72 海神結界ニライカナイ

 海の彼方に現れた軍勢を、モニター上で拡大する。

 黒い翼を持ち、長い槍を持った複数の機体が、V字型に編成飛行をしていた。

 何という古神なのかな。

 

『あれはモリガン。英国の汎用古神よ』

 

 恵里菜さんが、無意識の疑問に答えてくれた。

 

「響矢さん、追い払いましょう」

「ああ。新しいコンゴウの防御結界を試してみたいな」

 

 俺は景光と目線を合わせて笑う。

 

「黎明の騎士団が計画していた、完全な鎖国にするための防御結界を試してやる」

 

 アマテラスとコンゴウを連携させ、完璧な結界で日本を覆うのが当初の計画だったらしい。しかし皮肉にも、ヒルコとコンゴウの連携でそれは可能になった。

 

「海よ、壁となれ」

 

 黎明の騎士団がコンゴウに積み込んでいた情報データから、新しい機能を成立させる。

 操縦席の両側、左のアームレストの勾玉を俺が、右のアームレストの勾玉を景光が担当する。

 この機能を実行するには、二人で協力して操縦する必要があった。

 俺たちは、意識して互いの操縦を合わせる。

 空中に光る線で、日本地図が浮かび上がった。

 列島を囲むように蒼い線が追記される。

 進捗を示すバーが長く伸びた。

 

「行け……!」

 

 海面が盛り上がり、噴水が高い壁となって、モリガンの一団の行く手を阻む。

 壁はどんどん盛り上がり続け、水平線を覆っていった。

 進捗バーが百パーセントに到達する。

 

『海神境界ニライカナイ、起動成功しました』

 

 深いブルーの壁が、一転して透明になる。

 結界があると分からなくなった。

 モリガン一団の姿はもう見えない。

 彼らは、壁の外で右往左往している事だろう。

 

「やった!」

 

 俺は空いてる方の手で、景光とハイタッチした。

 

「これで外国の侵略を気にしなくて良くなりましたね!」

「それはどうかな」

 

 景光は嬉しそうだが、俺は苦笑する。

 

「一国で閉じこもっていたら、文化が衰退して滅びるだろ。国を成長させるには、他国と交流しないといけない。御門さんが言っていた通りだ」

 

 長期的な視点で言うと望ましくない。

 だが今回は、大神島の周囲でドンパチは避けたかったから、これでいい。

 

「それにしても、これ起動させていたら、古神操縦者が常に霊力を消費する仕組みなんだな」

「俺が負担します。響矢さんにもらった霊力ですから」

「当分は、そうしてもらえると、助かる……」

「響矢さん?!」

 

 途中でぶっ倒れた。

 景光の奴は元気だな、と、どうでもいい感想を抱いたのを最後に、俺の意識はプツリと途切れた。


 

 

 

 輸血のように大量の霊力を渡したので、体調が悪くなったらしい。

 昏睡状態に陥った俺の代わりに、御門さんと景光が後処理を頑張っていた。

 

「本当に霊力が半分になってしまうなんて……申し訳ありません!」

「景光、病室では静かにな」

「すみません!」

 

 声が大きいよ。

 俺は、VIP待遇で個室に入院させられていた。

 目が覚めた直後に美人ナースのコスプレをした咲良(アマテラス)にのしかかられ、うっかり道を踏み外しそうになったのは秘密だ。

 狸は、俺の腹の上にうずくまり、ひたすら見舞いの果物を俺の代わりに食っていた。

 まあ林檎は好きじゃないから、別にいいけど。

 

「今は、お前の方が霊力高いからなー」

「もらった霊力なので、自分の成果だと思えません……」

 

 景光は恐縮しきりだ。

 棚ボタで強くなったんだから、喜べばいいのに。

 

「響矢さん、このまま引退しちゃったりしないですよね」

「え? 引退も何も、今は戦う相手はいないだろ」

 

 ヒルコ+コンゴウの結界が強力過ぎて、世論は鎖国に傾いているらしい。

 どこの国にも作れない結界が作れるのだから、他国と交流する必要はないという意見さえ出ているようだ。

 

「響矢さんにもらった霊力で、俺が保たせているだけです。結界が永遠に保つ訳じゃない。なのに、世間の人たちは、この平和な状況が永遠に続くと考えているようで」

「……」

「俺がもらった霊力は、久我家が代々犠牲を払って伝えてきたものでしょう。誰かが犠牲にならないと、世界は平和にならないんでしょうか」

 

 シリアス過ぎる悩みだ。

 考えたって答えは出ないのに。

 

「景光、とりあえず、お前、彼女を見つけろ」

「は?」

「女の子はいいぞー。癒やされるぞ」

「響矢さん、ふざけないで下さい」

 

 真面目な景光はプリプリ怒って、帰っていった。

 

「客人は帰ったか」

 

 病室に一人になった後。

 カーテンの陰から、ひょっこり咲良が頭を出した。

 正確には、咲良の振りをしたアマテラスだけど。

 ナースの格好は止めろと言ったから、紅白の巫女衣装に着替えている。巫女さん咲良もなかなか可愛い。

 

「うん……アマテラス、そろそろ答え合わせをしないか」

 

 戦いが終わった後、話をしようとアマテラスと約束をしていた。

 

「その言葉を待っていた」

 

 アマテラスは、上体を起こした俺の隣、ベッドの枕元に腰掛ける。

 ふわりと甘い花の匂いが漂って、俺はドキリとした。

 

「さあ、聞かせておくれ。娘を返す代わりに、私に何をくれる?」

「その前に、あなたの正体を聞かせて欲しい」

 

 俺は、アマテラスの真紅の瞳を見上げた。

 途方もない年月を経てきた深い眼だと思った。

 刃向かう者を皆殺しに苛烈な残虐さも、慕う民衆を見守る慈悲深さも、好奇心の赴くまま俺の行動を楽しむ気まぐれも、すべて彼女の一面に過ぎない。

 

「あなたは久我家の祖先で、古神操縦者だった。違うか?」

  

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