夏祭りの予約


「この学校に夏休みなんてありません」


嘘......だろ......


「と言いたいところですが、冗談です」


冗談に聞こえねー‼︎‼︎


夏休み前日、雫先輩は全校生徒を体育館に集め、夏休みの話を始めた。


「夏休みになると、夏休みの一ヶ月だけ髪を染めようとする生徒がいますが、夏休み、一人でもそのような生徒を見つけたら、その日からその生徒のクラスは夏休みがなくなります」


僕のクラスメイトが瑠奈をガン見すると、それに気づいた雫先輩は言った。


「瑠奈さんは私が染めることを許可しているわ。安心してちょうだい」


おー、瑠奈も出世したんだな。


「なぁなぁ蓮、今だから言うけどさ」

「なに?」

「瑠奈がトイレ掃除を命じられた時さ、俺も手伝ってあげてって言われたんだよ」

「雫先輩に?」

「うん。だから正直さ、俺は雫先輩ってめちゃくちゃ優しいと思うんだよ」

「林太郎くん、雫先輩がこっち見てる」

「やべ」


林太郎くんと話していると、雫先輩は無言で僕達を見つめていが、話を辞めると、雫先輩は僕達から視線を逸らして話を続けた。


「そして夏祭りですが、夜8時までには自宅に帰っていること。そしてこの後教室に戻ったら、先生から電話番号の書かれた紙が渡されると思います。それは日替わりで生徒会の誰かが持つ緊急用の携帯の番号です。夏休み中、困ったことがあれば遠慮なく電話をかけなさい。それでは、よい夏休みを」


雫先輩の話が終わり、教室に向かう途中、僕は林太郎くんにさっきの話を聞いた。


「さっきの本当?」

「トイレの?」

「うん」

「本当だぞ。瑠奈のトイレ掃除が決まった後、忙しくなければ手伝ってあげてほしいって、でもあれだぞ?この話は絶対にするなって言われてるから内緒な?」

「へー。雫先輩って本当よく分かんないね」

「お前が鈍感不幸野郎なんだよ」

「鈍感不幸野郎⁉︎」

「鈍感だし、入学してから不幸続きじゃん」

「まぁ......幸せなこともあるけどね。多分」


その日の放課後、帰りの会が終わったタイミングで千華先輩と梨央奈先輩が僕の教室に入ってきた。


「蓮くん♡」

「蓮!」

「あのー、前から思ってたんですけど、教室に来ないでくださいよ。みんな怯えます」

「そんなことよりデートチケット!」

「はい?」


その時、瑠奈は梨央奈先輩から取り返したデートチケットを慌ててカバンから取り出し、三人同時にチケットを僕に差し出した。


「夏祭り予約!」

「夏祭り予約!」

「夏祭り予約!」

「ぼ、僕は林太郎くんと行こうかな!」

「俺?夏休み中は塾に通うから行かないぞ?」

「空気読んでよ!」


梨央奈先輩と瑠奈は目を大きく見開き、僕に圧力をかけてくる。

千華先輩は......なんでこんな切ない顔してるんだろ。


千華はこの三人の中から自分が選ばれるわけがないと諦めていた。

(一緒に行きたかったな......夏祭り......)


「蓮くん?もう決まってると思うけど、誰と行くの?」

「そうだよ蓮。私でしょ?」

「えっとー......梨央奈先輩」


梨央奈先輩が明るい笑顔を見せた時、僕は言ってしまった。


「と千華先輩」

「え⁉︎私⁉︎」

「蓮くん?どうしちゃったの?千華に何か脅されてるの?」

「ち、違いますよ!なんか.....なんとなく?です」

「蓮!瑠奈が!」


林太郎くんの声で瑠奈の方を見ると、瑠奈はカッターを握って左腕に刃を当てようとしていた。


「瑠奈!早まらないで!」

「私じゃないんだ......私じゃ......」

「瑠奈、そんなことしたことないでしょ⁉︎腕ピッカピカじゃん!」

「蓮のせいで傷が付くんだよ?蓮が私を選ばないから.......」


メンヘラも入ってる!感情がアップグレードされてやがる!


「瑠奈〜」


あ、乃愛先輩だ。


「夏祭りの日はね〜、生徒会は時間交代で見回りしなきゃいけないからね〜、瑠奈もね〜」

「早く喋ってよ」

「生徒会同士は一緒に夏祭りを楽しめない」


いや、普通に喋るんかーい......って


「え⁉︎乃愛先輩、それどういうことですか⁉︎」

「今年からそうするらしいよ〜。だから、必然的に一緒に夏祭りを楽しむのは」


乃愛先輩は僕と瑠奈の手を掴み、手を繋がせた。


「この二人〜」

「や、やった!蓮!夏祭り一緒にいける!」

「そ、そうだねー......」


梨央奈先輩、笑顔なのに口元ピクピクしちゃってるよ......


それから瑠奈にチケットを貰い、夏祭りに一緒に行く約束をした。

瑠奈は生徒会の用事が終わるまで、教室で僕を待つことになり、僕は梨央奈先輩の無言の圧力に怯えながら生徒会室へ向かった。


「YO!YO!夏祭りに見回り有り得ない!私の青春どうすんだYO!」

「千華先輩、いきなりラップ始めないでください。雫先輩がノるわけないじゃないですか」

「カモン!雫!カモン!」


ダメだ、千華先輩が壊れた。


「夏祭りは色んな学校から生徒が集まる、喧嘩の緊張感高まる、私達が見回る、文句ある?」

「......負けた」

「なにが⁉︎」


千華先輩はうなだれながら言った。


「雫、普通に喋ってるふりして韻踏んでた......」


そんな高度な技術を!


「ということで、夏祭りの日は昼から現場に集まって、交代で見回りするわよ」

「昼からですか⁉︎」

「祭りは昼から始まるから、12時から夜の9時までが私達の仕事よ」

「随分ブラックですね......」

「ちゃんと祭りを楽しむ時間もあるのだからいいじゃない」

「まぁ、頑張ります......」

「それでは解散」


話が終わり、教室に瑠奈を迎えに行こうとしたが、ニコニコした梨央奈先輩に腕を組まれて、そのまま瑠奈を迎えに行かずに帰ることになってしまった。


「瑠奈、絶対怒りますよ?」

「私はずっと怒ってるんだけどね?」

「あ、あはは......」

「よかったね。可愛い〜幼馴染みと夏祭りに行けて」

「い、いやでも!夏祭りの見回り、僕と梨央奈先輩をペアにしてもらえばいいんですよ!」

「そんなの当たり前だよ?でもね、他の女の子と夏祭りで遊ぶって事実は無くならないの」

「しょうがないじゃないですか!乃愛先輩が全員にデートチケット配っちゃったんですから!」

「開き直るだ。へー」

「そ、そうだ!夏祭りまで日数もありますし、夏祭りとは別に、二人でデートしましょうよ!」

「ほ、本当?」


な、なんだこの表情!


少し顔を赤らめて、上目遣いで僕を見つめる梨央奈先輩......可愛い......


「本当です!」

「んじゃ、行く場所は私が決めていい?」

「もちろんです!」

「それじゃ、キスしてよ......」

「なんの理由にもなってないんですけど」

「い、いきなりしたくなったの!」

「そ、それじゃ......」


僕は初めて自分からキスをして、ただでさえ熱いのに、恥ずかしくて体温がブワッと上がった。


「初めてデートに誘ってくれて嬉しかった......蓮くん」

「は、はい!」

「好きだよ♡」

「僕もです!」


こうして、僕達の夏休みが始まる。


そして最終下校時間。


「瑠奈さん?もう下校時刻よ?」

「雫先輩じゃん。蓮は?」

「もうとっくに帰ったわよ?」

「はー⁉︎なんで⁉︎」

「さぁ」

「まさか梨央奈先輩と‼︎」

「そうかもしれないわね」

「あいつ......」

「恋愛は勢いだけじゃダメよ」

「は?アンタは恋愛したことあるの?」

「ないわよ?」

「んじゃなんで分かるの!」

「瑠奈さんを見ていて思うのよ。蓮くんを取られたくないと思う気持ちだけが先走って、本当に好かれようとしていないじゃない」

「アンタになにが分かるの?蓮は私が好きなの。そう決まってるの」

「夏祭り、どうせ一緒に行くのでしょ?」

「そうだけど?」

「アドバイスをあげるわ。一度、元気にグイグイ行くタイプではなくて、守ってあげたい。そう思われるような立ち振る舞いをしてごらんなさい」

「アンタさ、梨央奈先輩と蓮が付き合ってるの知ってて、私を応援していいわけ?」

「勘違いしないことね。貴方があまりにも哀れだったからよ。早く帰りなさい」

「本当、不器用なんだかなんなんだか。ムカつく鬼ババアだ」


瑠奈がカバンを持ち、教室を出た時、雫は瑠奈のワイシャツを掴んだ。


「今、なんて言ったの?」

「鬼ババア」

「夏祭り、蓮くんをずっと見回り係にしてもいいのよ?」

「......ご、ごめんね?」

「真っ直ぐ帰りなさいね」

「は、はーい」

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