはだって……」
突拍子に言われたのが意外だったのか、頬を染める谷野。
少し右往左往した後、琢磨をすがるように見つめる。
「私だって、先輩が心残りのままドライブしてもらっても嬉しくないですし……これはただの自分への布石です!」
「そっか……」
慈愛に満ちた目で谷野を見つめると、谷野は耐えきれなくなったのかぶんぶんと腕を振る。
「あぁ、もう! いいじゃないですか私のことは! 早くご飯食べましょ!」
「おう、そうだな」
このとき、琢磨は谷野が頼りがいのある優しい後輩であると感じると同時に、由奈としっかり話をして、結果がどうであれ一つの結果を出さなくてはならないと感じた。
※※※※※
仕事を終えて、琢磨は寄り道せずに家へと直帰した。
軽く食事をとった後、すぐさま車を出して目的地へと向かう。
由奈からの返事は来ていなかったものの、彼女を信じて駅前で待つことにした。
渋滞もなく順調に車を走らせ、琢磨は駅前のコーヒーチェーン店前に車を止める。
辺りを見ても、由奈の姿は見受けられない。
目の前にあるコーヒーチェーン店の中で待っているのだろうか?
外の様子を窺いながら待っていても、由奈が現れる気配は一向にない。
やはり、愛想をつかしてしまったのだろうか。
段々と不安になってきて、琢磨はスマートフォンに目をやる。
文面を考えてから、琢磨は由奈へメッセージを送った。
『着いたけど、今どの辺にいる?』
数分間じっとトーク画面を見つめていたけれど、由奈からの既読は付かない。
やはり、もう琢磨と連絡すら取りたくないのかもしれないのだろうか?
それとも、何か不慮の事故に出も巻き込まれたのではないか、そんな一抹の不安に襲われる。
不安を振り払うようにスマートフォンから視線を外して、サイドミラーを覗いた時だ。ミラー越しから見えたのは、対向側の歩道で、数名の男たちに囲まれている由奈の姿だった。
由奈は男たちに囲まれてしゅんと縮こまっている。
その姿を見て、ただならぬ状況であることを瞬時に理解した琢磨は、気が付けばウィンカーを出して車を走らせ、由奈の元へと向かっていた。
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