第三十一話 断捨離
「……なんで、なんでこんなことになるの……?」
望遠鏡を覗き込んでいたユリアナは、ぶるぶると震えながら歯軋り混じりに吐き捨てた。
魔の森から十分に離れた、目立たぬ岩陰に停められた馬車。その窓から、ユリアナは自分の仕掛けた罠を観察していた。
あの悪役令嬢はここで死ぬかも知れないのだ。その最期を眺めて愉しみたいというのは当然の思いだった。魔物に踏み躙られてボロ雑巾になった姿を見て笑うつもりだったのに。
「なんで生き延びるのよ……っ!」
いや、生き延びてもいいはずだった。多くの騎士と冒険者を死なせた責任を取ってもらうつもりだった。悪役令嬢の罪をことさら主張するサクラもすでに用意していた。必ず勝つ勝負だった。
魔獣の群れなら、万が一にも防ぐことがあるかもしれない。だが、万の魔物を屠ることが出来ても、ドラゴンを退けることなど出来はしない。
ゲーム知識があり、紅蓮竜の存在を知るユリアナからすれば、連中が全滅するのはすでに定まったイベントの筈だった。
なのに、あの悪役令嬢は事もあろうにドラゴンを手懐けてしまった。
これではあの女を追及できない。むしろスタンピードを収めた英雄になってしまうだろう。
ドラゴンを手懐けるというのは、万の流言を覆すインパクトがある。
「あのドラゴン……主人公(わたし)のペットになる筈の癖に!?」
この世界の基になった『この愛おしい世界に慈しみを』には戦闘パートもある。その戦闘パートにおいて味方になるのがあの紅蓮竜だ。
「……こんなことなら、さっさと誑し込んでおけばよかったわ」
ゲーム知識があるなら、紅蓮竜を戦闘パートに先んじて味方にすることも出来たかも知れないが、ユリアナはついつい後回しにしていた。
理由は単純で、彼女は動物のペットが好きではないからだ。
「ちっ! 飼われることが存在理由の畜生風情が、主人公じゃなく悪役令嬢に尻尾を振るなんて!」
「わおおぉぉんっ!!?」
ペットにしていた馬車の御者をげしげしと蹴りつけて憤懣を紛らわそうとしたユリアナだが、怒りはまったく収まらなかった。
イライラしていると、馬車に近づいてくる人影に気づいた。
父親に勘当されて追い出されたオルドランドだった。
「オルドランド様!」
「おお、ユリアナ!」
馬車から飛び降りてオルドランドを迎えると、彼は取りすがるように跪いてユリアナの腰に抱きついた。
「ご無事で嬉しいですわ、オルドランド様」
「ユリアナ! 聞いてくれユリアナ! 父上が……父上がオレを勘当すると……」
「まぁ」
「どうしよう……オレはどうすればいいんだ、ユリアナ!?」
親に怒られ置いていかれた子供そのままの目でユリアナを見上げてくるオルドランド。
デカイ図体をして情けない男だと腹の中で嘲るユリアナだが、ことさら慈悲深い顔で彼の頭を優しく撫でてやる。
「気を落とさないでください、オルドランド様。お父様の本心を誤解してはなりませんわ」
「父上の本心?」
「勘当というのはオルドランド様を逃がすための方便に決まっていますわ。オルドランド様に生きて欲しいため、お父様は涙を飲んでオルドランド様を勘当して騎士団から遠ざけたのです」
「おお、そうか! そうだな! さすがはユリアナ! その通りに違いない!」
そんなワケあるか。
ユリアナはにっこり笑い返しながら胸中でオルドランドを嘲った。
だが、真実などどうでもいい。大事なのはこの男がすべてを失い、ユリアナの見解を真実として受け入れたということだ。
「オルドランド様が騎士としての本分を示せば、お父様もきっと勘当を解いて迎い入れて下さるでしょう。自慢の息子だ、騎士の鑑だと」
「そうかな? いや、そうだな。そうに違いない」
「はい、オルドランド様。それでその……少々ご相談したいことが……」
「なんだ、ユリアナ? 何でも相談してくれ。美しい女性の願いを聞き届けるのは騎士の本懐だからな」
「ええ、実は、馬車の御者の方が、わたしに厭らしい目を……わたし、怖くて怖くて……」
「なんだと!? 許せん! そんな不埒者は騎士たるオレが成敗してくれる!」
オルドランドは勢いよく立ち上がると、猪のように一目散に馬車へ向かっていった。
そして程なくして、男の断末摩の声が上がった。
御者の男……魔物のスタンピードを誘発させる魔道具『狂乱の笛』を横流しした男が消えて、ユリアナは満足げに微笑む。これで自分に繋がる線は断ち切られた。
「一匹減ったけど、新しいペットが手に入ったからプラマイゼロかしら」
ユリアナにとってペットとは、失わせて裏切れなくするものだ。可愛がって心服させるとか気遣って信頼されるとか、そういう動物の飼い方は論外だ。
個人の資質や魅力は遷ろうものだ。そんなあやふやなものに頼って飼ったペットなど安心できない。いつ裏切られるか心配するなどゴメンだ。
その点、人間は徹底的に失わせれば裏切らない。堕ちるところまで堕ちてしまえば、裏切りを企む余裕もなくなる。
「やっぱり飼うなら、人間の方がいいわ。しっかりと堕とせば、絶対に飼い主を噛まないもの」
血塗れの剣を手にした犬が褒めて貰おうと駆け寄ってくるのを、ユリアナは満面の笑みで迎え入れた。
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