刀闘記
燈海 空
ー始ー
夏の深夜、コンビニ。
向かい合う男がふたり。
うち、ひとりは黒いパーカーに、紺色のジーンズを履く。
手にはひと振りの刀。
まだ鞘のなか。
抜いてはいない。
直立不動。
姿勢よく微動だにしない。
ただ、立っている。
もうひとりの男。白いワイシャツ、解けたネクタイ。黒いパンツスーツ。仕事帰りに酒を呑んだ、その帰りともとれる。しかしその男、頭から漆黒の角を二本生やし、瞳は上を向いてうつろだ。
わるい毒でも飲んだのか。異様に全身をふるわせ、くねらせ、手はブラブラと脱力し、その肌は紫色をしている。その手を見ただけでもほとんどの人間は、気味が悪いと思うだろう。危ない人と察するに十分。
深夜のコンビニ、店内はめちゃくちゃだ。店員は怯えている。店のすみで膝を抱え、震えている。どちらが荒らしたのか。
刀を持ち、若々しい格好をした方がなにか、かんしゃくをおこして暴れたともとれるか。酔っぱらいのサラリーマンが、酒に呑まれて暴れたとも見れるか。
人間らしい眼光を失った、見るからにおかしいたたずまいの者が、店内を荒らしたと見るのが自然であろう。刀を持った方はそれを退治しようとしていると見るのも、また自然。
しまいには、「んふ、ハハハァ……! ナンダソレ、ナンダソノボウッキレ!」と笑いだしたのだから救いようがない。
パーカーを着た、刀を持った若者は黙っている。
「オマエ……、コロしたいなぁ。コロシタイナァ……!」
サラリーマンの男は体をくねらせ、よじらせる。定まらない姿勢と視線と足元。不気味な声。その声は幾つもの声が混ざっているように聞こえ、単声ではまず有り得ない
「アァ! ナンダヨ、ハラタツ、ハラタツなぁ。なんにもいわないハラタツなぁ、つかえない
罵声を浴びせられている若者は、依然として黙っている。
サラリーマンのシャツが破れる音がした。その音と同時に、背中から黒い翼のような物が生えてきた。コウモリの翼によく似ている。
酒気をおびた息を撒き散らし、叫ぶ。悪魔らしい翼を大きくひと
双方の
長い爪で若者の首筋を引っ掻こうとしたが、居合で抜かれた刀が、その渾身を受け止めた。
若者はすぐさま紫色の手首に刀を当てた。流れるような動き。
——サラリーマンはすぐにうしろに飛び
「——! クソガアアア! オマエ! オレノダイジナ手ヲ!」
サラリーマンだった生き物は、いま一度、若者に向かって飛翔した。
まだ残っている左手首から指先までを一本の長刃に変えて、さらなる渾身を見舞おうとする。フック船長もおどろきの芸当だ。
若者は左足を一歩後ろに下げ、
右足を前屈させ、
刀を胸の前へ、
横に水平。
刀を一度、天に向かって突き刺すように振り上げる。生き物が若者の
弧は——生き物の体を、まふたつに斬り裂いた。
二分割された生き物の半身はそれぞれ、若者の後方へと勢い余って転がる。どこからともなく声が聞こえる。それは斬られた生き物の口から出てくるのではなく、
「ナンダ……、オマエ……、コロした、オレヲ?」
そう言い遺し、真二つに斬られた躰は
灰だという人もいる。
埃だという人もいる。
粉々になり地面に積もったそれは、一つの
生き物を斬った若者は刀についた塵をひと振りして落とし、鞘に刀を納める。きんと鳴った心地良い納刀の音で
「近所迷惑だ」
刀闘記
~始~
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