第32話 再会

 ゴラス隊に異変が起きたとき、このようすはカメラで撮影され、見ているもの達がいた。


「ゴラス隊、日本軍に向かってつっこんでいきます」

「事前の工作は上手くいったようだな」


 ロシア軍の将校達が満足そうに微笑んだ。


「彼らのジャケット型装甲に施した細工は見事に働いたようだな。彼らは獲物を誘う餌なのだから、もっと目立つところにいてもらわなくてはな」

「そろそろ良いだろう細工のスイッチを切れ」


 ホイールが突然止まり、ゴラス隊のジャケット兵の多くはつんのめって転倒してしまった。何回も転げ回っているものもいる。勢いが強すぎてジャケットの姿勢制御装置の力でも吸収できなかったからだ。


『やっと止まった・・・・・・』

「全員無事か? 異常があったら報告しろ」


 ゴラス隊長は立ち上がりジャケットのコンソールを操作し、モニターを確認した。するとさっきまでの事が嘘のように、モニターが正常表示に戻っていた。

 モニターには仲間を表す白い光点の周りを無数の赤い光点が取り囲んでいた。

 赤い光点は敵を表す。


 立ち上がった彼らは周りを見回した。

 目の前に銀色の柱がある、見上げると柱だと思っていた者は巨大ロボットの足だった。ロボットの顔の部分にあるカメラレンズが日の光を反射させながらジャケット兵達を見おろしている。

 自ら飛び込んできた侵入者を観察しているようだ。

 ほかにも戦車やバギーが取り囲み、一両残らずその砲口をジャケット兵達に向けている。


『うわーーーーー!』


 恐怖に打ち震えた兵の叫び声が、ジャケットのヘルメットの外へ漏れ、辺りに響き渡った。


「まて、落ち着け! 攻撃するな!」


 日本軍は自ら無防備に飛び込んできたゴラス隊を警戒している。

 何か特別な策があるのではないかと攻撃をせずに観察している。

 ならば、無策がばれないうちにこのままやり過ごそうとゴラス隊長は考えた。


 ドガガガガ!


 断続的な発砲音が鳴り響いた。それはジャケット型装甲に標準装備しているガトリングガンAGD12だとゴラスにはすぐにわかった。

 仲間の誰かが恐怖に耐えきれずに引き金を引いてしまったのだ。

 その音を合図に日本軍が動いた。ロボット達が柱のような足を動かし歩き始めた。戦車がキャタピラを回転させ攻撃に最適な位置を探る。機関砲を積んだバギーが土煙を上げながらタイヤを激しく回転させ車体をスライドさせる。

 日本守備隊の後方に待機していたコンテナ車がそのボディーを開き、胴体にミサイルを抱えたドローンを空中にばらまいた。


こうなっては仕方ない、ゴラスは戦う腹を決めた。


「全員散らばれ! 高速移動して敵をかく乱しろ!」


 ついさっきまで勝手に暴れていた足のホイールは今は正常に機能している。全員それを使い高速移動して、砲撃の的になるのを防ぎつつ攻撃していた。ゴラス隊三十人に対して日本守備隊は、左手に大きな盾を持ち、右手にはガトリングガン、肩にはキャノン砲、背中には地対地ミサイルを背負ったロボット二十台、戦車四十両、自走砲四十二両、迫撃砲と機関砲を装備したバギー六十両が現存していた。そして空には無数の対地ミサイル装備のドローンが飛んでいる。多勢に無勢だった。 だがそれが逆に敵の陣地深く侵入したゴラス隊に対して、流れ弾による同士討ちを恐れ、守備隊は思い切った攻撃ができないでいた。


『うわーーーーーー! 隊長ーーーー! 助けてくださいーーー!』


 戦闘から逃れようとそこから離脱を図った者が、守備隊の車両に追いかけ回されその攻撃にさらされている。


「逃げるな! 孤立すると攻撃の的になるぞ!」

『ですが隊長! このままだといずれ足のホイールが焼き切れてしまいます!』 

「わかってる! ルーシー無事か!」

『はいゴラス隊長!』

「おまえの出番だ! トリガーを見つけろ! どういう方法でもかまわん!」

『しかし隊長! この日本軍のトリガーがモチダだとは限りません!』

「トリガーが誰なのかはこの際どうでもいい! そいつを見つけて殺さないと日本軍は止まらない。そうなると死ぬのは俺たちの方だ!」

『わかりました! やってみます!』


 トリガーを見つけて殺す。ここまで来て私にはその覚悟ができていなかった。しかし、ぼやぼやしているとゴラス隊の仲間が死んでしまう。私は無線を全チャンネルに合わせて大きく息を吸い込んだ。


『モチダーーー! 私よーーーー! ルーシーよーーーー!』


 私は力の限り叫んだ。

 今、交戦中の日本軍のトリガーがモチダだったとしてもこんなことぐらいで出てくるはずがない。私は彼を拒否したのだから。

 頭の中ではわかっていても今の私には叫ぶことしかできなかった。


『モチダー! 返事をしてーーーー!』

「ルーシー、あんただけが頼みっス!」


 戦いの最中の仲間にも彼女の叫びは直に耳で、あるいは無線を通して聞こえていた。

 日本軍の動きが変わった。砲撃または機関砲の攻撃が止んだ。そして彼らも移動速度に頼った攻撃方法に変えた。


『うわーーー! 奴ら体当たりしてくるーーーー!』


 日本軍は同士討ちの可能性のある砲撃を止めて、体当たりでゴラス隊の動きを封じる戦法に切り替えた。

 日本軍のドローン達は、この短時間のうちにジャケット兵達の動きを全て記憶した。彼らの進路を塞ぎ、あるいは誘導して行く先々で戦車などの装甲の固い車両が待ち構えていた。


 ゴラス隊が着るジャケット型装甲はそれほど柔ではない。一度や二度体当たりされたくらいではびくともしない。しかし中の人間はその衝撃に耐えられない。また、数度体当たりされているうちに、何をしてもかなわないのではないかという疑心暗鬼が芽生え、心が折れていく。


 全ての守備隊のドローン達はジュリコによる一つのシステムで統括されている。それ自体が一つの生き物と言ってもいいほどの連係を行う。個人個人でバラバラの動きをしているゴラス隊は一人また一人と無力化されていく。


 仲間が一人また一人と減っていく。それを見て私は叫ぶのを止めた。

 無防備に立ち尽くしているだけの私はただの的だった。

 戦車の一台が正面に陣取り、その砲口を私に向けた。


『危ない、ルーシー逃げろ!』


 無線を通じて仲間の警告が届いたが私は逃げなかった。

 ヘルメットを脱ぎ捨てコンソールを操作し、緊急パージのパスワードを入力した。全身のジャケットに火花が走り、体からはじけ飛んだ。

 私は黒いインナースーツだけの姿となり、残ったジャケット型装甲は足の一部だけになった。


 首から上を覆っていたインナーを脱ぎ捨て素顔をさらした。髪が自由を取り戻し戦場で生まれた爆風でそよぐ。


「モチダーーーーー!」


 両手を広げて再び叫んだ。


「モチダーーーーー! 私よーーーーー! ルーシーよーーーーー! お願いーーーーー!攻撃を止めてーーーーーー!」


 髪を振り乱し、肺が破裂しようとも喉が潰れようとかまわないという思いで戦場によく響くように大空に向かって叫んだ。


「モチダーーーーーーー!」


 ・・・・・・戦場にながれる時間が止まった。

 私に砲口を向けていた戦車はそこから火を噴かせることはなかった。

 大型ロボットが振り上げていた足が、ジャケット兵を踏みつぶす寸前で止まった。

 ジャケット兵を追いかけ回していたバギーがその場で急ブレーキをかけた。

 ジャケット兵にのしかかり、そのキャタピラーで装甲を削り取ろうとしていた戦車が止まった。

戦場を飛び回っていた飛行型ドローン達が固まったように空中のその場で停止した。


「ルーシーの声が届いたのか・・・・・・」


 ジャケット兵達は立ち上がれる者は立ち上がり周りを見回した。ドローン達は一斉に故障したかのように止まっていた。

 皆指示があったわけでもないが、動ける者は隊長のゴラスもいたこともあって私の元へ集まった。


 ドローン達に動きがあった。空中のドローン達がいずこかへ飛び去った。ロボットや車両達が隊列を組み直した。ジャケット兵達に背を向ける者もいて攻撃の意思はないようだ。

 戦車が移動したことによって下敷きになっていたフランツは自由を取り戻した。


「ふうっ、ルーシー様はマジ女神ッス」


 横一列に隊列を組み直した日本軍の中から戦車が一両前に進み出て、集まったゴラス隊の元へ近寄ってきた。

 止まると戦車は上部のハッチを開き、中から少年が出てきた。

 茶色い皮つなぎを着て頭にはドローンに指示を当てるためのヘッドセットを装着し、目の部分には透明なサンバイザーを着けている。


 少年は戦車の上に立った。


「やあルーシー久しぶりだね。戦場で無茶しすぎだよ、ここのトリガーが僕じゃなかったら死んでたよ」


 彼は頭のヘッドセットを外し、首にかけた。


「モチダ・・・・・・」


 私もジャケット兵の集団から一人抜け出て戦車に歩み寄る。

 彼も戦車から降り、私の前に立った。


「モチダ私たちはあなたを殺そうとしているの」

「知ってる。今日の戦いで世界中のトリガーがたくさん死んだ。アキバもゴスロリもホステスもオバチャンもリストラも死んだ。ルーシー、君は僕をおびき出すおとりとしてここに来たんだね」

「知ってるのになぜ出てきたりしたの!」

「ルーシーの顔が見たかったし声が聞きたかったからさ。忘れたのかい、僕は君のことを愛しているんだぜ」


 彼は柔らかく微笑んだ。八ヶ月ぶりに会う少年は少し背が伸び、大人びて見えた。


「馬鹿ね」


 私の涙腺が緩む。

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