無様ね


山本先輩との約束通り、朝早くに学校に来ると、山本先輩は昇降口の前で僕を待っていた。


「おはよう!」

「おはようございます!」


他に誰もいない校内は、何故か自由になったような開放感があって好きだ。


「着いてきて!」

「はい!」


そんな二人を結愛は、蓮が入っていないグループ通話を繋ぎながら、下駄箱の影で見ていた。


「もしもし、二人は体育館の方に向かった」

「了解よ。結愛さんはそのまま、昇降口に例の物を貼ってちょうだい」

「了解」


僕は体育館に連れてこられると、山本先輩はクスクスと笑い始めた。


「昨日私に言った言葉、そのまま返してあげるよ」

「え?」

「まんまと騙されてくれたね」


すると、体育館倉庫やステージ裏から、三年一組の生徒がぞろぞろと現れた。


「雫、蓮が危ない」

「大丈夫よ。作戦通りにやってちょうだい」

「でも......」

「千華さん、説明したわよね?私を信じなさい」

「分かった......」


その時、三年一組の生徒は蓮に向かって歩き始めた。

それを千華と一緒に見ていた乃愛は、危機感が伝わらない、いつも通り眠そうな声で言った。


「雫〜、そろそろ瑠奈を入れた方がいい〜」

「瑠奈さん、今よ」


僕がボコボコにされる覚悟をした時、髪を明るく戻した瑠奈が体育館に入ってきた。


「睦美せんぱーい」

「アンタは?」

「私は瑠奈。それよりさー、蓮になにする気?」

「私は涼風くんが許せない。みんなも、一年生で生徒会のメンバーになった涼風くんには不満があったみたいだし、生徒会を潰すなら見せしめで涼風くんからかなって」


すると、一人の女子生徒が瑠奈を指差した。


「睦美、気をつけて!そいつは絶対に生徒会の味方!過去に一回、生徒会に入ってる‼︎」

「落ち着きなよ。私、一回生徒会に入って気づいたんだよねー。あの生徒会は腐ってる‼︎先輩達が生徒会とやり合うって話になったから、私も髪を染めて生徒会に喧嘩売ったってわけ。私は先輩達の味方」

「る、瑠奈?なに言ってるの?」

「あー、蓮。ごめんねー?これは全部、生徒会が悪いの」


瑠奈が時間を稼いでるうちに、千華と乃愛、結愛と梨央奈は、雫の指示で体育館へと繋がる武道館へ外から周り、物音を立てずに作戦を実行した。

そして瑠奈は、蓮がボコボコにされないように演技を続けた。


「睦美先輩さ、こんな大勢で蓮にかかっていったら、一瞬で終わっちゃうじゃん。もっと楽しもうよ」

「時間がないんだよ」

「時間?」

「みんなが登校してくる前にやらなきゃ」

「で、でもさ、蓮一人をボコボコにしたところでどうなるの?」

「涼風くんだけじゃないよ。一日一人、最後は会長。少しずつ恐怖を与えていくの。みんなやっちゃって!」


瑠奈の携帯から体育館の音声を聞いていた雫は、最後の切り札を出した。


「限界ね。林太郎くん、出番よ」

「はい」


三年一組の生徒が蓮に向かって走り出した時、林太郎は体育館に飛び込んだ。


「待てーい!」

「林太郎くん⁉︎その髪どうしたの⁉︎」


林太郎くんは、何故が金髪になって現れた。

似合わない。破滅的に似合わない。


「俺も先輩達の仲間にしてください!この髪色は、生徒会への反抗の証です!」


すると、一人の男子生徒が指示を出した。


「体育館の扉、全部閉めろ!」


体育館の大きな扉が閉められ、緊張感が走った。


「瑠奈だっけ?お前、蓮が危ないから反対みたいなこと言ってたよな。本当は生徒会の味方だろ。お前もだ、蓮と仲良く話してるとこを見たことがある。バレバレなんだよ‼︎」

「うっ!」

「林太郎くん‼︎」


林太郎くんは先輩にお腹を殴られて倒れてしまった。


「こんなことなら......もっと腹筋しとくんだった......」

「ちょっと⁉︎林太郎弱すぎ!」

「女を殴るのは趣味じゃないし、お前はうちのクラスの女に任せるわ。睦美、どうする?」

「全裸にして体育館から放り出しちゃって」

「る、瑠奈に手を出すな‼︎」

「蓮......」

「んじゃ、お前がボコボコになるのを大人しく見ててもらうか」

「それでいいです。瑠奈には酷いことしないでください」

「おー。カッコいいね〜」

「ダメ!蓮に酷いことしないで!」


その時、瑠奈のイヤホンに雫から指示が入った。


「そのまま時間を稼いで。あと五分でみんなが登校してくるわ」

「......蓮になにかしたら許さない‼︎」


なんだろう......山本先輩以外のみんな、さっきから体育館の時計を気にしてる。体育館の扉は閉めてるし、みんな登校してきても今日は全校集会はない。

そんなに時間気にする必要はなさそうだけど。


「もういい‼︎全員で涼風くんをやっちゃって‼︎」


山本先輩の指示で、全員僕に向かって走り出し、僕は体を倒された。


「蓮‼︎」

「うぁ〜‼︎」


あれ?痛くない。みんな僕を囲むだけでなにもしてこない。


「蓮、やられてるふりしろ」

「え?」

「先輩の言うこと聞け」

「う、うわー!い、痛いです!」


どういうことだ⁉︎


瑠奈は怒り、睦美に向かって走り出した時、雫は瑠奈に告げた。


「蓮くんは無事よ。そのままその場に倒れて、痛がるふりをしなさい」

「はい?」

「早く」


瑠奈はお腹を押さえて、その場に倒れ込んだ。


「どうしちゃったの?お腹痛くなっちゃった?可哀想に〜」


その瞬間、体育館の扉が開き、沢山の生徒達が集まっていた。


「なにこれ。やばくない?」

「戦うってこういうこと?」

「千華先輩のやり方の方が、まだ好感持てたよね」

「それねー」


すると、ざわついていた生徒達が振り返り、みんな道を開けた。

生徒達の真ん中を歩いて現れたのは雫だった。


「まさか、暴力で戦うってことだったなんてビックリね。そんなの、原始時代の考えだと思っていたわ」


その時、武道館から体育館に繋がる扉を開けて、生徒会のメンバーが大量のバットを持って現れた。


「こんなの隠し持ってた〜」

「あらー?まさかバットを使ってボコボコにしようとしていたの?野蛮ね」


体育館に集まった生徒はそれを見て、ヒソヒソと話し始めた。


「ヤバイでしょ」

「それはやりすぎだよね」

「頭脳で勝てないから暴力って、恥ずかしいすぎない?」


みんなに悪く言われ、睦美は青ざめてしまった。


「し、知らない......バットとか知らないよ!」

「それに貴方、三年一組が全員味方だと思っているの?」

「......え?」

「さぁ、私の味方はこちらに来てちょうだい」


すると、睦美以外の三年一組の生徒全員が、睦美と目を合わせないように雫の方に向かった。


「......みんな?嘘でしょ?」

「本当よ?その証拠に、蓮くんは傷一つ付いていないわ。ね?蓮くん」

「あ、はい!バリバリ元気です!」

「林太郎くんも」

「あ、もう演技しなくていいですか?」

「いいわよ」

「なんで?林太郎くんは確かに殴られて......」

「殴るフリよ。見抜かれないかヒヤヒヤしたわ」

「ち、ちょっと待って!まず私達が今日蓮くんをボコボコにするなんて、会長は知らなかったはず‼︎」

「いいえ。昨日蓮くんを屋上に呼び出したわよね。その時、乃愛さんがドア越しに盗み聞きしたのよ。喧嘩を売ってきた生徒を監視しないとでも思った?」

「監視されてたの......」

「朝早く学校に来てという言葉に違和感を感じた私達は、三年一組の教室でも盗み聞きさせてもらったわ。今日の作戦のこと」


山本先輩は徐々に足が震え始め、少し可哀想にも感じる。

そして、雫先輩になにも教えられていなかった僕も可哀想。


「み、みんな乗り気だったじゃん!」

「私が一人一人の家に出向き、卒業までの間、売店も食堂も使い放題にしてあげると言ったら、簡単に私の味方になったわ」

「汚い‼︎そんなやり方ありえない‼︎」

「人間はそういう生き物なのよ。それに、仲良くすると嘘をついて、蓮くんを騙してボコボコにするのは汚いやり方ではないの?残念ね。やっと学校に来れたのに、これから卒業まで後ろ指を指され、もう、友達なんてできないわよ?貴方はずっと一人」


山本先輩は膝から崩れ落ち、泣き出してまった。

雫先輩は山本先輩の目の前に立ち、山本先輩を見下ろした。


「無様ね」


山本先輩は立ち上がり、体育館から逃げようと走り出した。


「待ちなさい」

「なに‼︎もう、アンタのせいでめちゃくちゃ‼︎もう学校もやめる‼︎」

「まだ退学届けは受け取っていないから、会長命令は有効ね」

「そんなの辞めるから関係ない‼︎」

「貴方、生徒会に入りなさい」

「......え?」

「貴方のような人間が、そのまま社会に出ると考えるとゾッとするわ。あとで生徒会室に来なさい。それと三年一組の皆さん、とてもいい演技だったわ」


そう言い残し、雫先輩は体育館を後にした。


「あ、あのー、私も何も聞いてなかったんだけど」


瑠奈もか......


梨央奈先輩は山本先輩に近づいて声をかけた。


「雫は貴方を裏切らない。冷静になって、雫がした行動の本質を考えてみて?」


そして梨央奈先輩も体育館を出て行った。


「乃愛、結愛、バット運べる?」

「え〜、千華も運んでよ〜」

「しょうがないなー」


生徒会のみんなも、他の生徒達も体育館を出て行き、僕と瑠奈と林太郎くん、そして山本先輩だけが残った。


「これ......どゆこと?」

「私も知らない!蓮が危ないから、生徒会に反抗するフリして時間稼げって言われただけだもん!」

「林太郎くんは?」

「僕は全部知ってた。雫先輩が後で説明してくれると思う。それより睦美先輩......」

「会長はなに考えてるの......もう分からないよ......」


大丈夫!僕も分からない!


「と、とにかく僕は生徒会室に行きますね......」


僕達は山本先輩を体育館に残して、三人で生徒会室に向かった。

残された睦美は、一人で不気味に笑った。

(落ちるとこまで落ちちゃったな......生徒会か......次はもっと上手く、計画的に......)

「絶望させてあげるからね」


生徒会室では、蓮と瑠奈が雫先輩に説明を受けていた。


「とにかく、今日動きがあると睨んで、瑠奈さんと林太郎くんには、時間を稼ぐ役としてお願いをしていたの。あのバットは、睦美さんを最低な人間だと思わせるために私達が用意した物よ」

「どうしてです?」

「まず、事を解決するためには、睦美さん以外の三年一組の生徒を味方につけるのが1番早い。でも、それだけじゃ睦美さんは後にいじめの対象になるわ」

「だから生徒会に入れたんだよね?守るために」


梨央奈先輩はそう言って雫先輩の背後に立った。


「生徒に生徒会の強さを見せつけながら華麗に勝ち、ちゃんと睦美先輩の今後にも責任を持つ。雫の作戦通りだね!」

「変態さんは黙っていてもらえるかしら」

「へ、変態⁉︎」

「てかさ‼︎私には最初に説明してくれても良かったくない⁉︎蓮がボコボコにされたと思ってヒヤヒヤしたんだから!」

「瑠奈!雫先輩には敬語使いなって!」

「でもね、瑠奈さん。貴方は演技ではなく、本当に蓮くんを助けようとした。蓮くんにも気持ち伝わったんじゃないかしら」

「えっ♡」

「瑠奈、そんなキラキラした目で見ないで」


すると乃愛先輩は、僕が触れてほしくなかったことをサラッと言ってしまった。


「結局〜、デートは誰と〜?」

「え」


瑠奈と千華先輩、そして梨央奈先輩の目が怖い。


「あれじゃない?全員で協力して解決したから、全員にデートチケットだよ」

「結愛、頭いい〜。雫も貰えるじゃ〜ん」

「わ、私はいらないわよ」


乃亜先輩はノートを千切り、一枚一枚にデートチケットと書き、全員に配り始めた。


「梨央奈先輩......目が怖いです」

「あー、そうそう。SNSで女の子と友達になってお話ししていた件......まだ詳しく聞いてなかったね」


僕は無言で生徒会室から逃げ出したが、梨央奈先輩は笑顔で追いかけてくる。


「蓮くん?どうして逃げるの?浮気したんだから罰は受けるべきだよね?待ってよ蓮くん」 

「浮気はしてません!」

「私に内緒で仲良くしてたんだから浮気だよ?いつまで逃げるの?」

「梨央奈先輩が止まるまでです!うわっ!」


クソ!なんでこんな時に何もない場所で転ぶんだ!


「捕まえた♡今から、じっくりお話ししようね♡」

「話だけで済みます?」

「さて、誰もいない体育館倉庫に行こうか♡」

「答えてくださいよー!あ、梨央奈先輩、乃愛先輩からチケット貰いました?」

「あ!貰ってない!」


ふっ。そうだ!そのまま生徒会室へ戻るがいい!


梨央奈先輩は生徒会室に戻ろうとしたが、すぐに立ち止まって振り返った。


「私達って、チケットがないとデートできないんだ。へー、そう」


梨央奈先輩は、日に日に独占欲と嫉妬が強くなっている気がする。

同時に、僕の生命線も縮んでいる気がする。


その頃生徒会室では、瑠奈が雫に質問していた。


「今日って全校集会じゃないのに、なんでみんな集まってきたの?」

「昇降口に、体育館に集まるようにと書いた紙を貼ったのよ」

「なるほど」

「林太郎くん。貴方は明日までに髪を染め直しなさいね」

「分かってますよ。親にめちゃくちゃ怒られたんですから」

「林太郎くんの親には、私が説明しておくから安心しなさい」

「ありがとうございます!」


そして瑠奈と林太郎が教室に戻ると、雫は生徒会室を出る直前、千華達に背を向けたまま立ち止まった。


「千華さん」

「なに?」

「初めて全員で成し遂げたわね」

「......雫ー!」

「な、なに⁉︎」


千華は雫に抱きつき、離そうとしなかった。


「は、離してもらえる?」

「仲間だー!」

「ゆ、結愛さん、千華さんを離して」

「めんどくさい」

「乃愛さん!」

「眠〜い」

「もう......」


その日、睦美は生徒会に加入し、蓮の彼女が誰なのかを探り始めた。

そして蓮は体育館倉庫で、梨央奈の質問に答えるたびにキスマークで身体中にマーキングされていた。

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