第40話

「ごめっ――、ごめんっ、ごめん、ヒデっ」

「馬鹿、泣くなよ。泣きたいのは俺の方なんだぞ」

 つられて泣いてしまわぬようになのか、英彰ひであき悠栖ゆずの顔に自身のタオルを押し当ててその涙を視界から消した。

 そして深く息を吐くと、「全部丸く納まったらお前ら二人とも嫌って程パシらせるからなっ!」と不自然な程明るい声で悠栖に言った。

「な、なんでヒデのパシりにならなくちゃならねーんだよっ、確かに俺が馬鹿だったけど、ちゃんとこうやって反省して―――」

「うるせぇ。鈍感無神経野郎が口答えすんな」

 押し当てられたタオルに抗い、英彰を探す悠栖。

 すると、随分酷い言葉を並べてくれた親友は悲し気ながらも笑って自分を見つめていて……。

「自分の気持ちに気づいてない癖に俺に引導を渡してきた奴にはピッタリの罰ゲームだろうが」

「なんだよ、それっ。意味わかんねぇっ!」

「お前は自覚してないだろうけど、今の話を聞く限り俺はお前が姫神ひめがみに嫉妬してるように思えたぞ」

 一方的な物言いに憤慨するも、英彰の口から出た言葉に驚き以外の感情が何処かへ行ってしまう。

 何を言っているんだと目を瞬かせ動きを止める悠栖。

 しかし英彰はなおも言葉を続けた。

「姫神に唯哉いちかをとられて悔しかったから、お前らしくもない事言っちまったんだよ。……それだけお前は唯哉を『誰か』にとられたくなかったって事だ……」

 きっとこれが俺ならお前は姫神の事を悪く言わなかっただろうし、放っておかれて面白くないなんて思うことも無かったと思うぞ。

 そう苦笑を濃くする英彰。

 悠栖は『そんなことない!』と否定しようと口を開く。しかし、言葉は何も出てこなかった……。

 何故かは分からない。でも、違うと言えない……。

(俺、俺―――)

「……。あーあ! 結局こうなるのかよっ!!」

 悠栖が自分が知らなかった『心』を覗き込もうとした時、突然隣から大きな声が。

 あまりの驚きにビクッと肩を震わせれば、英彰は「あとは自分で考えろ」と立ち上がる。

 立ち去るのであろう親友の様子に悠栖は反射的に手を伸ばしてしまう。

 だがこの手で英彰を呼び止めてはいけないと心の叫びが聞こえた。

 今英彰の手を取り『行くな』と縋る事ができるのは、彼の『想い』に応えることができる人物だけ。

 そしてそれは自分ではない。自分には、その資格がもうないのだ。

 悠栖は伸ばした手を握り締め、引き戻す。

「ヒデ、本当にっ、本当にありがとうっ……」

「惚れた弱みだ。気にするな。……もし唯哉がダメだったら、今度は本気でお前を落としに行くから覚悟しとけ」

 こんな俺を好きになってくれてありがとう。

 そんな思いを込めて言葉を紡げば英彰は髪をぐしゃぐしゃとかき乱す様に撫でてきて、それが嫌ならさっさと納まるところに納まりやがれ。と笑った。

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