第17話 酒と過去

綺麗に敷かれた石畳の上をゆっくり歩いている。買い物をしていた大通りから外れ、二階建ての、窓の形が様々な家が並んでいるその場所はさっきよりも一段と中世の世界を感じさせる。様々な形の建物とは裏腹に屋根の色は似ているものばっかだ。


「聞いてはいたけどよ、イギリスってめっちゃ綺麗だよな」


「そうですね。特にこの時間帯はより綺麗に見えます」


もうそろそろ日が落ち始める時間。

進んでも進んでも近づく事のない夕日は赤く輝きを増していた。


長い列で挟んでいるように見える夕日は阿修羅達の行く道を照らしているようにも見える。


「これからどうすんだ?買う物も買ったっぽいしよ」


「そうですね、もう時間も遅くなってきましたし、ご飯を食べに行きましょうか」


「いいな!どっかオススメのとことかあるのか?」


想像以上に腹を空かしていた阿修羅は目をキラキラさせてエルの目を見た。同じようにエルの目もキラキラと輝いている。もちろん阿修羅とは違い元々の輝きの話だ。


「確か近くに料理の美味しいパブがありますよ」


パブ?なんだそりゃ?いやらしい店かなんかか?

阿修羅は想像を膨らませていくと、その想像、いや妄想は周りにも分かるほど大きくなっていった。


それを見ていたエルは「はぁ」と小さく溜息をつき、脳天に軽く手刀をいれた。


「…阿修羅の考えているような場所ではありません」


「そ、そうだよな…」


少し安堵したのと同時に少ししょぼんとなったのはエルに言わない。ほんの少しだけどな。


「日本ではあまり聞かないですか?バーみたいなものなのですが」


「バーなら聞いた事あるけどよ…」


阿修羅が言い淀んだ。


「もしかしてお酒は苦手ですか?」


「いや、そーゆ訳じゃないんだけどよ…。俺まだ20はたちになってないんだが」


『……』と沈黙が通った。

まるでエルと阿修羅が初めて出会った時のように。

そしてその沈黙を破るのもあの時と同じだ。


「イギリスでは16歳から飲んでも大丈夫なんです。日本では20歳からだったんですね」


「あ、ああ。ちなみにエルは酒得意なのか」


訝しげに聞いた。

…何で訝しんだのかは過去が教えてくれる。


「一般的に言えば強い方だと思いますよ。両親も強かったらしいので」


「そうなのか…」


阿修羅は酒が強いと言う言葉を聞いた瞬間。苦い光景を頭の中を覆った。



◇◇◇


「今日は私の誕生日だ!パーっと行こうじゃないか!」


『グビっグビっ』とコップに注いだ日本酒を飲み干した。これで一体何杯目だろう。まだ寺の中に日が差し込んで来る時間帯だと言うのに目の前にいる七瀬の手は止まらない。


阿修羅と七瀬の周りには何本もの酒瓶が転がっている。もちろん阿修羅は飲んでいない。七瀬の周りには収まらず、阿修羅のところまで広がって来ただけだ。


……本当だ。


「お前、そろそろ酔いが回ってくる頃じゃないか?」


七瀬は酒に強い。

多分俺が見てきた中で一番強いと思う。

しかし強いは強いが量をわきまえないのが七瀬だ。大体こーゆー日は飲みすぎて俺が片付けをして寝室まで運ぶことになるのだ。


寝室まで運ぶのは結構めんどくさい。

ゴミを片付けるのもめんどくさい。

今日こそはこいつに片付けさせてやる。


当の本人、七瀬は柱にもたれかかって一杯、二杯と飲んでいる。顔は少し赤みを増している。


「おい阿修羅〜、少しは飲んでみないか〜」


完全に酔いが回った七瀬が阿修羅の服を引っ張る。


…酔っていても力は健在かよ。

引っ張る手を引き離そうとすると物凄い力で掴み返してくる。


「七瀬、俺はまだ未成年だぞ!こんな事してたらいつか独房にどぼんだぜお前」


半分呆れ気味で阿修羅は言った。

しかしそんな声は今の七瀬には通じなかった。


「ったく堅い奴だなお前は〜」


七瀬はそう言うと直接酒瓶から飲んだ。


「だから飲みすぎだって───」


直後阿修羅の口は塞がれた。

塞がれた柔らかい物からは謎の液体が流れ混んでくる。


唇だ。目を開けるとぼやけて見にくい七瀬の目が現れる。阿修羅の口を覆うのは柔らかい唇。流れ込んできた液体はさっき飲んだ酒。


飲まない俺に無理やり飲ませやがった──。


阿修羅は七瀬の肩を掴み

離そうとした。頭の中では。

身体と本能はそれを実行しようとしなかった。


(ここで下心の方が上に出てきやがった…)


阿修羅は必死に理性と戦い決死の思いでガバッと離した。


口から少し垂れる酒を拭う。


「これで何回目だよ七瀬…犯罪者だぞ」


「……?」


何を話しているのか全く理解ができていない七瀬はまたグビっと飲んだ。そして瞬く間にゆっくりと床に倒れた。


「めんどくせぇ…」



◇◇◇


「…阿修羅?」


エルが何も反応しない阿修羅を不思議に思い覗き込む様に見た。


「…いや、何でもない。さあ早く行こうぜ」


「はい、それでは着いてきてください」


エルは少し阿修羅の前を歩き出した。

それに追いつくように阿修羅が隣に並んだ。


「強いのはいいが、量は間違えんなよ…」


過去の失敗を繰り返さぬまいという信念がここで見えた。


「当然です」


エルのそんな事するはずがないだろうと言いたげな顔を見て阿修羅は吹いた。



エルと阿修羅は輝く夕日に向かって進んだ。

阿修羅が合わしているのか、エルが合わせているのか、はたまた偶然か。歩調はどちらも同じ。手足も同じタイミングででたりひいたり。


シンクロ率100%の二人を町の人々は感嘆の眼差しで見ていた。

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