第67話 小倉へ

 飛鳥の寝顔を見ていると、なんだか頑張らなきゃなと思った。

 高校二年生の飛鳥は晃子の収入で平均よりは随分良い生活をさせて貰ってるはずだけど、それでも飛鳥がつらい思いをする事より仕事を優先する事を選ぶ時点で、母親としては責任を果たせて無いんじゃないかと思う。


 今まで「養育費いらないから」って言われたからといって何もしてこなかった俺が言うのも、ちょっと駄目な気もするが。


 でも高校とか編入するのも大変だろうし、どうするのかな?

 その辺は、もう一度よく飛鳥と話したいと思う。


 取り敢えず俺は香織にラインを送る。


『遅くなってごめんな、シャッターは話を進めて置いて貰っても良いか?』


 返事はすぐ戻って来た。


『了解、楽しかった?』

『ああ、今日は色々びっくりな展開が有った』


『へぇ、どんなの』

『編集さんと晃子と、香織の番組の事で顔合わせが有るのは聞いてたよな?』


『うん』

『その席に飛鳥も来てた』


『えぇ? 飛鳥ちゃんはテネブル先生が俊樹兄ちゃんとか知らなかったんでしょ?』

『ああ、それがさ俺の小説のファンで、晃子がテネブルとの会談って伝えたら会いたいって言って連れて来ちゃったんだ。俺もびっくりさ』


『でしょうね。飛鳥ちゃんと普通に喋れた?』

『ああ、小説のお陰で会話の切り口があったから普通に喋れて助かった』


『そう良かったね』

『それでな、飛鳥から相談があって小倉に来たいみたいだ』


『そっか、私は家に帰るから大丈夫だよ?』

『いや、そのままの方が良いと思う』


『大丈夫?』

『その件も晃子と飛鳥には大体話してある』


『へぇ、なんだか嬉しいな。実際、元鞘願望が有ったりしたらどうしようとか、ちょっと心配してたんだよ』

『それは無い。明日は昼過ぎに戻るな』


『解ったよ、明日は番組の打ち合わせだから、お昼は居ないけどシャッターの件だけは先に済ませとくね』

『頼むな、明日はうまいもの食べに行こう』


『楽しみにしとくね』


 ラインのやり取りを終えると、もう一度飛鳥の寝顔を覗いて俺も眠りについた。


 朝になり、ルームサービスでモーニングを取ると晃子に連絡を入れた。


『昨日な、飛鳥とじっくり話した。小倉で一緒に住みたいと思う』

『そう、私は覚悟はしてたから反対はしないわよ。あなたは大丈夫なの?』


『ああ、何とかするさ、今までの分も合わせて良いお父さんをやろうと思う』

『仕事は大丈夫なの?』


『今は小説書くくらいしかやってないから、売れっ子作家の大先生と違って時間はたっぷりあるからな』

『写真撮りに行かなきゃいけないでしょ? 私たちの知らないようなところに』


『参ったな、それは一応秘密にしておくな』

『ねぇ、私の対談記事とか読んで少しは想像した? 私のそんな姿』


『そりゃぁな』

『今の私ってどうかな? 魅力はある?』


『ああ、素敵な女性だと思ったぞ。でもな素敵な嫁だとは思わなかったから、きっと吹っ切れてると思う』

『残念、私は逆に昨日のあなた見て、もったいなかったな。って思ったよ』


『それは、あれだ。別れていた期間が俺を少しは成長させてくれたんだよ。ずっと一緒に居たら、前のままのダメ男だったよ。感謝する事にしてるよ』

『そっか、じゃぁこれからはラノベ作家としてのライバルだね、テネブル先生』


『晃子大先生に、先生と呼んでもらうにはまだ修業が足らないぜ』

『あ、また  って言った』


『まぁあれだ。この駄目な言葉遣いも含めて俺だから、それで受けなけりゃしょうがないさ』

『へぇ、あなたカッコいいよ』


『ありがとう。今から一度、飛鳥を連れて行くから、いつから小倉に来るとか二人で話してくれ』

『あら、今日このままでもいいよ? 荷物や学校の事は私がやっておくから高校は通信にして二人で過せる時間を増やしたらどうかな?』


『まじか? 取り敢えず一回連れて行くな』

『解ったよ』


 俺はホテルをチェックアウトすると、ランボルギーニで晃子のマンションに向かった。

 新幹線の時間をチェックしてレンタカーは東京駅で返却をする事にして引き取り依頼の連絡をした。


「ママ、今までいっぱいありがとうね。飛鳥はママの娘で凄い幸せだったよ」

「過去形にしちゃ駄目よ? 飛鳥は何が有ろうと私の娘である事実は変わらないし、私も作家としてライバルになったテネブル先生の敵情視察もかねてチョクチョク顔を出すつもりだからね?」


「そっか、待ってるよ」

「親父の墓参りもしてやってくれたら喜ぶと思う」


「そうね、飛鳥のお爺ちゃんだしね」


 飛鳥が取り敢えずの身の周りの物だけを纏めてリュック一つで出て来た。


「ママ、荷物頼むね。学校の事とか」

「解ったわ、元気でね」


 飛鳥は俺と晃子が離婚した時に苗字は奥田姓のままにしていたから、俺の元に戻っても別に表面上は何も変わらない。

 俺が役所関係の親権の書類などを晃子とやり取りすれば問題は無いはずだ。


 東京駅でランボルギーニを返却すると飛鳥は少し残念そうだった。


「またあんな恰好良い車でドライブ連れて行ったりしてくれる?」

「飛鳥が望むならいつでもOKだ」


「あの車高いんでしょ?」

「ああ、でも今乗ってる車もそんなに値段は変わらないぞ?」


「えぇ? マジ」

「ああ」


「パパってマジで金持ちなんだ」

「大した事ないよ」


「ふーん、なんか格好いいよ。パパ。大好き」


 そう言ってほっぺたにチューをしてくれた。

 年甲斐もなく俺は顔が真っ赤になった。


 帰りの新幹線は飛鳥もいるからグリーン車にした。

 のぞみだと四時間四十五分で到着するから飛鳥と話してたら、すぐに時間が経つもんだな。


 駅弁もこうやって二人で食べると凄いごちそうに感じる。


「飛鳥、小倉についたら一度家に行ってから必要な物を買いに行こう。今日の夜は香織と食事に出かける予定だったから、顔合わせも兼ねて一緒に食べような」

「うん、お邪魔じゃない?」


「娘にそんな心配される日が来るなんて思わなかったぜ」

「まぁ今のパパなら、香織姉ちゃんに振られてもすぐに良い人見つかりそうだから安心だよ」


 こうして俺の日常は新しい展開を迎えた。

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