第40話 candy
リーグ戦折り返しの節目。
2位バルセロナと13位レガレスとの再戦は、国内メディアの注目を一身に集めていた。
前回の対戦では、昇格組であるレガレスが“神の子”ライオネル擁するバルセロナを前半で2点差に追い込み、世界を驚かせた。
だが終盤に1点を返され、辛うじて逃げ切っただけに過ぎなかった。
そして今、舞台はカンピ・ナウ。
バルセロナの牙城に乗り込むアウェー戦だ。
敵地の圧力。
序列という無言の優位。
それでもヨハンは、己の選手たちの心の奥底に芽生えた“ある感情”を知っていた。
──恐れではない。
それは「もっとやれる」という、手応えだ。
⸻
「今回は“鏡”では勝てない。
我々は“鏡の外”から殴りに行く。」
ミーティングルームに集まった選手たちを前に、ヨハンは静かにそう言った。
前回バルセロナ戦で用いた“中盤の密集+外幅型プレス解除”戦術は、想定以上の効果を発揮した。
だが、バルセロナはもうそれを知っている。
同じ手は2度と通じないであろう。
加えてライオネルとシウバの関係性が、目に見えて強化されていた。
だからこそ、ヨハンは新たな答えを用意した。
「今日からは、“ペンドラム”を用いる。」
ホワイトボードには、流れるような線と矢印。
そこには「3-2-4-1」を基本にしつつ、守備時には5-4-1へと“振り子のように”変形する構造が描かれていた。
その“揺れ”の中で、LWGのヴィセンテとRWGの稲垣が浮き上がるように配置されている。
中盤には、中村とリューラ。
「中村とリューラが振り子の支点となり、
ヴィセンテと稲垣が自由落下の加速を生む。
そして……」
壁に映された映像は、ライオネルとシウバのコンビネーション。
「この2人に、“最も不快な時間”を与えよう。」
ヨハンの視線は冷たく、鋭かった。
⸻
「……ライオネルやシウバに勝てる日なんて、来ると思ってる?」
ピッチへのトンネルで、稲垣がヴィセンテにぽつりと聞く。
最近のあの2人のコンビネーションは凄まじかった。
元々のパスを繋いで崩していくスタイルに
彼らは即興でゴールへの道筋を組み立てる。
その閃きやリズムにDFはついていかないで
失点してまうのであった。
ヴィセンテは珍しく黙っていた。
その横で、中村がやや口を歪めて笑う。
「勝つかはわからない。でも──黙らせることはできる。1プレーだけでもな。」
中村の言葉に、ヴィセンテの目が鋭くなる。
⸻
試合開始の笛。
序盤、バルセロナは支配的にボールを回す。
ライオネルはボランチの位置にまでゆっくりと下がって辺りを見回していた。
トーレス、アロンソを中心にしたボール回しと流れるようなポゼッションに、スタジアムの拍手が自然と響く。
だが、レガレスのプレッシングは無理に奪おうとはしない。
あくまで、「奪われたくない場所」へと誘導していく。
そして、“罠”が発動する。
前半9分。
中盤で中村があえてパスコースを空け、ナダルが縦にボールを入れる。
そこへリューラがカットに入り、一気にカウンター。
右の稲垣が一気に加速。
マーカーを背負いながらカットインし、ミドル!
──だが、GKバルデスの鋭い反応。ボールは弾かれる。
「惜しい!! あの稲垣の加速……たまらないですね!」
「そして今のは……リューラと中村の“誘導罠”が効いてましたね」
しかしその直後。
逆襲を受ける。
ライオネル→シウバ→ペドロのスルーパス。
瞬間的にレガレスの左SB裏を突かれる。
中に入ってくるのはアロンソ──
「っ、内川!!」
自陣深くにいた内川が全力で戻り、ギリギリでスライディング。
シュートはかろうじて枠を外れる。
ヨハンは小さく頷き、スタッフ達と話す。
「内川が、ようやく“遅れてくる正解”を選べるようになったな。早すぎるとその裏を取られる。いないと見せかけて、油断させるその瞬間が勝負だ。」
⸻
前半31分。
中村が中盤で浮き球を受ける。
右にパスするふりをして、ノールックで左へ逆サイド展開。
そこにはヴィセンテ。
「いけ……!」
タッチ一つで抜き、もう一つで加速。
ジュニーニョの戻りも意に介さず、ボックス内に侵入。
ゴール右隅を狙って巻いたシュート……!!
──だが、ポスト直撃!
惜しくもゴールならず。
それでも、スタンドからは驚きの声と拍手が起こる。
それを見たシウバの目つきが変わるのであった。
⸻
笛が鳴る。
0-0。
スコアレスながら、緊張と攻防に満ちた45分だった。
ヨハンは選手たちを集め、ボードを示す。
「……次の45分、もっと多くの“遷移”が生まれる。
それを、先に読むのは俺たちだ。」
対するバルセロナのロッカールームでは、ライオネルが静かに言う。
「さすがヨハンのチームだな。
今日は、簡単には終わらない。──でも、そろそろ“仕上げ”の時間だ。」
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