託されたもの
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─────昔々、
竜と人が仲良く暮らしていた時代。
あるところに1匹の竜がいました。
その体は黄金色にきらきらと輝いていました。
そしてまたあるところにひとりの少女がいました。
気立てのよいとても優しい少女でした。
竜と少女は西日の強い丘で出逢い、そして恋に落ちました。
竜と人との決して実らぬ恋。
けれどそんなふたりを神さまがかわいそうに思ったのか、奇跡が起こりました。
少女が竜の喉元にある鱗に触れたとき、ふたりはまばゆい緑色の光に包まれ、少女は新しい命を身ごもったのを知ったのでした。
そして月が満ちると、金色の髪のかわいい男の赤ん坊が産まれました。
その男の子はすくすくと育ち、立派な青年になりました。
彼は村のために一生懸命働き、村はどんどん大きくなっていったのでした。
やがて彼は村の長になり、国の王さまとなり、宝石の王さま、また、金色の竜の王さまとも呼ばれ、みんなに慕われたのでした。
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* * *
「おい、お前たち、オレの仕留めた竜を見たか! あんな程度の竜に手こずってるなんて、国王の兵士様だか何だか知らねぇが、聞いて呆れるぜ! オレに任せとけってんだ、なあ? ガハハハハ!」
「オレ、じゃなくて、わたしたちでしょ? わたしがいなかったら、今あんたが酒瓶を持ってるその左手、なくなってたわよ」
「まあ、こまけぇことは気にするな! ガハハハ!」
人であふれかえる店のど真ん中のテーブルに陣取り、ひときわ盛大に酒盛りをしているグループがあった。なんでも、今までで一番大きな竜を倒したとかで、昼間から噂になっているそうだ。
「…まだやってたのね、あの人たち」
そんな彼らの姿を横目に、店の片隅のテーブルにつき、皿の上の豆をつついている女の姿があった。その横顔は心底うんざりした様子で、おまけに「面白くない」などと呟いている。
そう、彼女の名はアイリ。その顔からあどけなさは消え、すっかり大人びた表情をしていた。
みずから光り輝いているような金髪に、透き通った海の底を見るような深く碧い瞳、整った顔は誰が見ても美しいと感じた。
アイリがこの街に来てから、すでに3年が経っていた。
正式に王都の兵士として迎え入れられ、朝から晩まで訓練に勤しむ日々を送っていた。兵士の中に少女がいると噂になり、街ではよく知られた存在だったが、もし旅人が街で彼女とすれ違ったとしても、まさか兵士だと思う人はいないだろう。
アイリがここ王都グリプトにたどり着いた日、街は前例のない赤い竜に襲われた。その竜を取り逃がしたあと、まるでその赤い竜に続くかのように、街にはいろいろな竜が現れ、その頻度も高くなっていった。そして現れる竜のいずれもが、これまでによく知られていた竜とは違って、予測不能な行動をとり、フローレスを中心に、常に作戦の練り直しを行っていた。
今では街の兵団の指揮権限は国王からフローレスに委譲され、街の安全はフローレスの手にかかっていた。
一方、街の周辺の森といわず荒野といわず、ここでも竜が多く闊歩するようになっていた。
街は兵士たちが守るが、それ以外の場所にいる竜にまでは手が回らず、それらの竜は誰が倒してもよいという暗黙の了解があった。また国にとって重要な拠点、街に危害を与えそうな竜退治には報奨金が出され、そのため、街にはその報奨金目当て、あるいは力試し、はたまた名誉欲などから、竜退治に挑もうとする腕に覚えのある者たちが集まるようになり、街はかつてないほどの賑わいをみせていた。
「まあ、そうむげにするなよ。竜を倒したことには変わりないんだし、何か有益な情報が引き出せるかもしれないじゃないか」
アイリに向かい合って、そうたしなめる、赤毛でそばかすの男はザハドだった。彼もアイリと同じく立派な青年になっていた。
アイリはもはやひとりでも兵士として立派にやっていけるが、国王からの指示もあり、今でもパートナーのひとりとしてザハドと行動を共にしていた。そして休日にはたまにこうして一緒に食事をとることもあった。
「でも遊びじゃないのよ」
「それはわかってるよ。けどさ、彼らがいないと、我々だけじゃとうてい手に負えないじゃないか」
「だから、それを何とかしなくちゃって話でしょ」
アイリは皿の上の豆にフォークを突き立てたが、そこからするりと逃れた豆が、コロリと転がって床に落ちた。
豆の落ちた先を目で追っていくと、膝下まで編み上げた皮のブーツに当たって止まり、そこにひとりの白い服を着た男が立っていた。紫の髪をなびかせ、安い食堂には場違いなきらびやかな風貌の男。フローレスは3年前と何も変わっていない。唯一変わったものといえば、国王の王位継承が現実的になってきたというその立場だった。
「アイリ、探したぞ。ザハドも一緒か、ちょうどよかった」
「フローレスさん、何でしょう?」
「急な話だが、今から城に来てくれないか?」
「お城に?」
「ああ、詳しくは向こうで話す。ザハドも来てくれ」
「わたしもですか?」
「そうだ」
「わたしちょっと着替えてきます」
「そのままでもいいが…そうしてもらえると助かる。確か部屋はここから近くだったな」
「はい、すぐ支度してきます」
「しばらくここで待つとしよう…」
店は次期国王が入ってきたにもかかわらず、相変わらずの喧騒に包まれ、フローレスもそのことに心地よさを感じていた。彼は街の人に対しても分け隔てをすることはなく、多くの人々から慕われていた。
「お、これはフローレス王子さま。こんなところにいらっしゃるとは珍しいですね」
「やあ、店長久しぶりだな。元気でやってるか?」
「ええ、王子さまのおかげさまで、最近は客入りもよく、店の中に入りきらない始末です」
「それはよかった。ただ王子という呼び方はやめてくれないか? 昔のように呼び捨てでいい」
店長は「さすがにそれはできない相談ですよ」と笑った。
「…王子だと?」
先ほどから店の中心で息巻いている男がフローレスに近寄ってきた。
「あんたが次の国王になる男か?」
「…まあ、そういうことになっている」
フローレスは少し困った顔で答えた。
「へぇ、あんたがね〜。街もまともに守れないくせに、いいご身分だな」
「おい、無礼だぞ!」
ザハドは立ち上がり腰の刀に手を掛けたが、フローレスは笑ってそれを制した。
「それは申し訳なく思っている。まだまだ我々は力不足だから、そなたらの力が必要なんだ。聞くところによると、あの大きな竜を倒したそうじゃないか。これからも力を貸してくれないか」
「ま、そんなに頼まれちゃ仕方ねぇ。オレがいれば竜なんてわけないからな。ガハハハ!」
男はテーブルに戻ると、「王子に頼まれちゃってよう」などと陽気に話しながら酒をあおっている。
「お待たせしました。…ん? 何かあったのですか?」
「いや、別に。それじゃ行こうか。店長、また来る」
「お待ちしてますよ。今度はゆっくりしていってくださいな」
* * *
「アイリを第4兵団の団長に任命する」
国王の部屋に着いて早々、アイリは小さな勲章を渡された。
国王はこの1年のうちに急に年老い、両脇を支えられながらやっとのことで立っていた。
「アイリ、頼んだぞ…」
その声にも以前の張りはなくなっていた。
「はい、承知いたしました。王さま」
アイリは勲章を胸に敬礼すると、壁際へと下がった。
この3年間、アイリの兵士としての成長は目覚ましく、今ではひとつの兵団のまとめ役を任されるまでになっていた。
おもに相手を撹乱させておびき寄せるのが目的の第4兵団。必要とされるときに各兵団から選ばれた兵士で構成され、少数精鋭で捨て身で突っ込んでいく。
陽動作戦がおもな目的ではあるが、そのまま竜を倒して名を上げようとする者も多く、実際にひとりで竜を倒してしまう猛者もたくさんいた。
第4兵団に選ばれることは、この上ない名誉だとされ、選ばれた兵士もみなそれを誇りとしている。
しかし一方で、選ばれる兵士はみな個性的で、ひとクセもふたクセもあり、エキセントリックな個性と個性がぶつかり合う兵団の内情は、なかなかに混沌としていた。
アイリはそのまとめ役を任されて半年が経っていた。
彼女のここまでの道のりは、当然のことながら困難を極め、自分に課した訓練の苛烈さもさることながら、実際の竜退治の現場において幾度も命の危険にさらされた。こうしてのし上がってきたのが並大抵の努力の賜物でなかったのは、すでに伝説のように語り継がれ、歴戦の兵士も一目置いていた。
そんな彼女をこの兵団のまとめ役に選んだのはフローレスだったが、誰もが納得する人選だった。いや、強烈な個性をもつ兵士たちをまとめるのは、彼女をおいて他にいなかった。
アイリは実質的に第4兵団のリーダー的存在になっていたが、それがこのたび、国王から正式に認められることになったというのだった。これは明らかに異例のことだった。
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