次女と第二王子1
今日は土曜日。
いつものように教会の前に止めてもらった馬車から降りて、その門を潜った。
「あ!サヨお姉ちゃん!」
私を見つけた小さな女の子が二つ結びにした栗色の髪をぴょこぴょこさせながら近づいてきた。
「オリビア、おはよう。」
私は自然と顔が綻んだのを感じながら、オリビアの手を取り、彼女と遊んでいた他の子達も引き連れて礼拝堂へと向かった。
毎週土曜日は教会に足を運び、教会で引き取られている孤児の子供たちのお世話をしたり、礼拝や炊出しのお手伝いをしている。
決して慈悲深さから慈善活動として行なっているわけではなく、自分のため、だ。
教会では、屋敷ではできない料理や掃除を教えてもらえるし、何より純粋無垢な子供たちと過ごせる時間は自分にとって大きい意味を持っていた。
子供たちの前でだけは、「エステート公爵家の次女兼グレース王国第二王子の婚約者」という重い肩書きを忘れられる気がするからだ。
私は社交的な場があまり得意ではない。
クルミお姉様やアプリコットが公の場で苦無く立ち振る舞っている姿は見ると自分が情けなくなってしまう。
私はあの場にいると息が詰まる。
少し穿った見方をし過ぎているのかもしれないが、パーティや学園で接する方達は「私」という存在を見る前に、肩書を見て立ち振る舞いを変えている気がする。
もちろん人間として仕方のないことだと頭では理解しているのだが、どうしても気持ちが追いつかない時がある。
だから、何の損得も考えずに接してくれる子供たちとの時間は自分にとって掛け替えのないものになっていた。
午前中は礼拝のお手伝いやランチの準備、午後は子供たちと遊んでいるとあっという間に時間は過ぎる。夕方になると、家の馬車が迎えにきて、後ろ髪を引かれながら仕方なく教会を後にするのだった。
私の夢は「郊外の一軒家で子供たちに美味しいお菓子を振る舞うお母さん」になることだ。
しかし、グレース王国第二王子の婚約者である以上、ノア様が王の座に就いたら王妃の職務を担うことになる。
仮にノア様が国王にならなくても、ノア様の立場上、この王都を離れるわけにはいかないだろうから、どう転んでも叶わぬ夢だ。
クルミお姉様とリアム様、アプリコットとレオと比べると、私とノア様の関係はとても淡白なものだと思う。
ノア様に初めて会ったのは2歳の時。
正直その時のことは全く覚えていない。
自我が芽生えた時にはノア様の婚約者だったし、王妃になるための勉強も当たり前だった。
幼い頃、ノア様の婚約者として週に一回は必ず会う機会はあったが、お互いあまり話をする方ではないし、二人して上の兄姉の陰に隠れていた。
アプリコットとレオが自分たちの足で歩けるようになってからは、二人のあまりの破天荒さにいつも振り回され、面倒を見るので精一杯だったため、ノア様と二人で過ごした記憶はあまりない。
さらに中等部に入ってノア様が最年少で王族騎士団に合格してからは毎日訓練でお忙しくて、なおさら顔を合わせる機会は減ってしまった。
ただ、最近になって婚約者としての世間体があるのか、週に一回の面会が再開された。
今日は水曜日。
ノア様との会食の日だ。
宮殿に出向いた私はノア様と向かい合って、夕食を共にしていた。
「休日は何をしている」
ノア様が一瞬だけ目線を上げてと尋ねてきたので「土曜日は教会に通っていて、日曜日は絵を描いたり本を読んでいることが多いです」と端的に答えると、彼も「そうか」とだけ短く返事をした。
また二人だけの空間が静寂に包まれる。
「最近変わったことはあるか」
「変わったこと……」
静寂を破ったノア様の問いに何かあったかなと空を見つめて思案してから、答えた。
「最近教会でバザーの準備をしています」
「……バザー?」
彼が手元から視線を上げて、こちらを目で捉えた。
今日初めてまともに顔を見た気がする。
「はい。寄附いただいたものや、シスターや子供たちと作ったものをバザーで売るんです。」
私の言葉を聞いて納得したように「そうか」と返事をしたノア様に「もしよかったら」と声を掛けようとして、言葉を続けるか悩んでしまった。
ノア様は王族騎士団の副団長を務めている。
よく考えればご迷惑に違いないのに、と気軽に誘おうとしたことを悔いた。
「もしよかったら?」
言葉に詰まる私を見て、ノア様が先を促すように繰り返した。
「あ、いえ、お誘いしようかと思ったのですが、ノア様お忙しいですから」と独り言のように呟く。
「今週の土曜日はちょうど休みなんだ」
予想外の答えが返ってきて、咄嗟に「え」と素っ頓狂な声を上げ、彼の顔に視線を合わせた。
「今週の土曜日は休みなんだ。私も一緒に行ってもいいか」
表情を変えずに真っ直ぐにこちらを見据えているノア様に、気づいたら「はい」と返事をしていた。
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