第35話:理解者

屋上で昼休みを過ごした後、三波君とは話す機会が得られなかった。なんだか露骨に避けられてしまっているような気がする。


はあ、やっぱり彼がそうなんだろうか。あの赤い目をした男を見たときの感じとこの前助けてもらった時に三波君の目を見たときの吸い込まれそうな感覚は同じだった。ただ、前者の場合は少し冷たく、後者は優しい感じだったが。

ちゃんと確かめなければいけない。


でも私はどうしたいのだろう。確かめて彼があの仮面の人物だったとしてどうするのか。彼を捕まえて協会に連れて行くのか。

彼は日常を壊したくないのかもしれない。そんな彼を追い詰めて白日の元へ晒す意味はあるのか。

それは魔術師としての使命か、それとも本当の彼を知りたいだけなのか。私と同じで本当の自分を偽っているのだろうか。

この感情の正体は──


「はあ...」


「?どうしたの、ため息ついて珍しいね?」


自分でも無意識のうちにため息が漏れていたらしい。

雫に聞かれてしまった。


放課後、私と雫、雅と由里子でカフェに来ていた。それも以前八代君達のグループに遊びに誘われたことを話し合うためだ。もちろん、断る方向ではある。

ただ、それを許してくれない彼をどう説得するかについて話すためだ。


「ううん、えっと三波君と中々話してもらえなくて...。なんか避けられているような気がするの」


気がするではなく、確実に避けられているのだろうけど。

つい聞かれたのでぼやくように答えてしまった。


「えっ?えっ?なんで?真白ちゃん、あ、新に何か用事でもあるの!?」


「ほうほう、それはなんだか怪しいですな?」


「何何?私にも聞かせて!!」


しまった。雫は...。

みんなが一斉にこちらに詰め寄ってくる。


「い、いや、少し三波君と話したいことがあったから...。ただそれだけだから!!」


「ふーん、でもその人ってこの前、真白が振った人だよね?なんでまた話したいの?」


「ちょっと、由里子!」


この話は、本人の幼馴染である雫の前でするような話ではない。

ましてや彼女は彼のことが好きなのだ。今まで彼女の前では避けていた話だ。


「い、いいよ。大丈夫だから!私も気になるし...ね?」


「そう...?実は少し彼のことで気になることがあって...」


「気になる?やっぱり気になるんだ!三波のこと!一度告白されて気になり始めたってやつかね?」


雅がニヤニヤしながら聞いてくる。その言葉に少しだけドキリとしてしまったのも事実だ。


「き、気になる...?」


急に場の温度が下がった気がする。雫がなんだか恐い...

私は慌てて弁解する。


「だ、だから!そういうことじゃなくて!昨日、夜に何してたか聞きたかっただけなの!」


「え?なんで昨日の夜なの?何かあったの?」


どのように言えばいいか分からない。魔術のことなど以ての外だし、理由の聞かれても答えることができない。


「ちょっと、昨日夜遅くに彼に似た人を見かけたから。何してたのか気になってね...」


「昨日の夜?確かに昨日は新の部屋もリビングも電気消えてたかも...何してたのかな?私も気になる!」


なんか本来の目的からだいぶ話が逸れてしまった。


「雫が知らないならこの話は終わり!それより本題に入りましょ!」


雫も知らないようなので私は無理やりこの話題の終わらせることにした。


「ええ!つまんなーい!」


「なーい!」


私は終わらせたいのだが、雅と由里子の二人が逃がしてくれようとしない。


「まあまあ、二人とも!確かに気になるけど、八代君の方をどう断るかも大事だよ?それに新には私から聞いておくからね?」


どうにか雫が二人を収めてくれた。本当は雫もきっと気になるだろうに。

そこからみんなで八代君の説得する方法を話し合ったのだが、結局具体的な案はまとまらなかった。

一番面識のある私が直接断ることとなったのだ。


気が重い。彼とは先日の不審な男を捕らえる際、揉めている。支部に戻ってからもこちらとしては和解はできていないのだ。それどころか彼はそんなこと気にも留めない様子でこちらに話しかけてくるのだが。



みんなと別れた後、私は本屋に寄った。私の好きな作家の新作の小説が発売されたことを思い出したからだ。

目的の本を見つけた後、私は他にも面白い本がないか見ていた。

一つ気になる本があった。

「宇宙創生期」

なぜだか分からない。宇宙のことなど全く興味がないというのに。それにも関わらず手を伸ばしてしまった。


「あ!」


誰かと手が重なった。私の他にこの本に手を伸ばした人物を見遣った。


「すみません...って三波君?」


「あっ...高崎さん?」


同じ本に手を伸ばしのは、あれから話したくても話せなかった三波君だった。


「あ、えっとじゃあ俺はこれで!」


まただ。また三波君は逃げようとする。


「ま、待って!よかったらこの後ちょっと話さない?」


「いや、えーと...」


「お願い!時間は取らせないから!」


私が多少強引に三波君にお願いをすると彼は諦めたように了承してくれた。

それから私と彼は、近くにある公園へ立ち寄った。

そして公園にあるベンチに二人で腰掛ける。


「.....」


「.....」


私から誘ったにも関わらず躊躇してしまう。そしてお互い気まずい無言が流れた。

聞かなければ。あの日何をしていたのかを。そうじゃないとこの感情に整理をつけられない。


「あの日、夜どこにいたの?」


「え?えーと、確かずっと家にいたよ?」


嘘だ。彼は嘘をついている。なぜなら、私はとしか言っていない。それに雫もずっと家にいなかったと思うと言っていた。


「嘘だよね?私はあの日しか言ってないよ?」


「え!?いや、あの.....」


私の言葉が彼を追い詰めて行く。

燻っていた疑念が確信に変わる。彼も私が聞かんとしていることに気づいているだろう。


「なんで嘘つくの?三波君が...三波君があの仮面の人なの?」


聞いてしまった。話の核心に触れる内容だ。

三波君を緊張の面持ちで見つめる。本当はここまで聞くつもりはなかったのに。


「...そうだよ」


彼は目を逸らしながらも意外なことに認めてしまった。否定すると思ったのに。否定してくれると思っていたのに。

でも単に実力のある魔術師であれば。そんな期待を元に問答は続く。


「...どうして?どうして黙っていたの?なんでオウムを倒していたの?」


「...山の封印を解いてしまったから」


私はその答えに絶句してしまった。封印を解いた?じゃあ、彼が教団の関係者?

でもそれだとおかしい。教団の目的とオウムを倒すことが結びつかない。

なぜ教団の者がオウムを倒す必要があるのか。

もしかして彼は。一つの疑いを元に質問、もとい尋問を行う。


「オウムを倒していたのは魔術?」


「いや、魔術じゃないよ」


魔術じゃない?彼はこの前結界を張っていたはずだ。それも高等な。


「魔術じゃないなら、その力は何?」


「これは...その...ごめん。俺にも分からない。ただ、家に門が...っ!」


門がどうしたんだろうか?彼は必死に左手を抑えている。


「.....ごめん、言えない」


全く意味が分からない。明らかに魔術を使っているというのに魔術じゃないという。でもその力の内容は言えない。

これじゃあ彼のことを信じたくても信じれない。


やっぱり彼は、信じたくないが教団の関係者なのかもしれない。教団は魔術でない能力の開発に力を注いでいたということを聞いたことがある。

その力をオウム相手に実験していたのだろう。


そしてまた、別の疑問が湧き上がる。

じゃあ、あの告白は?あれは一体なんだったの?なんで私はあんなに悩んでたの?

怒りよりも悲しみの方がはるかに多かった。

彼が単純に実力を隠している魔術師であればよかった。そう思わずにはいられなかった。


「嘘だったの?」


「...え?」


「あの告白は、協会の関係者である私に近づくための嘘だったのっ!?」


感情のうねりをせき止められなかった。目から出る大粒の涙が止まらない。なんで私は泣いているんだろう。なんでこんなにも悲しいんだろう...


「ちがっ」


「もう三波君のこと信用できない。三波君、あなたを拘束します」


そうか。私は期待していたのだ。彼が私の理解者になってくれることを。

私は涙を拭い、彼の言葉を跳ね除けた。立ち上がり、簡易結界の魔術を展開する。

私一人で拘束できるとは思えないが、教団の関係者ならやるしかない。たとえ刺し違えることになってもだ。


「ッ!高崎さん、危ない!」


視界が暗転した。大きな音だけがその場に反響した。

目を開くと私は三波君の腕に抱きかかえられている。

そして先ほど私が立っていた場所には大きな穴が空いていた。

私はその大穴を見たとき、背筋が冷たくなった。

三波君に助けられなければ今頃、私に大穴が空いていただろう。


攻撃を受けた方向を見るとそこには、いつ間にか現れたオウムが立っていた。

全く気づくことができなかった。


「ごめん、高崎さん立てる?」


彼は私の返事を聞く前に、私を解放し立たせた。

そしてオウムの方向に向き直った。


「!?」


一瞬だった。一瞬のうちにオウムを葬りさった。

オウムは自分が事切れたことに気づく暇もなく粒子へと還っていく。


私はその場にぼーっと立ち尽くすことしかできなかった。


「ごめん、高崎さん」


彼は謝るとその場から目にも止まらないスピードで立ち去ってしまった。

未だ脳も混乱している。

なんで彼は私を助けたのだろう。教団の関係者なら私を助ける必要はないはずだ。


彼は本当に教団の関係者なのか。違うのか。


もうわけが分からない。頭がぐしゃぐしゃだ。

どうしていいか分からない。彼のことを報告すべきか。黙っておくべきか。

立ち去る時の彼の悲しい顔が頭から焼き付いて離れなかった。


その後、私は更なる悲報とともに協会に緊急事態として呼び出されたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る