第20話 始まりはいつも雨
この居心地のいい街ともお別れか……。
コウイチロウは感慨深く街を見回した。雨の降らぬ街、スカイウィッシュ。止まない雨などないと言ったのは誰だっただろう。この星では止む雨などないのだ。人々はその現実を受け入れるか、無理矢理ねじ伏せるかのどちらかしかない。最初の街、メニウェットは前者。このスカイウィッシュは後者だ。
しかし、雨を受け入れるにしても拒絶するにしても沈み行く世界というのは受け入れがたいものだろう。
コウイチロウはこの世界を構成するもう一つの要因、【大穴】を見てみたくなった。どんな危険が待ち受けているかもしれないが、この目で見てみる事に意味はあるはずだ。そう思い、意を決して『Bar青空』のマスターに聞いてみた。
「すいません、【大穴】へ行く方法はありますか?」
「ああ、それならツアーに申し込むといいよ」
「ツアーがあるんかい!」
拍子抜けしたコウイチロウにBarのマスターは続ける。
「ただ、俺も乗った事あるけど大して面白いもんでもないよ。窓は一切ないし、船は狭いし、今じゃあんまり人気ないね」
「はあ……、そんなもんか……。なんかこの街の人はたくましいですね」
「この街は新しくて、大陸中から新しい技術とやる気の残ってる人が集まってるからね。街の名前もなんとなくポジティブだろ」
「俺はメニウェットから来たんですけど、落差がすごいというか……」
「大陸中、基本的にはそんなもんだよ。ただ人間てのはたくましいもんで、【大穴】問題だけでもなんとかならないかって色々考えてるみたいだよ」
マスターはグラスを磨きながらニコリと笑った。
……ともかく、ツアーとやらに申し込んでみよう。
「マスター、ありがとう! 色々教えてくれて」
「ホット果実酒、500レーンね」
「あ、はい」
コウイチロウはマスターに渡されたメモをもとに、ツアー受付へとやって来た。看板は出てはいるが、路地裏に店を構えているせいか人の気配はない。中には入ってみるとカウンターはあるがやはり人はいなかった。
「すいませーん。【大穴】ツアーの申し込みにきたんですけど!」
「ああ、はいはい」
カウンターの奥から初老の男が現れ、気だるそうに応えた。
「あんた、物好きだね」
「まあ色々思うところがあってね。ところで、ツアーはいくらするんだい?」
「船の大きさにもよるけど申込みが全然ないから4人乗りで20万レーンだね」
「結構いい値段だな……」
「他に乗る人がいないから申し訳ないけど貸し切り料金になってしまうね」
「わかりました。乗せて下さい」
「……あんた、ホントに物好きだね」
店主が目を見開く。
「どうしても見ておきたくて」
「そうかい。じゃあ、船の手配があるから明後日の朝に街の港に来てくれ。おっと、料金は前払いだ」
「じゃあ、これで」
コウイチロウは手持ちのカバンから現金を取り出し、店主に手渡した。
「はい、確かに。じゃあ、この契約書にサインしてください。ちなみに安全には配慮するけど命の保証はできないからね」
「まあ、船旅だしね。そこはわかった」
「毎度あり!」
店を後にすると、今日の仕事は『分身』達に任せてコウイチロウは宿で休むことにした。【大穴】を見たところで星の一族が見つかるということは無いだろう。だが、この星の大きな問題の一つを再確認することは何かコウイチロウにとって大事な事の様な気がしていた。
そして二日後、街の港にやってきたコウイチロウは想像とは違う船の形に驚きを隠せなかった。マスターの言う通り乗客用の窓は一切なく、船というよりは潜水艦か魚雷といった方がしっくりくる。雨の中を突き進むには海上より海中の方が多少は安定するという事だろうか。
「あんたかい! 久しぶりのお客さんは!」
髭の生えた、声と体の大きな男がコウイチロウに向かって吠えた。常に雨の中、海の近くで話しているのだろうか、声をかける際に必ず口に手を当てて話すのが癖になっているようだ。
「よく来てくれた! 俺が船長のジベックだ! 宜しくな!」
「こちらこそ! 今日はお願いします!」
つられてコウイチロウも声が大きくなる。
「この船は海面の30mほど下を突き進む! 【大穴】の! 近くまで行ったら! あー……。近くと言ってもあんまり近づくと二度と戻ってこれねえから! それなりに離れてるが! そこに着いたら船を止めていったん浮上! 中の潜望鏡で眺める! 大体一週間ぐらいの船旅だ!」
「わかりました! 宜しくお願いします!」
「海中の【大壁】もなかなかの見ものだぞ!」
「【大壁】?」
「【大穴】を真横から見ると壁に見えるんだ! どうやらとんでもねえ大きさの円筒形の物体があるらしい! ま、実物を見てのお楽しみだ! ガハハハ」
「じゃあそろそろ行くか!」
コウイチロウとジベックは船に乗り込み、そしてエンジンらしきものが始動した。
船旅はお世辞にも快適なものとは言えなかった。何しろ時間の感覚はなくなり、食事は保存食。話し相手はジベック船長のみとむしろかなり過酷なものだった。だが、どうにか一週間の監禁……いや、長旅を終え、ついに【大穴】と対面する時がやってきた。ジベック船長は潜望鏡を限界まで伸ばし、コウイチロウに交代した。
「ほれ、見てみい」
「なんて、でかさだ……」
コウイチロウが覗き込んだ先に広がる光景は穴というより水平線で空を切り裂いたかのような限りなく広がる滝だった。
「よし、じゃあ【大壁】も見てみるか! 兄ちゃんはそのまま覗いてていいぞ! 【大穴】に沿って少し横に移動する! そしたら潜って壁とご対面だ!」
ジベックはそういうと船を操作し始めた。コウイチロウはというとあまりの巨大な穴に言葉を失っていた。
「すげえよな! 大昔の人間が作ったらしいがどうやって作ったのか、何のために作ったのかさっぱりわかんねえんだ! よし、いったん潜望鏡はしまうぞ」
「あ、はい……」
確かに何のためやらさっぱりわからない。アムディスとかいうものが制御できていた時は何かの役に立っていたのだろうか。
「さて、お客様! これが【大壁】でございます!」
今度は潜望鏡が水平方向に延びているようだ。コウイチロウはジベックに促され覗き込んだ。
「壁だ……」
海中に巨大な壁が出現し、縦方向は見えない底の方まで続いている。横方向を見ても微妙にカーブしているように見えるだけで、本当にただ壁としか表現できないほどの建造物だ。
「船長、俺は来てよかったよ。何と戦わなきゃいけないのか、その大きさが解った」
「そうか。ま、このツアーのリピーター客は今までにゼロだ。そういう事だ」
確かに一週間過酷な旅を続けて、一時間ほどの散策で得られるものは絶望ときたら誰が参加するのか聞いてみたいぐらいだ。
「さあ、また過酷な船旅の始まりだ! 準備はいいか!?」
コウイチロウは危うく転星システムを起動させるところだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます