第五章〜夏祭り、君と〜

 待ちに待ったこの日。この村のお寺で、

毎年、夏祭りが行われる。でも、今年の祭りは特に楽しみにしていた。なぜなら、私が片思いしている彼、麦わら帽のサンくんが、彼の方から誘ってくれたのだ。こんなに嬉しい出来事はない。だから、しっかりと準備をしている。おそらく、二度とないであろうこの機会。いを残したくない。だから、浴衣やその他の小物などを買い揃えた。本当に後悔はしたくなかった。

 祭りが始まる一時間くらい前。私は、母とお婆ちゃんに手伝ってもらって、昨日買った浴衣を着衣。それから、髪も結んで、これも昨日買ったシュシュで飾った。横もチョロっと出した。

 我ながら、とっても綺麗だと思った。

「わぁ、一段と綺麗になったね。素敵ね」

「さっきとは別人だよ。べっぴんさんだこと」

 母もお婆ちゃんも、私の浴衣姿をめてくれた。とっても嬉しかった。彼からも褒められるかな?

 この私の姿を見た時の彼の反応が、気になって仕方がなかった。どんな反応をするのだろうか。楽しみだ。この言葉以上に心ははずんでいた。楽しみだ。本当に楽しみだ。

 あと、これも昨日買ったうちわを持ち、小銭をたくさんいれた財布をいつものショルダーバッグにいれ、それを肩にかけた。これで、完璧だ。

 時間も、ちょうどいい頃だ。

 セットで買った、下駄げたを履き、外に出た。外は薄暗い。この時間帯のため、気温もちょうどいい暑さとなった。

 

 祭りが行われているお寺。そこは、さまざまな屋台が立ち並び、多くの人でにぎわっていた。

 すごいなぁ、今年も人でいっぱいだ。サンくんは、どこかな?

「あ、あれだ」

 帽子を身につけていない、人々の中で、

一人、麦わら帽をかぶっている少年がいた。黄色に、赤いリボンの麦わら帽。とても目立っていた。丸い形の麦わら帽は、たんぽぽを思わせた。彼の明るさからも、たんぽぽが連想される。たんぽぽ、ひまわり。とっても元気て明るいイメージの二つの花のような、パーッとした笑顔の彼。そんな彼と、これから一緒に屋台やたいを回る。

「おーい、サンくーん!」

 私は、大きな声で、彼を呼んだ。

 彼は、すぐにこちらを向いた。

「おー! 八海!」

 彼も私の名を呼んで、肩も使い大きく手を振った。その笑顔はひまわりのようだった。

 その手振りに応えるように、私は彼のところへ駆け寄った。

「へー、浴衣。とっても綺麗だね。何か、八海、すんごくべっぴんになったよね」

 え! やったー! 褒めてくれた!

 彼は、私の期待を裏切らなかった。めっちゃ嬉しい。あと、しかも、『八海、すんごくべっぴんになったよね』なんて、やだ、ヤバイ。嬉しすぎー!!!!

「ありがとう。昨日、すごく頑張ったんだ」

「え、昨日買ったの、その着物」

「うん。そうだよ」

「急に知ったことなのに、すごいね」

「そりゃあ、当たり前だよ」

 だって、君と一緒に歩くんですもの。嬉しすぎて、心臓が止まってしまいそう。胸が、バクバク言っている。もう、死んでしまいそう。それくらい嬉しかった。

「さ、行こっか」

「うん!」

 私たちは、屋台を見て回っていた。どこもとても賑わっていて、見ているだけで楽しかった。

 焼きそば、カステラ、射的しゃてき、わたあめ。定番の屋台が立ち並んでいた。

「あ、たこ焼き食べたいな」

「いいね。たこ焼き」

 サンくんの希望で、たこ焼き屋に寄った。前には二組が並んでいた。でも、すぐに番が回ってきた。

 サンくんが注文する。

「たこ焼き、一つ」

「あいよっ」

 イキの良い大将だ。焼けたたこ焼きをひっくり返すのも、慣れた手だ。うつわに入れた九つのたこ焼きに、ソース、青のり、かつお節。その上にマヨをかける。

「へい、お待ち」

 うわぁ、美味しそう。熱々のたこ焼きからは、湯気ゆげが立ち上り、かつお節がゆらゆらと踊っていた。そして、食欲しょくよくをそそる良い匂い。あぁ、食べたい。

「これ、どこで食べる?」

「あー、先に見て回りたいな」

 当然、私も食べたくて仕方がないのだが、先に全部見て回っておきたい。溢れ出る欲求を抑え込み、私たちは先へ行く。

 他には、あ! かき氷だ。その隣には、

りんごあめ。たこ焼きへの欲求の影響で、お腹が空きまくっている。えっと、金魚すくい、フランクフルト、トルネードポテト、スーパーボールすくい、お好み焼き、お面。定番の屋台がずらっと並んでいる。

 

 ひとまず、全ての屋台を見終わった。毎年のように買う、かき氷を買った。味はもちろんいちご味。かけるのは、セルフだ。メロン味も好きなので、小さい頃、いちごとメロンをミックスさせて、失敗したことがある。だから、現在は、いちごのみをかけている。よく見る山の形の氷の上に、たっぷりといちごのシロップをかけた。白かった氷は、一気に赤く染まった。

 それぞれ、買いたいものを買って、屋台も全て見回ったので、一息つく場所に行き、腰を下ろして、買ったものを食べる。

 私は、かき氷。氷に刺さっている、ストローのスプーンを出し、氷をしゃりしゃりと押しつぶす。昔は、液体と化すまでそれをやっていた。それをストローで飲むのが好きだった。

「あっ」

 氷の一部が落ちてしまった。かき氷って、美味しいけど、食べるときに必ず落ちてしまう。それが困ったものだ。

 気を取り直して、スプーンで氷をすくって、口に入れた。ひんやりした。甘い。美味しい。

 サンくんは、たこ焼きを食べていた。こちらの方までその匂いがやってきた。とても美味しそうだ。

 彼は、記念のたこ焼き一つを口に入れた。

「んー、美味い」

 美味しいたこ焼きを口に含んでいるときの彼は、まるで、極楽浄土にでもいるかのような幸せそうな顔だ。たこ焼き好きなんだな。けっこう可愛いと思った。

 私も、かき氷ひとすくいを口に入れる。冷たい。

「美味っ、これ、めっちゃ美味いよ。八海も食べる?」

「うん、食べたいな」

 でも、私の手は、そんな余裕はなかった。

「いいよ。口開けて」

 この展開、まさか。

 私は、恥ずかしかったが、口を軽く開けた。

 すると、彼は、自分が使っていたつまようじでたこ焼きをすくって、私の口まで運んだ。

 内心はとてもバクバク言っていた。すっごく緊張した。

 私の口の中にたこ焼きが入ってきた。私は、口を閉じた。そして、たこ焼きをゆっくり咀嚼する。美味しい。だが、たこ焼きと共に、それ以上のものが入ってきていて、たこ焼きの味どころではなかった。

「美味しい?」

「うん、美味しいよ」

 未だに内心は緊張したままだが、たこ焼きの味は美味しかった。

 

 私のかき氷は、最終的な液体と化していた。それを、ストローで飲んだ。そのとき、欲張って、シロップをたっぷりかけたことを後悔した。甘い。甘すぎた。私は、甘いのは好きだが、これは、嫌な甘さだ。口の中が変になる。でも、シロップの味は好きだ。

「そろそろ、花火が始まるよ」

 ちょうどその時、第一発の花火が上がった、遠くの山の方から打ち上げられた。

 ひゅーーーーー、ばーん。

 その音は、遠く離れたところでも聞こえた。そして、綺麗な花火が、見事に咲いた。

来た。始まった。きれい。私は、わくわくが止まらない。

もちろん、その一発で終わりじゃない。最初の花火に続いて、次々に花火が咲き乱れた。空高くにのび上がる笛の音、咲く瞬間、いや、咲いたあとから聞こえる、花火の咲く音。視覚、聴覚で味わう、これぞ夏の風物詩ふうぶつし。それを今年は、片思いの彼と共に。

「きれいだね」

 私は言ってみた。

「うん。きれい」

 彼は短く返してくれた。

 これ以上、会話は続かない。初対面での会話みたいだ。ぎこちない。

 そういえば、お兄ちゃんもこの花火見てるのかな? 見当たらないけど、どこかにはいるはず。萌絵さんと二人でこの花火を見ている。

この花火が終わったら、二人は、明日には向こうへ戻るのだ。そしたら、二人は結ばれる。結婚して、夫婦になるのだ。彼氏、彼女の関係よりも、もっと上の関係だ。そしたら……。

 私は、どこか寂しさを覚えた。

 そして、過去の思い出が、ふっとよみがえる。

 子供の数の少ない、この田舎村では、私とお兄ちゃんは、いつも一緒にいた。怖がりでシャイな私は、お兄ちゃんにくっついてばかりいた。お兄ちゃんは、強くて、優しくて、とても頼りになる。私の面倒もよく見てくれた。萌絵さんが好きになるのも納得だろう。彼女は、本当に良い相手に出会ったと思う。あの二人なら、永遠に良い関係を築くことができるだろう。

 素敵だ。でも、何故だろう。私の心には、相反する気持ちが大いに含まれていた。二人の幸せを願いたい。しかし、私のよこしまな心が

邪魔をする。今の私は、ねたそねみの塊だ。それは分かっている。でも、私は、

……。

 夜空を明るくいろどる花火たちが、うっすらかすんだ。そのかすみは、やがてしずくとなり、私のほおの上を走った。私は、サンくんにバレないように、それを手のこうぬぐった。しかし、再びそれは溢れでた。もう止まることはないようだった。最悪の状態だった。お願いだから、気づかないで欲しい。止まって欲しい。悲しいことに、その願いは、叶いそうにもなかった。

「八海?」

 あぁ、最悪。気付かれてしまった。

 せめてもの抵抗で、私はじっと花火を見ていた。それでも、止まらなかった。雫がまた一つ頬の上を走った。そして、ゆっくりと呼吸をした。彼に悟られないように、呼吸はしないようにしていた。しかし、時すでに遅しなので、諦めた。

 そのとき、右肩から背中にかけて、温かな感触があった。いきなりのことだったので、驚いて彼の方を見てしまった。彼の顔は、私の知っている彼の顔ではなかった。ちょっと大人びていて、安心するような優しい顔。今は夜だからかもしれない。でも、その顔を見れば、彼の胸に顔を突っ伏して、泣きたくなるような衝動しょうどうに駆られた。でも、周囲には、たくさんの人がいて、そんなことは出来なかった。幸せな空間だと思った。この時間が、一生、続けばいいのにと思った。

 夏の風物詩、花火。今年の花火は、私にさまざまな味をのこして、見事にみだれたのであった。今夜のことは、一生、忘れないような気がした。

 

 夏の空。今朝けさは、とても夏らしい空模様もようとなった。お兄ちゃんたちは、私たちに別れを告げ、貴重きちょうなワンマン電車に乗った。

 寂しかった。でも、二人の末永すえながい幸せを願った。邪な気持ちもある。それでも、私は二人幸せ願った。

 

 二人を見送った帰り。家路いえじをたどる最中、自転車に乗った少年が、私の前にやってきた。麦わら帽の彼、サンくん。昨夜さくやのとき

とは違い、いつものパッとした顔。ひまわりのような、たんぽぽのような、明るい、夏が似合う彼。

「八海」

 彼は私に声をかけた。

「何?」

  私は返事をした。

「元気そうだね。良かった」

「ありがとう。私は平気だよ」

「お兄さんは行っちゃったけど、今後、何かあったら俺に頼ってよ。いつでも力になるし、八海を守るから」

「えっ」

 彼は、いつもの笑顔で、私の胸の奥にくぎを打った。そして、別れの挨拶を言った彼はUターンをし、去っていった。

 釘を打たれた私は、しばらく動けなくなっていた。胸の奥が、じんわりと暖かくなっていた。これが青春。甘酸あまずっぱい恋。

 麦わら帽の君。これが真夏の初恋。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

麦わら帽の君 桜野 叶う @kanacarp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ