第47話

唯哉いちか、喉乾いた。購買でイチゴオレ買ってこい」

「イチゴオレって余計に喉乾かないか?」

「その時は悠栖ゆずに走ってもらうから遠慮せず行ってこい」

 口答えせずにさっさと行けと唯哉をあしらうのは部活の昼休憩中に木陰で涼んでいた英彰ひであきだ。

 彼が急に飲みたくなったと言ったものはむしろ喉の渇きを促進させる甘ったるい飲み物で、唯哉と同じことを思っていた悠栖は次は自分が行くのかと苦笑い。

 唯哉は悠栖じゃなくてそれも自分が買いに行くとか言っているが、英彰はその言葉を「却下」と聞き入れない。

 ふんぞり返って休憩しているその姿に唯哉はせめてもの反撃とばかりに購買へ向かうために立ち上がった足で英彰の脛をわざと蹴ってやる。

 当然激痛に英彰は怒り出すのだが、唯哉は悪びれた様子もなく走って行った。

「くっそ……、唯哉の奴、戻ってきたら覚えとけ」

「なぁ、なんでチカばっかりパシらせるんだよ? 俺まだ二回しか言われてねぇーぞ?」

 忌々しそうに恨み言を零す英彰に、流石に目の敵にし過ぎだと悠栖は苦笑い。

 唯哉にばかり当たるんじゃなくて自分にもちゃんとぶつけて欲しいと英彰に訴えるも、それはできない相談だとあっさり却下されてしまった。

 英彰ではなく唯哉を好きになったのは自分。

 それなのに自分に変わって英彰の怒りを受け止めなければならないなんて、いくら本人が『当然のことだ』と受け入れていても唯哉に申し訳ないと思ってしまう悠栖。

 でも、あまり強く自分にも怒りをぶつけて欲しいと言えないのは、唯哉がそれを嫌がったから。

 俺が悠栖の恋人なんだから英彰の怒りは俺が受け止めたい。と、そんなことを言われたら、『自分も!』とはなかなか言えなかった。

 しかし、それでもやっぱり自分に対してどうして怒ってくれないのかと思ったりもするわけで、唯哉が居ないこの隙に英彰にそれとなく聞いてみた。何故唯哉ばかりなのか? と。

「唯哉が悠栖の彼氏だからに決まってるだろうが」

「で、でもそれなら俺にも怒ってもらわないと―――」

「あのなぁ、好きな奴に優しくしたいと思いこそすれ、苛めたいとかそういう事は思わねぇーの。俺は」

 唯哉は違うけどな!

 そう意地悪を言ってくる英彰。

 恋人になったと報告した時に心配をかけた分これまでの経緯は全て説明したわけだが、英彰はどうやらその時の唯哉駆け引きが未だに許せないらしい。心底惚れてる相手に他人の手を借りて告白するとか男らしくない。と。

 唯哉はそれも全て理解していて、自分でも思っていると言っていた。

 だからこそ英彰の怒りを全て自分が引き受けたいのだろうことは悠栖にも分かっている。

 英彰に自分の想いも本物だと認めて欲しいのだろう。

(あれ? これって自意識過剰? チカって俺のこと『本気』なんだよな……?)

 英彰と唯哉の関係に苦笑を漏らしていたが、ふと疑問に思った。

 唯哉も『本気』で自分を好きでいてくれると思っているが、これはひょっとして勘違いなのでは?

 唯哉の性格を考えれば勘違いなわけがないのに、唯哉に『本気』で『好き』で居続けて欲しいと願う悠栖はすぐにぐるぐるしてしまう。

「おーい。悠栖、何百面相してるんだ?」

「! あ、いや、なんか、どうやったらチカからちゃんと『本気』だって言ってもらえるか考えてて……」

「おーまーえーは! そういう事は俺に言うなって言っただろうがっ!!」

「ごみぇ、ひで、ひたひ……」

 無神経な奴だと怒って頬っぺたを引っ張ってくる英彰。

 悠栖は涙目ながらもごめんと謝り、手を放してくれと訴える。

 涙目の悠栖に、悠栖に弱い英彰が手を放さないわけがない。

 英彰は文句を言いたい気持ちをグッと耐えて解放してくれる。

 頬を擦りながら痛かったと零す悠栖。

 その姿に英彰は溜め息を吐くと悠栖の肩を抱き、忠告を一つ。

「お前が少しでも不幸にみえたら、俺は遠慮なくお前を唯哉から奪うからな」

「! な、何言って―――」

「『諦めない』って宣戦布告だ。唯哉にも肝に銘じておけって言っとけよ」

 分かったか? と髪をぐしゃぐしゃとかき乱してくる英彰の声はおちゃらけていた。

 でも先の言葉は本気だということは悠栖にも伝わった。

 伝わって、自分のために『恋慕』を隠してくれる英彰が改めて大事だと思った。

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