第二十七話  侠気

「こいつは、また……」


 冒険者たちと合流して魔の森を回り込んだキリハは、大挙して押し寄せる魔物を迎え撃つ騎士たちの戦いを見て溜め息を漏らした。

 騎士たちは魔物を王都方面へ進ませまいと壁となっている。だが、たかが千人だ。数千、下手すれば万単位で暴走する魔物たちを押し止めるため、大きく広がった陣形は極めて薄い壁にならざるを得ない。

 今はまだなんとか堪えているが、何処かの防衛線に穴が開けば、ダムが決壊するように魔物のスタンピードに飲み込まれるだろう。


「ど、どうしようどうしようどうしよう!?」

「おろおろしてないでどうにかしろ」

「無理言わないでくださいよ!? こうやって人間の体になった以上、人間以上のことなんて出来ないんですから! 奇跡を起こしたくても出来ないんですよ!!?」


 慌てふためくジェラルドを睨むが、どうやらあの魔物の群れを一掃するような神の御業は期待できそうにない。

 キリハはやれやれと首を振った。


「まったく……しょうがないねぇ」


 抜き身の刀を片手に歩き出したキリハに、冒険者たちが慌てて声を掛ける。


「姫姐さんっ!? いったい何処に行こうっていうんですか!?」

「決まってるだろ? あそこだよ、あそこ」


 キリハが刀の切っ先で騎士団の防衛線を指し示すと、冒険者たちが「無茶だ!」と声を張り上げる。


「魔物のスタンピードに突っ込むなんて正気じゃない! 本来なら街の外壁を利用した持久戦で凌ぐ代物なのに!」

「しかも何で騎士団の連中を助けに!?」

「そりゃあ、あの連中が頑張ってるからさ」


 キリハの瞳の先では、騎士たちが必死に戦っている。

 隣の戦友が倒れると、その分まで戦おうと勇猛に剣を振るう。

 深手を負った者は、下がるくらいなら一匹でも多く道連れにしてやると血を撒きながら戦っていた。

 逃げようとする者は誰もいない。彼らは覚悟を決め、王都の為に捨て石になることに納得している。


「あんなのを見せられて逃げたら、女が廃るじゃあないか」

『…………』

「じゃあな。ビールはギルドのあたしの口座から引き落として勝手に飲んでくれ」


 軽く手を上げて別れを告げると、キリハは片手に名刀ヨシカネ、片手にジェラルドを引っ掴んで突撃した。


「わぁぁぁああああああっっ!!? なんで僕までぇぇぇぇえええっっ!??」

「仮にも神様だろうが! ほれ、さっさとチートでも何でも使って一発かませ!!」

「僕は神様なのにぃぃいぃいいいいっっ!!」


 泣き言を叫びつつ、ジェラルドは大規模な爆炎魔法を魔物の群れの横っ面にぶち込む。そのわずかな楔に向かって、キリハはヨシカネを振り被って切り込んでいく。


「しゃあああ!!」


 四本角の牛の首を落とし、両頭の大蜥蜴の胴体をぶった斬る。

 キリハは狂乱する魔物を撫で斬りにしながら騎士団の防衛線に合流した。


「助太刀するよ!」

「貴様は……一体何のつもりだっ!?」


 騎士たちがキリハの姿を見て目を見張る。

 まさか冒険者が加勢に来るなどと予想していなかった。ましてや、騎士団と冒険者の諍いの中心ともいえる人物が。


「義を見てせざるは勇無きなり、ってね」

『…………』

「あたしは覚悟を決めた漢に弱いのさ。特等席で見物しなきゃ、勿体無いじゃないか?」


 魔物を返り血を浴びながら、キリハは騎士たちににやりと笑い掛ける。

 騎士たちは言葉を詰まらせた。自分たちの覚悟をこうも真っ直ぐ認められるのが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。

 自分たちの覚悟は尊いものだ。自分たちは自分を誇って死ねるだろう。そう確信させてくれる、真っ直ぐな笑顔。

 騎士たちの胸が熱く滾る。そうとも、自分たちは誇り高き騎士だ! 自分たちは覚悟を決めた漢なのだ!!


『感謝する!!』

「いいってことさ!」

 

 笑い合って、キリハと騎士たちは一緒になって魔物たちに斬り掛かる。

 戦意を滾らせた騎士たちの勇戦は目を見張るものがあった。濁流のごとく襲いかかってくる魔物に対し、彼らは一歩も引かず剣を振るい続ける。

 だが、それも一時のこと。

 勇猛な騎士も数の暴力には勝てない。全く緩まない濁流に、今まさに飲み込まれようとしていた。


『待てやこらぁぁあああああっ!!』


 今にも決壊しそうな騎士団の防衛線に、次々と冒険者たちが飛び込んでくる。

 濁流を掻き分けるように飛び込んでゆくと、彼らはとにかく動き回って目につく魔物を片っ端から屠ってゆく。


「……馬鹿どもが!」

「姫姐さんには言われたくないぜ!」

「騎士共だけに良いカッコさせたら、冒険者が廃るってもんだ!!」


 罵倒するキリハに、冒険者たちは軽やかに笑いながら、命を捨てて魔物へ斬り掛かってゆく。

 自由を信条とし、自分の力を頼みに生きる無頼。だからこそ、彼らは頼り甲斐のある誰かを、生き甲斐を与えてくれる誰かを必要としている。

 彼らはキリハにそれを見た。

 それはカリスマ性とは少し違うだろう。寄る辺のない無頼たちが命を賭けるに値すると信じられる生き方――侠気、と呼ぶべきものであろうか?


「オレたちは冒険者だ!! よぉく見とけ! タマナシ騎士団共!!」

「……ほざけ! 野蛮な冒険者風情が! 貴様らこそ我らの覚悟をその目に焼き付けろ!」


 挑発し合い罵倒し合う騎士団と冒険者だが、彼らの顔にあるのは笑顔だった。

 騎士も冒険者もない。今この戦場は、戦士の誇りだけで満ちていた。


『おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉおおおおおおおっっ!!』


 騎士と冒険者が肩を並べて魔物に立ち向かう。

 冒険者が掻き回し、騎士が踏み止まる。

 俄に、魔物の群れの圧力が弱まってきた。凌げるか? 皆が希望を見出したその時。


 ――GRUUUUUOOOOOOOOOOOOOONNNN!!


 希望を押し潰す咆吼と共に、絶望の化身が姿を現した。

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