第50話 第3次金門島攻防戦の終結

2022年1月9日(日)

金門島・水頭碼頭シュイトウ・フェリーターミナル


『撤退! 全員、一時撤退だ! 聞こえるか! まもなく回収用のヘリが来る! その時に迎えをよこす! それまで動くんじゃ無いぞ!』


 装甲車の中でガチガチと歯を鳴らしながら、ホン少尉はターミナルビルの中に釘付けにされている、『飛龍』部隊の小隊に呼びかけていた。


(なんだあれは……まるで悪魔だ……くそっ、台湾の悪魔どもめ!

 くたばれっ……くたばれ、くたばれっ! 全員、今すぐにくたばれ! 俺の部下をみんな殺しやがって!!)


 わずか数十分前のこと。彼は本物の悪夢を体験していた。


 金門県庁舎の屋上でブーン、という羽が鳴るような低い音を聞いたとき、ホン少尉と小隊の部下たちは季節外れのスズメバチでもいるのか、と思った。


 だが、その正体を確かめる間もなく、最初の爆発が起こる。

 狙われたのは、まさに台湾国旗を金門県庁舎屋上から引き下ろそうとしていた一級軍士長兵曹長である。ホン少尉にとってはもっとも頼れる部下が、突然、顔面を吹き飛ばされ、丸太のように倒れたのだ。


 敵国の旗が降りる歴史的瞬間を見つめていた小隊の面々は、爆風と血しぶきを浴びた。

 ヤケドの熱さを感じると同時に、一級軍士長兵曹長の肉体を構成していたものが体いっぱいに降りそそいだ。

 誰もが放心し、思考を停止した。耳鳴りがぐわんぐわんと響き渡る中で、第二、そして第三の『暗器』アンチイが突っ込み、さらに二人の兵士が命を奪われた。


 敵襲! とホン少尉は叫んだ。

 兵曹の一人は狙撃兵ジュジーショウ! と叫んだ。


 三回まわった死のルーレットから幸運にも生き残った小隊員たちは、思い思いに銃を構えて、ゴーグルに映し出される多機能センサーの情報に目をこらした。

 やがて空中に新たな3つの移動物体が探知された。

 中国軍の誇るヘルメットと一体化された多機能センサーは、直ちにその物体を低速ロケット弾と判断し、ゴーグル内に警告を表示する。


 物陰に伏せよう、と体を動かそうとすると、意外に速く飛来したその低速ロケット弾━━つまり、自爆のために突っ込んできた『暗器』アンチイがさらに三人の戦友を殺したのである。


(全滅する!……俺はそう判断したんだ!

 逃げたんじゃない! これは一時撤退だ……何も恥じることはない!

 だが! だが、俺は……あんな死に方をした仲間をそのまま置き去りにして……くそっ、くそっ……くそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!)


 この時点で屋上にあがった小隊のうち、生き残りはホン少尉を含めて3人だけになっていた。


 転げ落ちるように階段を走り、金門県庁舎の入り口で待機していた装甲車へ向かった。

 地面に真っ赤な華が咲いている。それが別の『暗器』アンチイに襲撃された運転兵であることにすぐ気づいた。

 飛び込むように後部の乗降扉から装甲車の内部へ逃げ込んだ。だが、そんなたった数秒の間にも、背後では新たな爆発音が聞こえた。


 逃げ切れなかった者が一人いたのだ。

 これで小隊の生き残りはたった2名になってしまった。


「くそっ……くそぉ……くそぉ……!!」


 ひたすらに悪態をつきながら、上陸部隊本部と通信を試みたが、なかなかつながらない。

 仕方なく、運転席へ移動すると、ホン少尉は自らハンドルを取って装甲車を発進させた。


 まだ『暗器』アンチイの正体を知らない彼は、新たな低速ロケット弾がいつ撃ち込まれるのではないかと怯えながら、金門県庁舎の正門を抜ける。


 何の追撃もなかった。

 だが、すぐに悪夢は終わっていないことに気づかされる。ふと銃声が聞こえたかと思うと、路上で空中へ向けて小銃を乱射している友軍の兵士2名に出会ったのだ。

 彼らは泰山の崖下で天女を見つけたときのように顔を輝かせて、ホン少尉の装甲車へ走り寄ってくる。


 だが、その時である。


(鳥だ)


 ホン少尉はそう思った。

 そんな程度にちいさな飛行物体が、友軍兵士の背後から急速に接近してくるのだ。


 そして、爆発音が連続して、2名の死体が道路にばったりと倒れた。

 背中を絶対零度の電撃のような感覚が走り抜ける。外の様子をうかがっていた生き残りの上等兵が『うぎゃあーアイヤー!』と絶叫する。

 泣き出してしまいたい気持ちを抑えて、ホン少尉は装甲車のアクセルを踏んだ。路上に倒れた戦友の死体を踏まぬようにするのが精一杯だった。


 つい15分ほど前に全員が余裕綽々で走り抜けた道を、たった2人で死の恐怖に震えながら戻っていく。

 信号の消えた交差点で、自分たちと同じように上陸地点へ戻ろうとする友軍の装甲車と衝突しそうになる。小さな覗き窓ごしに見えた運転兵の目は、ホン少尉と同じように恐怖の色で染め上げられている。


 水頭碼頭シュイトウ・フェリーターミナルまで戻ってくると、上陸時と同じように並んだZ-9汎用ヘリが見えた。

 ほっとする間もなく、地面に横たわるいくつもの死体を見つける。

 そのいくつかは頭がなかった。何とか首の先が残っている死体もあったが、熊が引き裂いたぼろぞうきんのようになっている。


「おい!! 聞こえるか、おい!!」


 装甲車の1台に目一杯横付けして、ホン少尉は叫んだ。


「聞こえたら返事をしろ!」

『味方か! そっちは無事なのか!?』

「俺たちは県庁舎へ向かった小隊だ! 敵の新兵器が襲ってきた! 俺ともう一人をのぞいて全滅だ! こっちはどうなんだ!! 通信もつながらない!」

『ここも敵の新兵器に襲われたんだ!

 恐ろしく素早い自爆ドローンだ! 外に出ていた奴は、ほとんど殺された! ターミナルビルと装甲車の中に逃げ込んだ奴だけがまだ生きている!』

厦門アモイの本隊には連絡したのか! 何も知らずに『飛龍』部隊の後続がやってきたら、大変なことになるぞ!」

『そこに通信車があるだろう! 誰かいないか!?』


 ホン少尉が周囲警戒用のモニタを確認すると、大きなアンテナを備えた通信車があ見えた。吊り下げて運んできたばかりなのか、すぐ隣にZ-9ヘリもいる。


(これは……ダメだ!)


 だが、ホン少尉はすぐに何が起こったのか悟った。

 通信車の周りにも、赤い花がいくつも咲いていたのである。軍服姿の首なし丸太が転がっていたのだ。

 おぞましい光景である。通信車といっても、すべての操作が機内から行えるわけではない。恐らく所定の手順で部隊通信を確立しようとしている際に、自爆ドローンに襲われたのだろう。


「ダメだ、みんな死んでいる!」

『くそっ……どうすればいいんだ!』

「俺に考えがある! いいか、俺が今から通信車ギリギリに横付けする! お前もこの装甲車を動かして、俺の正面をふさぐようにしてくれ!」

『どういうことだ……いや、とにかくやってみる! 位置は指示してくれ!』

「他の生き残りはどの装甲車にいる!?」


 すぐ右とターミナルビル側の2台だ、と声がした。

 ホン少尉は生き残りが逃げ込んでいる装甲車へおなじように横付けすると、作戦を伝えた。

 そして、通信車の外部オペレーションパネルのすぐ隣に装甲車を横付けにする。


「よし! 俺の前と後ろを横切る形で塞いでくれ! 隙間をつくるな! 通信車にぶつけていい!」


 みっちりとコの字型に三台の装甲車が並んだ。

 結果として出来上がったのは、通信車の外部オペレーションパネル手前、ほんの数十センチの空間だった。


 前も横も後ろも装甲車の車体にふさがれている。わずかに空が見えるだけだ。

 ホン少尉はその空間へ慎重に我が身を滑り込ませると、軍服の上着を脱いだ。


「おい、そっちも出て、上着を広げて掲げろ!」


 数名分の上着が即席のテントとなり、ほんの僅かな上部視界を遮った。

 ホン少尉の直感は正しかった。彼は何らかのセンサーやカメラによる認識で、敵の新兵器が攻撃していることを見抜き━━そして、装甲車やビルには無関心なことに気づき、『人間』としての自分の姿を隠すことにしたのである。


 恐怖に震える彼らは意識していなかったが、装甲車のエンジン熱が狭い空間にこもり、体温を隠す一種のフレアにもなっていた。

 水頭碼頭シュイトウ・フェリーターミナル付近は、依然として実に数百基の『暗器』アンチイによって監視されていたが、ホン少尉は攻撃対象とならないまま、本隊との通信に成功した。


「こちらは『飛龍』部隊、上陸先遣隊! 自分は金門県庁舎突入小隊のホン少尉であります!

 敵の新兵器自爆ドローンにより、人員の損害甚大! 繰り返す、敵の新兵器により人員の損害甚大!

 人間だけを狙ってくる恐ろしい自爆ドローンだ! 至急、対応手段を!!」


 本当は『撤退』という言葉を使いたかった。

 だが、いくら死の恐怖にさらされていても、彼は精鋭特殊部隊『飛龍』の隊員である。喉元まで出そうになっていた臆病者の言葉をなんとか飲み込んで、彼は状況を矢継ぎ早に報告する。


水頭碼頭シュイトウ・フェリーターミナルは味方の死体でいっぱいだ! 少しでも外部に身をさらすと、自爆ドローンに襲われて対応できない!

 指示を! そして支援をくれ! 早く!!」

『━━こちらは厦門上陸作戦司令部』


 緊張がうかがえる声で、対岸の厦門にある作戦司令部からの通信が戻ってきた。


『状況は把握した。残存人員は何名か』

「我々は装甲車に退避していて……ええと、全部で10名だ! ターミナルビル内にいくらか味方が残っているが、把握できていない!

 外で身を晒すと、すぐに襲われる! 状況を整理して……何? ああ……どうやらターミナルビル内には少なくとも300名が孤立している模様だ!

 金門島内へ進出した部隊の詳細は不明!」

『了解した。

 進出部隊については、ある程度把握している。水頭碼頭シュイトウ・フェリーターミナルの状況がわからなかった。

 本作戦は一時停止・・されることが決定した。迎えのヘリを出す。そのまましばらく待て』

「一時停止……だって!?」


 その表現にホン少尉は驚いた。

 駅のきっぷ売り場に『暫停服務』取り扱い停止とあるのを見たような、改装期間にはいった博物館の入り口に『暫停服務』ただいま休止中とあるのを見たような気分だった。


「馬鹿な! 撤退ということか!?

 増援と対応手段があれば、我々はまだ戦える! それをくれ! せっかく上陸したのに逃げ帰るつもりなのか!」

『少尉、作戦指示に従え。

 これは我々としても苦渋の決断なのだ。……大きな声では言えないが、金門空港へむかった部隊は勇敢に戦った結果、全滅した。

 最後の一人になるまで、敵自爆ドローンに応戦し、克明にその脅威を報告し続けた。

 少尉、作戦指示に従え。敵の新兵器には抜本的な対応が必要だ。これ以上、損害を出すことは得策ではない』

「了解……した」


 ホン少尉の胸には2つの思いがあった。


 これで助かるという安堵。一度は上陸した敵地を去らなければならないという悔しさ。

 そのどちらも偽りではなかった。命を惜しまず戦狼のごとく奮闘する勇気と、死に臨んで命が惜しくなる臆病は両立しえるのだ。


 それから撤収支援部隊が到着するまでの間、ホン少尉はターミナルビルにむかって、さらには金門島内に取り残された友軍に向かって、救出まで動かず待つように装甲車で走り回って呼びかける役割を買って出た。


 いくら外部に身をさらさなければ襲われないとはいっても、台湾軍がブービートラップやさらなる新兵器を配備していないという保証はどこにもなかった。


 それでも彼は一人でも多くの仲間を助けるべく命を賭けた。

 彼がこの戦いのあとに受け取った勲章は、プロパガンダの類いではない。正当なる勇気の対価と言えた。


「すまない……みんな。本当にすまない。だが、この仇はいつか必ず討つ!!」


 撤収の最終段階まで、ホン少尉は金門島の隅々を走り回って、友軍が残っていないか呼びかけを続けた。

 最後に金門県庁舎の前でしばし停車し、屋上の方向をじっと見つめると、彼は厦門市へ撤収した。


 台湾において『第3次金門島攻防戦』と呼ばれ、そして中国において『1・9金門戦台湾一味惨暴』と呼ばれる、戦史にも稀な上陸阻止作戦はこうして終わった。

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