恐怖と罪悪感


カッターの刃を握りしめた乃愛の手からは、痛々しく血がながれるが、更に力を入れて離そうとしない。


「......乃愛さん?」

「雫は、傷ついていい人間なんかじゃない。離して」

「普段から普通に喋れるんじゃん。いつものはなんなわけ?気持ち悪いよ」


乃愛は腕が震える程カッターを握りしめ、どんどん血が溢れてくるのを見た瑠奈は怯み、カッターから手を離した。


「気持ち悪いとか、狂ってるとか......分かってるよ......」

「瑠奈さん、もう一本のカッターを離しなさい」

「......嫌だ嫌だ‼︎蓮は私のなんだー‼︎」

「それは蓮くんが決めることよ。恋人を殺そうとした貴方を、蓮くんが好きになると思う?」

「違う‼︎蓮は私が好きなの‼︎蓮は梨央奈先輩に騙されて‼︎だからこんな奴死ねばいいんだ‼︎」


パンッ‼︎


雫は本気で瑠奈の頬にビンタをした。


「人に死ねばいいなんて言っちゃいけないわ」

「そんなの綺麗事だよ‼︎」

「死ねとか簡単に言って、本当にその人が死んだ時、人間っていうのは、良いとこあったのにとか言って悲しんだフリをして平気でまた自分が被害者になりきるの。心では笑ってるくせに。私はそんな人が許せないわ」

「お前に関係ないだろ‼︎」

「本来なら確かに関係ないわね。そういう人間は、いつか地獄を見て、勝手に苦しめばいいわ。だけれど、梨央奈さんは生徒会に入っているの。見過ごせないわ。もちろん瑠奈さんもね」

「そうやって私を油断させる気なんでしょ。雫先輩みたいな人に、人を思う気持ちなんかないくせに......」

「うぅ......」


蓮が目を覚まし、苦しそうな声を出すと、瑠奈はカッターから手を離し、雫も瑠奈を離すと、瑠奈は蓮の手に触れた。


「蓮!大丈夫?顔痛い?」

「うん......」


雫はカッターをポケットにしまい、梨央奈の首に指を当てた。

(息はしているわね......)


「瑠奈さん、貴方は蓮くんの側に居てあげなさい」

「う、うん......」

「結愛さんは乃愛さんの手当てをしたら教室に戻って、千華さんは......なにをしているの?」

「見ればわかるでしょ!ガムテープ取って!」


雫は千華の腕からガムテープを取り、体を起こしてあげた。


「千華さんは私の代わりにグラウンドに行ってちょうだい。みんなを教室に戻して。それと、ここであったことは誰にも言わないで」

「分かった」


雫は梨央奈を抱き抱え、生徒会室に向かった。


「......雫?」

「目を覚ました?自分で歩けるかしら。腕がそろそろ限界なのよ」

「あ、うん!」


梨央奈が自分の足で立つと、雫は梨央奈の頬に手を当てた。


「久しぶりに見たわ。梨央奈さんの笑顔以外の表情」

「あ!いや!気のせい気のせい」


梨央奈は焦って笑みを見せた。


「馬鹿ね。どうしてすぐに相談しなかったの」

「相談?」

「蓮くんと付き合って、瑠奈さんとトラブルになっていたのでしょ?」

「......知ってたんだね」

「とにかく今日は帰って、一度病院に行きなさい」

「分かったよ」

「梨央奈さんのお父様には、私から電話で説明しておくから安心しなさい」

「ありがとう」


それから雫が生徒会室で考え事をしていると、結愛と乃愛は教室に戻らずに生徒会室へやってきた。


「雫〜」

「ごめん。もっとちゃんと見張っておけば」

「二人は悪くないわ。乃愛さん、さっきはありがとう」

「雫は〜、私と結愛を助けてくれたから〜」

「......手は大丈夫?」

「大丈夫〜」

「そう」

「雫!どうして悪者で居続けるの?」

「私は元々性格が悪いのよ」

「違う‼︎雫は友達でもなかった私達を助けてくれた‼︎」

「そうだったかしら」

「私、みんなにあの日のこと話すよ!」

「私も〜」

「それは許さないわ」

「乃愛のこと考えて、真実を言わなかったこと後悔してるくせに......」


雫が少し暗い表情になり黙り込むと、乃愛は結愛を手を握った。


「私はいいんだよ〜」

「二人共、どこか行きたい場所はあるかしら」

「遊園地〜」

「ん、んじゃ私も」

「次の休み、生徒会のみんなで行きましょうか」

「急にどうしたの?」

「些細な罪滅ぼしよ。自己満だけれど、奢らせてちょうだい」

「わ〜い。ほら、結愛も一緒に、わ〜い」

「わ、わーい!」


翌日、僕の顔の腫れはすぐ引いたが、折れた歯の部分が痛くて、頬に湿布を貼って登校した。


「蓮、もう大丈夫なの?」


瑠奈は心配そうに、ずっと僕の顔を見てくる。


「大丈夫大丈夫!心配しないで!」

「あ......」


校門前には結愛先輩か乃愛先輩、どっちか分からないけど一人で立っていた。

それを見た瑠奈は、僕を守るように僕の前を歩き出した。


「お、おはようございます」

「蓮、話しかけちゃダメ」

「なんで〜。今日は蓮に言いたいことがあるだけ〜」

「乃愛先輩でしたか。なんですか?」


すると乃愛先輩は、ペコリと頭を下げながら、相変わらず眠そうな声で言った。


「ごめんなさ〜い」

「え、はい」

「なにその謝罪。ふざけすぎ」

「瑠奈、もういいって」

「瑠奈〜」

「なに?」

「梨央奈、死んじゃったよ〜」

「.....嘘でしょ......」

「ど、どういうことですか⁉︎」

「病院に運ばれて〜、死亡が確認された〜」

「病院に運ばれたって、何があったんですか‼︎」


すると瑠奈は青ざめた表情で、逃げるように登校してきた道を走って戻っていった。


「瑠奈⁉︎」

「嘘だから安心して〜」

「......嘘?」

「雫にそう伝えるように頼まれた〜」

「なんの為にですか?」

「命の大切さ〜」


それから、乃愛先輩は昨日あったことを全て教えてくれた。


「そんなことが......」

「恋愛は自由〜。でも〜、上手くやりなね〜」

「なんですか、その僕が浮気してるみたいな感じ」

「違うの〜?」

「違いますよ!僕が好きなのは梨央奈先輩だけです!」

「朝から惚気るな〜!うお〜!」

「ごめんなさいごめんなさい!」


乃愛先輩は、校内まで僕を追いかけてくるが、ガムを食べてない乃愛先輩はあまり怖くない。


「待て〜」

「あ!結愛先輩!乃愛先輩を止めてください!」

「あぁ、大丈夫大丈夫。今の乃愛に捕まっても、擦り傷もつけられないから」

「えぇ〜......」


一回捕まって、気が済むまで攻撃してもらった方が早いか.......


僕が立ち止まった瞬間、乃愛先輩も立ち止まった。


「疲れた〜。教室戻る〜」

「えぇ〜......あ、乃愛先輩、靴履き替えてないですよ」

「そうだった〜」


乃愛先輩はのそのそと下駄箱に向かった。


「蓮くん。なぜ校内で土足なのかしら」

「雫先輩⁉︎」


タイミング悪すぎるだろ‼︎


「早く履き替えなさい」

「はい」

「それと、次の休みは生徒会のみんなで遊園地に行くわよ」

「え......」


次の休みは梨央奈先輩と遊園地行く約束が......


「あのー」

「なにかしら」

「次の休みは予定があるので、僕抜きでお願いします」

「あら、梨央奈さんも同じこと言ってたわよ」

「あ、いや!」

「用事があるなら仕方ないわね」

「すみません......そういえば、梨央奈先輩は大丈夫なんですか?」

「えぇ、病院に行った結果、なにも問題無かったらしいわよ」

「よかったです」

「私は用事があるから行くわね」

「あ、はい」


雫は学校を出て、瑠奈の家へ向かった。


ピンポーン


「会長さん待ってました」


瑠奈の家のチャイムを鳴らし、出てきたのは瑠奈の母親だった。

今までの瑠奈からは想像できなり、真面目そうな風貌をしていた。


「瑠奈さんは居ますよね」

「はい。上がってください」


雫はリビングで瑠奈が二階から降りてくるのを待った。

瑠奈のお母さんが瑠奈を連れてくると、瑠奈は朝とは別人のようにやつれていた。


「雫先輩......」

「座りなさい」

「はい......」


瑠奈と瑠奈のお母さんは、雫と向かい合うように隣同士で座った。


「梨央奈さん、最期まで苦しんで亡くなったそうよ」

「うっ......」


瑠奈は手で口を塞ぎ、体を震わせた。


「どうしたのかしら。吐きそうなの?いいわね。梨央奈さんはもう吐くことも、泣くこともできないのよ?それができる貴方は幸せね」

「私は......私は......」

「どうする?次は千華さんを殺す?きっと貴方ならそうするわよね。こんな奴、死ねばいいんだ。ですものね」

「違う......」

「なにが違うのかしら。保健室で言っていたじゃない」


すると瑠奈のお母さんは、瑠奈の両肩を掴んだ。


「瑠奈!自首しなさい!」

「......」

「いい?奪った命は戻らないの。梨央奈さんが明日したかったこと、見たかったテレビ、行きたかった場所。夢も笑顔も、全部貴方が奪ったの。蓮くんの幸せな日常もね」

「ご......ごめんなさい......」

「謝る相手が違うのよ。それに、それはなんの謝罪かしら。捕まりたくないだけじゃないの?」

「違う......自首はする......梨央奈先輩の未来を奪って......ごっ」


瑠奈が謝ろうとした時、雫は立ち上がり、ポケットにしまっていたカッターを瑠奈の首に当てた。

瑠奈は涙を流し、酷く体を震わせた。


「会長さんやめて‼︎」

「謝ったって自首したって、梨央奈さんは帰ってこないの‼︎貴方も死んで償いなさい」

「会長さん‼︎」


雫はカッターをしまって、静かに座った。


「お母様、素晴らしい演技でした」

「は、はい」

「演技?」

「瑠奈さん、自分が死ぬかもしれないと思った時、何を思った?」

「......わ、私がしたことを後悔した......最低なことしたんだって......恐怖と罪悪感が......」

「安心しなさい。梨央奈さんは生きているわ」

「え......」

「昨日、会長さんと一緒に梨央奈さんのお家に謝りに行ったのよ?会長さん、瑠奈の為に土下座までして」

「お母様。言わない約束でしたよね」

「ご、ごめんなさい!」

「瑠奈さん、次は貴方が梨央奈さんに謝る番よ」

「あ、謝る。今すぐ謝りたい!」

「学校に戻るわよ。それと、今回のことを重く受け止めて、梨央奈さんが退学を望めばそうするわ」

「会長さん⁉︎」

「梨央奈さんのお父様が、罪には問わないと言ってくれただけ救いだと思ってください。行くわよ」


瑠奈と雫が二人で生徒会室に行くと、梨央奈は千華と一緒にオセロをしていた。


「あら千華さん。サボりかしら」

「え⁉︎あ、あはは〜」

「瑠奈ちゃん、酷い顔だね!」


梨央奈は相変わらずニコニコしていた。


「あ、あの、瑠奈先輩」

「なに?」

「昨日はあんなことして......本当にごめんさい!梨央奈先輩が望むなら、退学でもなんでもします!」

「それじゃ、瑠奈ちゃんはこれから、雫の命令には必ず従うこと!」

「し、雫先輩のですか?」

「梨央奈さん。それでいいのね?」

「うん!」

「そう。それじゃ、瑠奈さんに自由を与えたらどうなるか分からないから、一度生徒会をやめてもらうわ。また生徒会に入りたいのなら、一から頑張りなさい......返事はどうしたの?」

「は、はい!」

「教室に戻りなさい」

「はい」


瑠奈が生徒会室を出ると、続くように梨央奈も出て行った。


「瑠奈ちゃん」

「はい?」

「蓮くんは渡さないよ」

「私も、そこは譲る気ありません。今回のことは反省してます。だからこれからは、本気で蓮を惚れさせますよ」

「まぁ、頑張ってね」


その頃生徒会室では、千華が棒付きキャンディーを咥えながら、ソファーに寝そべっていた。


「千華さん?授業に戻らないの?」

「雫はさー、恋したことある?」

「ないわよ?」

「好きな人に彼女がいてー、その彼女が自分の友達だったらどうするー?」

「諦めると思うわ」

「ふーん。つまんないのー。そういえば、なんで避難訓練なんかしたの?」

「気まぐれよ」

「あ!当ててあげる!あの場面を生徒に見られたら、瑠奈ちゃんがいじめられちゃうと思って、雫なりの配慮でしょ!」

「本当に、梨央奈さんも千華さんも、不確定な憶測を口にするのが好きね」

「憶測は不確定だから憶測なんだよー」

「あら?千華さんもそういうことが分かる人だったのね」

「最近、私の扱い酷くない⁉︎」

「八つ当たりよ」 

「えぇ〜......嘘ん。あ!瑠奈ちゃんを生徒会から外した理由も当ててあげる!生徒会の活動で梨央奈と蓮と瑠奈ちゃんの時間が被ると、どっちも二人の時間を作りにくいからだ!平等に応援してるんでしょ〜。私も応援してよ〜」

「千華さんは、1番最初にしてあげたはずだけれど」

「私、なんかしてもらったっけ?って、やっぱり応援してるの⁉︎」


雫は立ち上がり、グラウンドを眺めた。


「そろそろ体育祭だというのに、グラウンドに雑草が目立つわね」


そして千華をギロッと睨むと、千華は苦笑いをしながら敬礼した。


「く、草むしりしてきます!」

(雫......実は鬼じゃなかったりして)

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